職人通りに到着したスヴェンは不動産屋の店主の案内に従って路地を曲がり裏通りに進んだ。
人形屋、怪しげな宝石店の奥に店主は歩み、
「此処がご紹介する物件ですよ」
玄関の施錠を外した。
レンガ造り二階建ての外観に平たい屋根に視線を向けたスヴェンは、店主の呼び声に視線を戻した。
スヴェンは促されるまま玄関に近付き、尾行を続ける人物の方に気付かれないように視線を移す。
路地の壁に身を潜める少年がそこに居た。少年はひたすら気配を断ち、こちらを観察してる様子。
--アシュナ以外の特殊作戦部隊か。
異界人に一定の監視が付くのはこの際仕方ないことだ。
スヴェンは割り切り、玄関から屋内に入り込む。
玄関から入ってすぐの所。元々は食堂でも想定していたのか暖炉付きの広い部屋にスヴェンは、
「ソファとテーブル付きか、それに暖炉も有るんだな」
「えぇ、こちらを事務所として使うことも可能でしょう」
一通り室内を見渡し、右側のドアと奥に位置するドア、ソファの背後に位置する大窓に眼が行く。
訪れた依頼人が万が一危険に曝された場合の脱出経路は、現状大窓か二階から平たい屋根を経由した脱出が想定される。
安全面を考慮しするなら一度地下室に匿い、襲撃者を討伐した方が速いか。
「次は何処をご案内致しますが……?」
「先に地下室を見たい」
「そうですか、ではこちらに」
店主は事務室の右側のドアを開け、廊下に出た。
左右に別れた廊下と左奥の階段、そして階段近くのドア。右奥にもドアが在る。
店主は迷いなく右奥のドアへ進み、そのままドアを開けると狭い部屋--物置と言っても差し支えない狭い部屋だが、床のタイルには何度も動かした跡が残っていた。
「そこが地下室の入り口か」
「えぇ、地下室は物置として使うにも広いですし、食糧の備蓄庫としても最適ですよ。まあ食材を2階のキッチンに運ぶ手間はありますけど」」
スヴェンは店主の声に相槌を打ち、彼に続いて地下室に降りる。
広々とした石畳の地下空間を魔法によって灯った炎が照らす。
スヴェンを出迎えたのは何も置かれていない地下室だ。
食糧と武器弾薬の備蓄に最適な地下室だけでも購入を即決してしまいそうになる。
だが、まだ決めるには速い。二階とキッチンを見なければ最終的な決断を下せない。
次はキッチンを見るべきかと思案したスヴェンは、改めて地下室を見渡す。
三年分の食糧を備蓄するにしてもこの地下室は広い。
「良い地下室だが、広過ぎないか?」
「なんせ最初の家主が魔法の薬草学の研究家でしてね。薬草の研究には広い地下室が最適ですからね」
「元々は研究室あるいは調合部屋だった訳か、それでこの広さ……使用用途を模索しておくか?」
「誰かの部屋として活用するのもありかと……お客様はお若いですからね」
地下室に誰かを住まわせるつもりは今のところ無い。そもそも日の当たらない地下室では誰も住まないだろう。薄暗い環境を好む者でもなければ。
「地下室は物置として使うか……それで次は何処を案内してくれるんだ?」
「では先に2階のキッチンにしますか、魔道式コンロは異界人の技術とは勝手が違うとよく耳にしますからね」
料理をする気は無いが、魔道式コンロの使い方を覚えておいても損は無さそうだ。
特に三年の生活は仕事以外の娯楽も必要になる。この世界の唯一の娯楽は食事だ。
食事という生き甲斐を見付けたいま、ミアに倣って自炊するのも悪くはない。
▽ ▽ ▽
地下室からキッチンに移動したスヴェンはキッチンに絶句を浮かべ、隣りで店主が苦笑を浮かべるばかり。
明らかに一人暮らしするにはキッチンは豪勢で、それこそ飲食店に備え付けられている設備だ。
なぜ一軒家でこれほどの設備が備え付けられているのか。いや、そもそも何故二階にこんな設備を備えたのか。
「前の家主か?」
「正確には二番目の家主ですね。小さな食堂を経由するためにキッチンと1階の事務室を改装したまでは良かったのですが……」
完成後に二番目の家主は不幸に見舞われ、食堂として経営されることは無かった。
スヴェンは魔道コンロに近寄り、一度も使われた形跡が無いことに眉を歪める。
「三番目の家主はキッチンを使わなかったのか?」
「……えー、三番目の家主はですね。女遊びが盛んな道楽者でして、その複数交際していた女性に刺されたとか」
「……女との付き合い方は節度を保ってことか」
「えぇ、自分も女房と結婚はしておりますがね。浮気をしようものなら爆裂魔法を唱えられそうで……」
「で? これは魔力を流し込めば使えんのか?」
「はい、コンロごとに刻まれている魔法陣に魔力を流すだけで炎が発生しますよ。強弱の切り替えは流す魔力量で調整可能です」
火力の切り替えは魔力量で調節可能という点は、魔力制御の鍛錬にも活用できる。
戦闘以外で魔力を使わない。それは常日頃から日常生活で魔力を制御している住民と比較して自身の魔力操作は未熟だ。
スヴェンは試しに魔法陣に魔力を流し込んだ。すると魔法陣から火柱が噴き出し、天井ギリギリまで炎が届いた。
「……悪い」
「……いえ、戦闘の感覚で魔力操作を行うと過剰になりますからね」
「それで? 火はどうやって消すんだ?」
「流し込んだ魔力を下丹田に戻すのです」
放出と引き戻し。今まで戦闘では魔力を流し込むことしかしなかった。
スヴェンは試しに魔法陣の魔力を下丹田に吸い寄せるようにイメージを働かせ、魔法陣の魔力を下丹田に移す。
先程まで火柱を出していた魔法陣から炎が消える。
「加減に気を付けろってことか」
「えぇ、次は浴室と各部屋をご案内致しますね」
スヴェンは店主の案内に従って浴室、二階の各部屋を見て周り--曰く付きと呼ばれる一軒家だったが、それらしい気配も魔法の類いも感じられない。
購入して損は無い物件にスヴェンは店主に振り返り、この物件を購入する趣旨を伝え--すぐに手続きに移ることに。
提示された銀貨五百枚の一括払い、サービスとして提供された看板。そして自宅の引渡し日が明日に決まったスヴェンは一度レーナ達に知らせるためにエルリア城に戻るのだった。