魔王の間から空間魔法で離脱したエルロイはフェルム山脈の山頂から狼煙が挙がる巨城都市エルデオンを見下ろしていた。
敢えて巨城都市内部に潜入したアトラス教会を見逃し、過激派の主戦力を削ってもらう。そこまでは予定通りだったが、やはり計画には予想外は付き物だ。
「まさか二人だけで魔王救出を果たすとは……」
スヴェンとミアが自身を満足させるような技量を備えていなければ殺害するつもりだった。そしてアウリオン辺りに魔王解放をさせるつもりだったが。
結果は想像と予測を遥かに超え、二人が用意した策に嵌り出し抜かれたのだ。
殺害した筈のミアの生存ー-彼女の治療魔法発動と死の偽装を見落とし、スヴェンの胸に仕込まれた魔法陣の正体に最後まで辿り着けなかった。
というのも彼の胸に仕込まれた魔法陣が知識に無い全く新しい術式で構築された魔法陣の解析、ましてや戦闘中に解析など難しい。
そしてスヴェンは用意していた策を通すために自身を何度も殺害し、身体に明確な痛みを刻んだ。
幾ら不老不死の呪いを受けているとはいえ、痛覚が無い訳では無い。
肉体が感じる痛みによる恐怖を明確に突かれた。そしてスヴェンが用意した二つの保険に魔王救出を赦すことに。
その後、魔王救出のタイミングを見計らって過激派の突入に紛れ全穏健派の離脱--魔王解放以外はヨワンと立てた計画通りだが……。
「ヨワンは自由を求めて世界を巡っているが、いま何処に居るかな?」
背後に保守派の信徒部隊が傷を癒す中、近付く足音にエルロイは振り返る。
そこには司祭のフードを脱いだ、長い緑髪の持ち主--セリア司祭と黒混じりの青髪のヨワン枢機卿の姿にエルロイは意外そうな眼差しを向けた。
「セリアはともかく、ヨワンまで来るとはな……わたしはてっきり迎えに行くまで旅を続けているかと思ったよ」
セリアは静かに長い緑髪を風に靡かせ、苦笑を浮かべるヨワンに呆れたため息を吐く。
「この子にも困ったものです。旅費が底を尽きた挙げ句、無銭飲食を働きお店の方々に多大なご迷惑をお掛けして……」
「いやね? だから労働することで食べた分のお金は稼いだよ」
邪神教団の司祭を纏める枢機卿の立場にいながら一体を何をしてるのやら。
エルロイはため息混じりに肩を竦め、
「何処の国の町で合流したんだ?」
「合流事態は偶然ですよ……個人的な野暮用でミルディル森林国のカゼキリ村を訪れ、そこで偶然酒場で働いてる彼を見付けたのです」
「なるほど……わたしもまだヴェイグとしての立場が使えるならあの国に行きたいが厳しいか」
「顔割れしていない私やヨワンならいざ知らず、あなたは中性的な容姿とその瞳も含めて悪目立ちしますからね。少しは休暇も兼ねてご自愛すると良いでしょう」
彼女の気遣いは身に染みるが、現在ミルディル森林国は過激派によってシャルル王子の婚約者が誘拐されている。
その件も同じ邪神教団として責任を取る必要性も有るのだが、恐らく魔王解放を引き金に各国は自国に潜伏した邪神教団の討伐に動き出すだろう。
そうなれば組織的な壊滅は避けられないが、各国に封印の鍵を求めて潜伏しているのは過激派ばかり。
これで組織内部を穏健派の信徒のみで立て直し、邪神本来の願いと宿願--封印を護るという本来の目的と契約を遂行できる。
ミルディル森林国の件も自ら動かずともリーシャの救出はエルリア魔法大国かミルディル森林国が自力で果たせるだろう--騎士団を始めとした戦力を動かさないという制約も魔王だからこそ可能だった要求だ。リーシャには抑止となる価値は無い。
エルロイは何も無ければリーシャもそう時間を掛けずに救出されると踏み、次に動き出す予定を考え出すと。
「ねえエルロイ? バルキットのお兄さんが見当たらないんだけど……」
傷付いた穏健派を見渡していたヨワンが不安そうな眼差しで訊ねた。
「バルキットは下層の結界門を開くために死んだ」
「そっか……せっかく治療できる医者を見付けたのになぁ」
ヨワンの弱々しい声にセリアは眼を瞑り、静かに同胞の死に黙祷を捧げた。
そんな二人にエルロイは視線を外し、穏健派の消耗に眼を向け、
「過激派はしばらく粘る。なら同志諸君よ、今は傷を休めよ」
彼らに傷を癒すことを改めて告げ、黙祷を終えたセリアに近寄る。
「わたしは治療魔法は使えない。代わりに彼らを癒してくれないか?」
「えぇ、元よりもそのつもりですよ。あぁ、エルも任務を切り上げ後程こちらに合流するそうです」
「そうか、エルも居れば拠点も多少は賑やかになるか?」
「なるんじゃないかな? あの子は結構お喋りだし、それに二ヶ月と少しだけ見て来た世界のことを話したいしね」
「そうだったな、お前が見て来た世界に付いて後で話を聞かせてくれ」
「もちろんさ! 本当は立場なんて忘れてあと5年は見て周りたいんだけどね」
ヨワンはにこやかに楽しげに語り、それだけで彼が見た世界は意味が有るものだったと理解が及ぶ。
自身の曇った眼では世界をありのままに捉えることはもう無理だろう。
それでもあの劣悪な環境でヨワンの様な純粋な子が育ったことは何よりも得難い喜びだ。
エルロイとセリアがヨワンに優しい眼差しを向ければ彼は、
「そういえば巨城都市から封印の鍵--その残滓を感じるけど誰か所持してたの? まさか過激派の手に渡ってないよね?」
巨城都市からわずかに感じる封印の鍵の気配に付いて問うた。
確かにスヴェンが封印の鍵を身に付けている。恐らくヨワンが感じた気配はそちらだ。
「その心配は無いよ。封印の鍵を所持しているのは魔王の救出を果たした人物さ」
そう告げればセリアとヨワンが興味深そうに眼を細めた。
スヴェンに関して共有すべき情報も有る。しかし、それを語るのは此処ではない別の場所、ゆっくりと羽根を延ばせる新しい拠点だ。
エルロイはやんわりと別の機会に話すと告げ、次の予定に付いて話を切り出すのだった。