傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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異章二
覇王


 スヴェンがテルカ・アトラスに召喚されてから半年後のこと。

 デウス・ウェポンでは覇王エルデ率いる覇王軍が企業連合のバベルタワーまで進軍、両軍大小様々な傭兵団を雇い激しい市街戦を繰り広げ--企業連合の統括者がエルデに討ち取られたことで企業連合は事実上の崩壊を迎えた。

 覇王エルデが次に討つべき敵は国連だ。だが、最大の障害だった企業連合が壊滅したいま国連は自国の戦力で覇王軍を迎撃しなければならない。

 覇王の対処を企業連合と傭兵に任せてきたツケが国連に牙を突き立てる目前まで迫りつつあった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 エルデが拠点とするトルギスシティの行政府トルギスタワー最下層--牢獄エリアで二人の人物が歩き出す。

 靴底がメテオニス合金の床を叩き、カツン、カツンっと二人分の足音が響き渡り、音に反応した首輪を嵌められた囚人が敵意剥き出しで威勢よく牢を叩く。

 

「覇王と裏切り者! ここは小綺麗なお嬢ちゃん達が来る場所じゃないぜ!」

 

「ここから出せ! いますぐその綺麗な顔を八つ裂きにしてやるっ!」

 

 勇ましく吠える傭兵の敗残兵達にエルデは眼も向けず、通路を歩き出す。

 

「無視してんじゃねえよ! ペチャパイが!」

 

 エルデは一度足め、囚人に振り返る。

 この先で大事な話が有る。そんな時に彼らに騒がれでもすれば会話にならない。

 そう判断したエルデは金色の瞳に殺意を込め、

 

「少し静かにしてて」

 

 殺意を解放すると騒ぎ立てていた囚人達が泡を吹きながら硬い床に倒れ込んだ。

 

「いやぁ、あなたと組んで正解でしたね」

 

「本当にそう思ってるの? 貴女はスヴェンさえ手中に収めれば良いとは言っていたけど……どうして消えた彼に執着するのかしら」

 

 長い茶髪にスーツを着こなした容姿端麗のリサラは愚問だと言わんばかりに眼を細めた。

 

「彼を個人的に愛してるからですよ。もちろん、彼の困り果てた表情が見たいという動機もありますが……」

 

 はっきり言ってこの女は嫌いだ。スヴェンに対する想いは狂愛、歪み、狂気が入り混じった複雑な感情を向けている。

 彼が困る姿を見たい。その動機だけで傭兵派遣会社を掌握し、ビジネスパートナーの企業連合を裏切った。

 企業連合が壊滅したいま、スヴェンに発行された覇王殺害という依頼は消滅し、数年の内にデウス・ウェポンから大きな戦乱が無くなる。

 戦場でしか生を実感できない彼にとってデウス・ウェポンは地獄になろうとしているが、戦争を失くすためには仕方ない。

 

 --このリサラという女は性悪だ。過去に依頼を偽装することでスヴェンと懇意にしていたとある女傭兵を彼の手で殺害するに誘導していた。

 

 それでいて自身はスヴェンと深い関係だと公言する辺り、どうしようも無いのだろう。

 ただ、秘書としてもビジネスパートナーとしても彼女の事務処理能力はズバ抜けて高く、スヴェンに対する感情にさえ眼を瞑れば有能な人材だ。

 

「貴女の狂愛に興味は無いわ。それにスヴェンが生きてるとも限らないもの」

 

「いえ、彼は生きてますよ。生きていなければ困る、ですから生きてるんです」

 

 何の確証も無い願望にエルデは興味なさげに無愛想に片手を振った。

 

 --でも、願望と捨て切れないのよね。デウス神から聞いたけどスヴェンはまだ生きてる。

 

 ただ彼が生きてるとリサラに告げれば、如何なる手段を使って探し出してしまいそうだ。

 まだ国連と高ランクの傭兵団が残ってる状況でスヴェンに戻って来られては拙い。

 一対一なら負ける自信は無いが、勝ち切れるかと問われればそれも難しい。

 彼はタフさと戦闘時の成長速度が異常だ。特にまだ二十代という年齢で既に高ランクの傭兵団長が扱う技術を体得している。

 本来百年も戦場で戦い続けて漸く修得できる殺意纏い、高速移動や気配読みから気配断ちを使えるのだ。

 それらの技術に加え、スヴェンは平気で三日以上も戦場で戦闘を継続できる--だから自分は10万の傭兵を相手にしたとは言え、最後の最後で彼に押し負けたのよね。

 

 ー-10日は戦えるぐらいには体力にも自信が有ったんだけどなぁ。

 

 エルデは思考がそれつつ有ることに息を吐き、気を取り直して目的の場所まで歩き出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 牢獄エリアの地下五階、その最奥の牢に幽閉された金髪に灰混じりの少女と黒髪の優男がリサラの顔を見るや嫌そうに顔を歪めた。

 先日の企業連合のバベルタワー侵攻作戦で立ち塞がった傭兵の二人。

 

「なんの用なのよ、せっかく性悪女狐の嫌な顔をしばらく見なくて済むと思ってたのに……はぁ〜最悪、目の前に居るわぁ」

 

 悪態を吐く少女--シャルナにリサラは笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、貴女の嫌がる顔を見るだけでレーションを二つは食べるわね」

 

「普段デスワークに追われてるあんたならデブ真っしぐらね。そうなったら流石に兄貴も関わりを断つんじゃないかしら?」

 

 彼女の言う兄貴とは誰だろうか? リサラと関わりの有る兄貴にエルデが思考を向けると、

 

「はぁ〜2人とも牢屋越しで歪み合わないでよ。というか今の言葉をアニキが聴いたら『黙れクソガキ共』って切り捨てるだけじゃん……最悪銃口を向けられるかもよ」

 

 優男のジンが笑みを浮かべたままそんなことを言い出した。

 

「あたしとあんたは兎も角、性悪女狐は心底嫌われてるからねぇ」

 

「何を言ってるのかしら? 私はスヴェンに一度も嫌われてないわよ」

 

 スヴェンに狂愛を向けるリサラ、最高ランクの傭兵団団長を父に持ち、戦場に戦火と破壊を齎す爆弾魔のシャルナ。

 そしてシャルナの相棒であり恋仲、二人と比較すると至って普通のジンの共通の知り合いがスヴェンだった事実にエルデは眩暈を覚えた。

 

「嫌われてないって思うあんたの頭って心底幸せよね」

 

「ふっ、何度も肉体関係を結んでるのだから当然でしょ」

 

 シャルナの正論という名の言葉のナイフは、どうやら狂人のリサラには何の嫌味にもならないようだ。

 そもそも戦場で出会ったスヴェンしか知らないが、彼には硬派な印象が有る。

 彼自身が進んでリサラと肉体関係を結ぶとは考え難い。

 

「実際は如何なのかしら?」

 

 なんとなくこの中でまともそうなジンに訊ねてみると、彼は苦笑を浮かべた。

 

「あ〜幾らアニキでも依頼を斡旋して貰えないと生活できないからさ、嫌々だよ」

 

 なるほど、スヴェンとリサラがなぜ肉体関係を結んだのか得心した。

 リサラは依頼の斡旋を盾にスヴェンに肉体関係を結ぶように強要したのだ。

 傭兵以外に生き方を知らないからこそ、スヴェンはリサラの強要に従う以外に選択肢が無かった。

 そう理解したエルデはスヴェンに憐れみを感じながら本題を切り出す。

 

「リサラ、話しが進まないから貴女はしばらく黙っててね」

 

「酷いわね。でもまぁ、承諾したわ」

 

 リサラは一歩下がり、背を向けた。これで落ち着いて交渉ができるかと言えば難しいところだが、こちらは戦力を調える必要が有る。

 

「覇王自ら一体なんの用? 女狐と手を組んだとは知ってたけど、悪いことは言わないわ……今すぐあの女を殺しなさい、でないと後悔するわよ。ソイツは兄貴の相棒(リノン)を殺すように仕向けた最悪な女狐なんだから」

 

「今は破綻者でも優秀な人材が必要なのよ。それに私が此処に来たのは貴女達を覇王軍に迎入れるためによ」

 

「あたしとジンが覇王軍に? それこそ何の冗談よ、あんたと契約したら最後、あたし達は拠り所(生きる場所)と存在意義を喪うのよ……だから傭兵はあんたに抵抗してるんじゃない」

 

 平和を望むのは戦火に晒され、故郷を焼き出された市民達だ。

 逆に平和を望まない者は傭兵や国連、戦争経済や戦場で生活する者達が殆ど。

 特に国連直轄のシティで暮らす市民は情報統制によって戦争を知らず、どのようにして経済が成り立っているのか知らないまま生活を送っている。

 国連と企業連盟の道楽に幼子が銃器を手に戦場を駆け回り、戦争によって得る利益で経済が回されるとも知らずに。

 

「戦場が無くても人は生きて行けるわ……それに戦争が無くなれば遺伝子研究に資金を割かれるわよ」

 

「遺伝子研究? それ、散々研究し尽くされたじゃない。国家を解体してまでやること?」

 

「失った動植物のミームがデウス神に保存されてるとしても?」

 

「……それが本当ならデウス神がミームを解放しないのはなぜかしら」

 

「ミームを人類に任せた結果、国連の戦争ゲームでミーム貯蔵庫が吹き飛んだのは知ってるわよね」

 

「そりゃあアーカイブにも人類の凄惨な所業として記録されてるからね……ていうか、それはもう何万年も前の話でしょ」

 

 確かに動植物のミームが吹き飛んだのは何万年も昔の話だ。

 だが、戦争が在る限り人類は同じことを繰り返す。デウス神はそう確信しミームの解放を封じた。

 ミームの解放による動植物の復活、自身が国家解体戦争を仕掛けた理由の一つでも有るが、生後二ヶ月で銃器を手に兵士として戦場に出る世の中など間違っている。

 戦争の無い世界が自身の最大の理想であり宿願だが、それでは傭兵は納得しない。

 

「変わらないレーションの味に飽きない?」

 

「……贅沢なことだけど、ぶっちゃけ飽きたわよ」

 

「時間はかかるけどミームが開放されれば食事の種類が増えるわ」

 

「少しは興味は出るけど、それでもあたし達は他に生き方を知らないのよ」

 

「国連解体後、しばらくは荒れるでしょうね。でも警察機構では暴動を止め切れない、かと言ってモンスターに備えた都市防衛部隊以外の軍隊は解体する」

 

「傭兵は不要な世の中ね。それともあたし達に防衛部隊に入隊しろとでも?」

 

「モンスターと戦うのが怖いなら無理強いはしないわ」

 

「別に怖くは無いわ……あ、でも戦争が無い世界ってどんな風に見えるのかしら? 退屈な灰色? それとも新しい娯楽に満ち溢れた世界? 兄貴みたいなモンスターが生まれない世界なの?」

 

「戦争が無くなければ、スヴェンや幼児が戦場を駆け回る時代も終わりよ」

 

 彼女にも想うところが有ったのか、

 

「……そう、それならつまらないと判断したらあんたの望んだ世界を爆破してあげるわ」

 

 挑発的な笑みを浮かべながら鉄格子から右手を伸ばした。

 エルデはその右手を掴みながら、

 

「その時は阻止させてもらうわよ」

  

 挑発的な笑みで返した。

 これでシャルナとジンが覇王軍に加わったが、まだまだ戦力としては不足だ。

 エルデはバベルタワーで対峙、問答した統括者との会話を胸に次の策謀に移った。

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