傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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17-4.魅惑な誘い

 スヴェンが鍛冶屋スミスに到着すると店を閉じるエリシェとばったり。

 

「久しぶりだね」

 

 彼女は笑みを浮かべて店の看板を持ち上げた。

 

「そうだな、こうして会うのはフェルシオン以来になるのか」

 

「そうだよ、スヴェンはあんまり手紙を寄越してくれないもんね」

 

 旅の最中に何度かガンバスターに付いて手紙を贈ろうかと思案したが、こう言った事は直接伝えた方が良いのでは無いか。そう判断したスヴェンは一旦手紙を書くことを辞めた。

 

「直接口で伝えた方が早そうだからな、それに俺には文才なんざねえし……事務報告的な内容ってのはな」

 

「事務報告的な内容……スヴェンらしいかもね。それで! 新作ガンバスターの感想を聴かせてよ!」

 

 背中の赤黒いガンバスターに彼女が興味津々で眼を輝かせるのも制作者として道理だ。

 それにこの竜血石製のガンバスターのお陰で切り抜けられた局面も多々有る。

 一刻も早く感謝と感想を伝えたいが、中に待たせている小煩いミアと無表情で腹を空かせているアシュナを待たせる訳にもいかない。

 

「話は中でミートパイを食いながらゆっくりでも良いだろ」

 

「おっとそうだった。もうミアとアシュナも来てるけどレヴィは……」

 

「誘いはしたんだが、多忙で来られないそうだ。そこでなんだが、レヴィに手土産を用意してやりてえ」

 

「もちろん良いよ! お父さんも久し振りにミアが食べに来るって聞いて張り切って沢山作ってるからね……まぁ、あたしも作ったからさ」

 

 既に住居スペースのキッチンから芳ばしい匂いが漂い、スヴェンの食欲を刺激するには十分だった。

 昼時と空腹も合わさり腹が鳴るのも無理はないことだった。

 エリシェは笑みを浮かべ、看板を片手に歩き出す。

 

「自宅の玄関はこっちだよ」

 

 彼女に案内されるままスヴェンは鍛冶屋スミスの裏側に位置する家に向かう。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 玄関からリビングに案内されたスヴェンは既に椅子に座り、雑談していたミアとアシュナと眼が合う。

 

「時間通りだね、少しは遅刻しても罰は当たらないよ?」

 

「いや、遅れる覚悟だったんだが思いの外スムーズに事が運んでな」

 

「ん、スヴェンが引越しすることはそこそこ話題になってる」

 

 特殊作戦部隊の同僚から聴いたのか、アシュナはじっとこちらに視線を向けながらそんな事を口にした。

 

「およ? スヴェン引越しするんだ。旅行から帰って来たと思ったら忙しいね」

 

「傭兵稼業を開くなら引越しは必須だからな。それに引越し場所は職人通りの路地裏、そこの空き家を買ったんだ」

 

 そういえば特に意識はしてなかったが、思い返してみれば鍛冶屋スミスと比較的近い場所に位置している。

 同じ職人通りなら近いと言えば近いが、自宅が在る路地裏は丁度鍛冶屋スミスの真横に有る路地から入った場所だ。

 そのことを思い出したスヴェンがエリシェに視線を向けると彼女は驚愕していた。

 

「曰く付きって噂の!? って家から近いじゃん!」

 

「安さや地下室付きだとか色々と決め手は有るが、アンタと専属契約を結ぶならな都合が良いだろ」

 

「あたしとしても頼まれた武具の鍛造、運搬費が節約できるのは助かるけど……近くならたまにご飯でも作りに行こっか?」

 

「そこまでして貰うつもりはねぇよ」

 

「てもスヴェンさんって長期で家を空けることも有るんだよね? そういう時ってデウス・ウェポンで如何してたの?」

 

 数日から数ヶ月の間傭兵として戦場に居ることが多く各地の拠点を空ける方が多い。 

 その時は次の戦場や目的地に近い拠点に移り、その度に清掃から始まる。

 稀に爆弾魔のシャルナと彼女の恋人兼相棒のジンが勝手に住み着いてることも有るが、デカいネズミと思えば然程気にはならない。

 

「戻ったら清掃だな」

 

「面倒じゃない? それに事務所としても使うなら依頼人が尋ねて来た時に入れ違いになるよ」

 

 拠点の清掃に関して苦に感じた事は無いが、ミアの言う事も一理ある。

 アライアンスから斡旋された依頼を端末越しから受け取ることもこの世界ではできない。

 だからこそ必然的に事務員を雇うことになる。

 

「その辺は守秘義務の強い奴を雇う予定でいたが……上手く見付かるとも限らねえか」

 

「専属契約を結ぶんだからスヴェンが不在の時は定期的に様子でも見に行く?」

 

 そこまで面倒を見て貰うつもりはなかったが、守秘義務の重要性を理解してる人物と出会える可能性はそう多くは無い。

 三年後には廃業予定の事務所だ、そこに好き好んで就職する物好きもそう居ないだろう。

 

「少し気が早いが……分かった、不在時の留守はエリシェに任せる」

 

 留守を任せるなら契約金に謝礼を上乗するべきだ。

 内心でそう決めたスヴェンは、トレイに乗せたミートパイを運ぶブラックの姿に三人の腹から空腹の音が鳴り響く。

 

「エリシェ、量が量だ。手伝ってくれ」

 

「分かった……ちゃんと焼けてるかな?」

 

 そう言ってキッチンに向かうエリシェを他所に、テーブルに焼き立てのミートパイを並ばせるブラックがこちらに視線を向ける。

 

「娘と専属契約を結ぶそうじゃないか。鍛治師としてまだまだ未熟者だがそれでもエリシェを選ぶのか?」

 

 娘の職人としての腕は信じているが、それでも親として異界人と契約や結ぶことに抵抗と不安がある。彼の眼から通じて伝わる感情にスヴェンはいつも通りの底抜けに冷たい眼を向けた。

 

「俺はこんな眼しかできねえが、アンタの娘が鍛造したコイツのお陰で何度も窮地を乗り切れた。3年の専属契約になるがエリシェの鍛治師としての腕を信用してるから頼みたいんだ」

 

「……背中のガンバスターを見せてもらっても構わないか?」

 

 スヴェンは躊躇無く鞘のガンバスターを引き抜く。

 その方が鍛治職人のブラックを納得させるには速いと理解したからだ。

 だが、鍛治職人のブラックが納得してもエリシェの父親のブラックが納得するかは別問題になる。

 ガンバスターを受け取ったブラックは興味深そうに視線を滑らせ、

 

「解析しなくても判る。純度の高い竜血石と選び抜かれた鉱石の数々、何よりも鍛治職人としての成長に繋がっていることも……お前さんにエリシェを預ければ、あの子は鍛治職人としても更に成長できるな」

 

 ブラックは笑みを浮かべてそう語った。

 

「……おっと、待たせてしまってすまない。ミートパイは次々運ばれるから食べてくれ」

 

 ガンバスターを受け取ったスヴェンは鞘に納め、湯気が立つミートパイに視線を落とす。

 こんがり焼けたパイ生地の中にぎっしりと詰め込まれた挽肉、それだけでも美味そうに見えるが肝心なのは味だ。

 ミアはエリシェがキッチンからミートパイを持って来たのを確認してから、

 

「それじゃあいただきます!」

 

 ミートパイを五等分に切り分け、挽肉の肉汁が溢れる。

 そして取り皿に分けられたミートパイをアシュナがナイフとフォークで一口サイズに切りそれを口に運ぶ。

 普段無表情のアシュナの表情が噛む度に笑みに変わり、それだけで美味いのだとスヴェンは内心で目の前のミートパイに戦慄していた。

 

「お、おいしい……! 旅行中に食べたミアの料理と大違い!」

 

「アシュナ、比較対象が悪過ぎるよ! ブラックおじさんはミートパイだけは絶品なんだから!」

 

「そうなんだよね、父さんはミートパイだけはあたし以上なのに他は全然ダメなの」

 

「そりゃあ代々家に伝わるレシピだからな」

 

 歴史の有るミートパイをフォークで口に運び、それを噛めば挽肉の肉汁と染み込んだバターが口内に一気に広がる。

 噛めば噛むほど挽肉とパイ生地の旨味と共に祝福と幸福に満たされる。

 

「う、美味すぎる!」

 

「す、スヴェンさんが笑顔! エリシェ、レシピと作り方を教えて!」

 

「……ミアがまともな物を作れるようになったらね、話はそれからだよ」

 

「ぐぬぬ、多少はまともになりつつ有るけどまだまだ経験が足りないかぁ」

 

「……幸せから一転、地獄は見たくないぁ」

 

 アシュナの感想はともかく、旅の道中で様々な料理を食べたがまだ美味い物が有った。

 自身の知らない料理が多いのだと改めて実感したスヴェンは、

 

「……デウス・ウェポンに帰った後が恐えなぁ」

 

 ミートパイを呑み込んで三年後に杞憂の表情を浮かべた。

 

「ええっと、よく分からないけどさ。美味しいご飯が食べたいならあたしが定期的に作りに行く?」

 

 それはまさに誘惑的な誘いに思えた。テーブルに並べられたミートパイと噛み締めた味、そしてエリシェの言葉にスヴェンの理性が僅かに揺れ動く。

 それでもスヴェンはミートパイを齧り付き、静かに咀嚼して呑み込んでからエリシェに告げる。

 

「さっきも言ったが、そこまでして貰うつもりはねえよ。それに自炊も始めようと思ってな」

 

 せっかく食材が買える環境に有り、魔力操作の熟練度を上げるためにも自炊は必要と言えた。

 

「ありゃそれは残念……あれ?」

 

「どうかしたか?」

 

「うーん、上着がいつもと違うから気付かなかったけどクロミスリル製のナイフはどうしたのかなって」

 

 言われて思い出した。エルロイや信徒との戦闘時に投擲したナイフの回収を忘れていたことに。

 ナイフは消耗品の一つとして割り切れるが、果たしてエリシェはどう思うか。

 鍛治師として武器に強い興味と関心を抱く彼女がクロミスリル製のナイフを無くしたことに。

 

「……悪い、戦闘のどさくさで失った」

 

「ありゃりゃ、それも仕方ないね。なんなら何本か造るけど、早速あたしに依頼する?」

 

 仕事の話になるなら先ずは食事を終えてからでも良いだろう。

 そもそもこの幸福の時間に他の余計な雑事を頭に入れたくはない。

 

「詳しい話は食事を終え、契約を結んだあとにな」

 

「今日のエリシェは気が速いわね。それともスヴェンさんだから?」

 

「始めての専属契約に浮かれてるのかも」

 

 スヴェンはミアとエリシェの会話を耳に、エリシェと共にミートパイに食べ続ける。

 そして充分に腹が幸福に満たされた頃、改めてスヴェンはエリシェと専属契約を結ぶことに。

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