18-1.篭城
月明かりが照らす夏の夜。レーナがオルゼア王の執務室を訪れた同時刻……。
巨城都市エルデオンの下層で爆炎と氷槍、落雷と嵐が爆音と瓦礫を巻き上げ亡者の群を吹き飛ばす。
目の前の光景にフィルシスは深々と息を吐く。
魔王アルディア救出から速くも七日が経過している。
七日も召喚陣から無惨蔵に召喚され続ける亡者の群、それを止めるためには召喚陣の解体。その場所も
直感と魔力の流れから場所を瞬時に特定したまでは良かったが、いかせん亡者が邪魔だ。
フィルシスは剣を片手に亡者を蹴散らすエルリア魔法騎士団と魔族兵を呆然と眺める。
「……はぁ〜キミ達に任せてもう帰りたいなぁ」
「ダメですよ! 都市内の邪神教団殲滅が任務なんですから!」
邪神教団を相手にするのは一向に構わない。それでもフィルシスにも苦手な、相手にしたくない手合いが居る。
「ダメかい? 私は2ヶ月は剣一本だけでモンスターと戦い続ける自信も野盗討伐を熟すこともできるけど、腐った死体と虫と霊体の相手だけはダメなんだよ」
「道は我々が切り拓きますんで! どうか耐えてくださいっ!!」
必死に叫ぶ騎士にフィルシスは不服そうな表情を向け、切り拓かれた道を進む。
アウリオンが放った黒炎の業火が亡者を焼き滅ぼし、リンが放った魔力の矢が亡者の頭部を撃ち抜く。
更に魔法騎士団と魔族兵が放った魔法が亡者を滅ぼす。
それでもすぐに亡者は湧き出て行く手を阻む。
こんなことの繰り返しで時間を無駄に浪費し、レーナと再会する時間が伸びる。
それに篭城中のヘルギム司祭が素直に留まっているとも限らない。
--それでも最下層には向かわなきゃだね。
例えヘルギム司祭が邪神教団の過激派を置いて逃亡しても、最下層には彼らと合流したヴェルハイム魔聖国の裏切り者も居る。
その確保も今回の作戦の一つだが、フィルシスは吹き飛ばされ湧き出る亡者を前に大きく息を吸い込む。
このままではいつまで経っても解決しない。レーナに速く会いたいなら思考を強引にでも切り替えるしかない。
目前の蠢く存在を自身の心から斬るべきモンスターに思考を切り替えたフィルシスは剣を軽く振り払う。
一薙ぎの斬撃が目前の
騎士甲冑の重さをものともせず疾走するフィルシスにアウリオンとリンが並走し、その後に魔法騎士団と魔族兵が続く。
ただの物理的な斬撃だけで済む
それにもう敵の真上だ。本来魔族の案内が無ければ最下層に辿り着けないが、それは結界によって入り口の認識を阻害され阻まれるからだ。
結界で空間を隔離されている訳でも無ければ下層と最下層は地続きだ。だったら入り口を無視して下層から落下するだけで済む。
故にフィルシスは剣先に僅かに力を込め、床に突き刺した。
剣先から走った衝撃波が床を崩壊させ、フィルシス達の足場が崩れる。
「なぁぁっ!? ちょっと都市破壊するなんて聴いてないよ!!」
リンの叫び声にフィルシスは練った魔力を纏わせ、
「『風よ我らに浮力を与えたよ』」
詠唱と共に落下地点に魔法陣を展開させ、魔法陣から発生した風が浮力で全員を安全に最下層に降下させた。
魔族の潜伏組みが使用していた拠点、最奥の会議室から漂う複数の気配にフィルシスはアウリオン達に告げる。
「はい、近道完了だよ。この先には邪神教団と召喚陣……あぁ、それとキミ達が確保したい裏切り者も居るね」
「そのようだが、肝心のヘルギム司祭は居ないようだな」
ヘルギム司祭は既に撤収しているが、邪神教団の信徒は時間稼ぎのために篭城した。
しかし逃走したヘルギム司祭は既にアトラス教会の執行者が追っている。
彼等も精鋭揃いの部隊だ。後日何かしらの結果と情報を提供してくれるだろう。
フィルシスは最奥の扉に近付き、強固な防壁に一度足を止める。
この防壁を構築するために邪神教団の信徒と裏切り者は大量の魔力を消費し、防壁の強度を高め堅牢な護りを構築した。
防壁を突破するためには注ぎ込まれた魔力以上の魔力か魔法で破ることが可能だが、フィルシスは息を吐くが如く魔力を纏わせた刃を一閃。
防壁が扉ごと紙切れ当然のように斬り裂かれ、会議室が開かれた。
「観念しろ、貴様らの抵抗は無意味だ」
アウリオンが向ける漆黒の剣先に邪神教団の信徒達が苦渋に顔を歪め、裏切り者の内政官達が潔く武器を落とす。
「お、お前達は邪神様の祝福を受け入れたのではないのか!?」
内政官の一人が吠える信徒に冷淡な眼差しを向け、
「アウリオン、それにリンとリンドウ……そこにエルリア魔法騎士団のフィルシス、ケビン、バルムンクが此処に到達した時点で抵抗は無意味だ。それとも邪神に縋るしか脳に無い貴様らはまともな判断ができんのかね?」
嫌味全開の刺々しい言葉を信徒達に突き放した。
彼等は確かに国を裏切り魔王アルディアを邪神教団に売ったが、潔さは美徳だ。
潔く投降する内政官を他所にフィルシスは密かにもう一人の裏切り者--リンドウの背後から囁く。
「キミも自首しないのかい?」
「穏健派と通じていたのは認めるが、魔王様を裏切ったつもりなど微塵もない」
まだ過激派と内通していないだけマシか。したり顔を向けるリンドウにフィルシスは笑みを浮かべ、そして召喚陣に視線を移す。
あの程度の魔法陣なら力業でアウリオン達でも破壊でき
る。
懸念していた北の帝国も依然と沈黙を貫いている。あの国は建国当初から鎖国を貫き濃霧によって近付くことすらままならない。
この混乱に乗じてヴェルハイム魔聖国に攻め込む懸念もあったが、どうやら杞憂で終わったらしい。
ならばもうエルリア魔法騎士団がこの場でやる事も無いだろう。
「アウリオン、私達は一足先に帰還するよ」
「協力感謝する。この礼はいずれ」
フィルシスは頷くことで答え、ケビンに転移魔法の指示を出す。
ケビンは瞬時に答え、転移魔法陣がエルリア魔法騎士団の足下に広がり--転移の光りが広がった。
▽ ▽ ▽
久し振りのエルリア城帰還にフィルシスは部隊を解散させ、自身はレーナの執務室に向かうべく中央塔の廊下を歩く。
すれ違う巡回の騎士が驚愕に眼を見開き、フィルシスは見知らない顔触れに小首を傾げる。
「見ない顔だけど、キミ達は新卒組みかい?」
エルリア不在中の採用はラオ副団長に一任していたが、フィルシスは彼等の肉体と魔力を一眼見てまだ彼らには鍛錬が必要だと判断した。
「フィルシス騎士団長……えぇ、僕達は今年の春に入隊した騎士です」
毅然とした態度で返答したレイに、フィルシスは眼を細める。
天才ゆえに努力を怠らない上昇志向の強い眼とこちらを観察する視線。他の新卒組と比べれば彼は頭三つほど抜けて実力が突出し、このまま鍛錬を続け実績を積めば部隊長の昇進も速いだろう。
しかし--うーん、実力差を見抜いて挑むことを諦めてる、天才ゆえの悪癖だね。
レイの悪癖を見抜いた上でフィルシスは、
「そう、私はこれから姫様に報告に向かうけど……
彼が心の奥底に仕舞い込んだ苦悩、その傷口を抉るような言葉を送った。
これで自分はレイの中で嫌な上司と認識されるだろう。しかし挑む前から諦め結果を変えようとしないのは、実力が有る分もったいない。
「……その言葉の意味、よく胸に刻んでおきますよ騎士団長」
苦笑を向けるレイにフィルシスは笑みを浮かべる。そして彼等に別れを告げてからレーナの居る執務室を訪れた。
椅子に座ったレーナと魔王アルディアの姿にフィルシスは膝を折る。
「姫様。フィルシス、任務を終え帰還致しました」
そして丁寧な口上を述べ、レーナが微笑んだ。
「お帰りなさいフィルシス! それといつも通りで良いわよ」
彼女の優しくて眩しい笑顔にフィルシスは立ち上がる。
「ただいま姫様、3年も留守にしていたけど何か変わりはないかい?」
口調を普段通りに戻し、何か変わりごとは無いかと訊ねれば、
「変わりごととは違うけど、また近々慌しくなりそうよ」
杞憂に満ちた表情で告げた。
ラオ副団長の報告に有ったミルディル森林国の件。それとは別に何か有りそうな様子にフィルシスは小首を傾げつつ魔王アルディアに視線を向けた。
「レーちゃんね、気になってたスーくんが引越して少し寂しいみたい」
「魔王様、スーくんとは誰のことかな?」
「スーくんはね、スヴェンのことだよ。って言っても多分会ったことは無いよね」
アウリオンから聴いていた魔王救出を果たした功労者--スヴェンという名を知っていれば、一度アウリオンと剣戟中に巨城都市の下層に居る彼を遠目から観ている。
底抜けに冷たい三白眼の紅い瞳はまるで戦い以外を知らない、それ以外に生きることを知らない感情を宿した眼を持つ人物。
遠くからだが確かに目が合い、そして一目見た時からフィルシスはスヴェンに強い興味を宿していた。
彼なら満足行く戦闘ができるのではないか。そんな期待感に胸が膨らむ。
「スヴェンとは直接会っては無いけど、お互いに眼が合ったかな」
「遠くからでしょうけど、スヴェンに何を求めてるのかしら? あまり彼には無茶をさせたくないのだけど」
不安そうな表情を浮かべるレーナからスヴェンを想う感情が伝わる。
単なる召喚した異界人には留まらない感情だが、それが何かは判らない。判らないが騎士団長がレーナを不安にさせるのは拙い。
「ちょっと手合わせをお願いするだけだよ」
「手合わせで熱くなりすぎてエルリア城を壊さないでよ? ただでさえガルドラ峠をはじめ、国内各地には貴女が遺した爪痕が多いんだから」
「善処はするよ……それとも稽古の続きでもやるかい?」
三年前、魔王アルディアが凍結封印される直前までレーナに付けていた稽古は途中で終わってしまった。
あの時は魔力を纏った斬撃や剣圧の放ち方。魔力の刃を形成させるコツを師事していたが、今の魔力が抜け切ったレーナでは魔力を使用した剣技は使用できないだろう。
「察してると思うけれど、今の私は魔法が使えないわよ」
「魔力が無くても剣圧は放てるよ。それにその様子を見ると3年の間で修得してるようだね。うん、それなら更に上の段階で稽古を付けた方がいいかな」
幾ら魔力が膨大で魔力を純粋な攻撃手段として応用したところで、基礎が無ければ宝の持ち腐れに過ぎない。
魔力を応用した技術は、研鑽が有ってこそはじめて真価を発揮する。
しかしそこまで鍛えるなら魔法を習得、魔法一つを極めた方が速いというのが実情だが身体を鍛え精神的な成長を遂げれば魔力の絶対量も増す。
魔力量が多ければ多いほど圧縮力も増し、より洗練された魔力の刃を形成し単純な破壊力を増大させることもできる。
何よりも魔力を魔法まで持っていく過程でできる基礎技術を応用した技術であり、魔法に回す余剰魔力だけでも圧縮し魔法の発動と同時に魔力の刃を形成することも可能だ。
「魔力を失っている今の私に必要なのは基礎……むしろ貴女の厳しい稽古は望むところよ」
「そんなに厳しくしてるつもりはないんだけどねぇ」
「前に合同訓練でフーちゃんの訓練を見たけど……あの時は目の前の光景が地獄かなって思考が止まったちゃったよ」
魔王アルディアに同意を示すレーナにフィルシスは小首を傾げた。
「あぁ、あの様子は分かってないわね」
「フーちゃんもアーくんに負けず劣らずの天然だからねぇ〜」
「みんなによく言われるけど……うん、結局理解できそうにないから良いかな」
「天然は正せないものね。あ、雑談も良いけれどそろそろ本題に入らない?」
魔法時計に眼を向ければもう時刻は二十二時を過ぎていた。もう少しだけ雑談をしたい想いも有るが、多忙のレーナと交易再会に向けて忙しい魔王アルディアの時間を奪うのも悪い。
フィルシスは巨城都市で起きたことを詳細に告げた。邪神教団に入信した異界人の始末やヘルギム司祭を取り逃したことも全てありのままに。