傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-2.遺跡の町メルリア

 木造の建物風車や古代の石碑が町外問わず立ち並び、空を漂う浮遊岩が陽光を遮り町の至る所が影で覆われる。

 スヴェンは遺跡の町メルリアの町並みを荷獣車の窓から眺め、慌ただしくも騒がしく何処か浮き足立つ通行人ーーその中でも何人か暗い表情を浮かべる者達に首を傾げた。

 

「(単なる個人的な問題か、何らかの事件か。いずれにせよ直接関係ねえなら放置だな)」

 

 スヴェンは暗い表情を浮かべる者達から視線を外し、手綱を握るミアの背中に視線を向ける。

 

「ところで町の何処に向かってんだ?」

 

「サフィアっていう宿屋だよ。荷解きして観光したいでしょ」

 

「地理に疎いからな、その辺は任せる」

 

 スヴェンは再び町並みに視線を移しーー人目を忍んで路地に入りる数人の怪しげな人物に眉を歪める。

 怪しげな行動だ。いま尾行すれば何か出て来るかもしれない。

 そう考えたスヴェンがガンバスターに手を掛けたがーー同じく路地に入り込む数人の顔見知りを見て柄から手放した。

 ラオ率いる騎士が路地に入ったのが見えた。ならあそこは彼等に任せた方がいいだろう。

 まだ土地勘も町の全容も把握していない人間が下手に首を突っ込めば返って邪魔になる。

 そうスヴェンが結論付け、ハリラドンは路地を通り過ぎ、そのまま真っ直ぐサフィアに向かった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 宿屋の荷獣車の繋ぎ場にハリラドンを停めたスヴェン達は受付に向かった。

 その際ミアはアシュナに声を掛けたのだが、影の護衛としてアシュナは宿屋の宿泊を拒んだ。

 そもそも荷獣車の天井裏は彼女の部屋として改装されているらしい。

 そんな一連のやり取りを思い出しながら受付に声を掛ける。

 振り向いた受付員の青年は張り詰めた表情を浮かべたが、それは一瞬のことでスヴェンは見間違いか自分の恐い顔が原因だと仮定した。

 

「部屋を二つ取りたいんだが空いてるか?」

 

 そう、要望を伝えると応じた受付員の青年が申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 彼のそんな表情にスヴェンは嫌な予感を覚えた。

 

「申し訳ございません、現在当店は一部屋しか空きがなくて」

 

「他に部屋が空いてそうな宿屋は有るか?」

 

「それが……何故か一昨日から宿泊客が多く何処も満員状態なんです。火祭りもまだ先なのに」

 

 何処の宿屋も満員、しかし受付にもその原因が判らない。

 しかしスヴェンにはその原因に思い当たる節が有る。

 街道で出会ったヴェイグを思い出しーーそういえばパーティを開催するとか言っていたな。

 その影響かどうかは判らないが宿屋に宿泊客が多く来ているのは間違いないのだろう。

 

「ならコイツだけでも泊めてやってもらねえか?」

 

 スヴェンは背後で成り行きを見守るミアに指差す。

 

「えぇ、それなら問題ございませんが……一部屋にあなたも共に泊まるという選択肢もございますが」

 

「私は同室でも構わないけど、スヴェンさんってもしかして気にしてるの〜? 見かけに寄らず初心なの?」

 

 視線だけ背後に向ければ、にやにやと挑発的に笑みを浮かべるミアが映り込む。

 

「寝言は寝てから言えクソガキ……騒がしいガキと同室なんざ喧しくて休めねぇだろうが」

 

「本当は美少女と同室で狼が抑えられない〜とかじゃないの?」

 

 幾ら外道で傭兵だと言っても見境なく女を漁る趣味は無い。

 そもそもっとスヴェンは改めて向き直る。

 そしてミアにじっと視線を向けた。

 何処からどう見ても自称美少女、何処に欲情する要素が有るのか理解できない。

 しかしスヴェンの視線を勘違いしたのか、ミアがわざとらしく恥じらうようにその貧相な身体を抱き締めた。

 

「そ、そんなにじろじろ見られると照れるじゃん」

 

「あん? 美少女ってのは何処のどいつか探してたんだが……如何やら馬鹿には見ない類いらしいな」

 

「へぇ〜……ん? それって私が美少女に見えないって言ってるようなもんじゃん!!」

 

 スヴェンは騒ぐミアを無視して受付員に振り向く。

 

「た、大変ですね……あっ、宿泊はこちらのリストに記載をお願いします」

 

 スヴェンは手早くリストにミアの名を書き、硬貨一杯で膨らんだ金袋を取り出す。

 

「一泊いくらだ?」

 

「お一人様アトラス銅貨を前払いで8枚になります」

 

「こいつの知り合いが何度か訪ねに来ると思うが、そんな時はシャワーなり使わせても問題ねえよな?」

 

「えぇ、そちらでトラブルが起こらないのなら問題ありませんよ」

 

 受付に数日分の金を置いたスヴェンはそのまま出口まで歩き、

 

「荷解き済ませてしまえよ」

 

 ミアに伝えから外へ出た。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 ハリラドンにエサの干草を与え、暇を持て余しながら荷獣車の側でミアを待つと。

 

「もし、旅のお人かな?」

 

 紫色の髪に灰色の瞳をした妙齢の女性に声をかけられた。

 物騒なガンバスターを携行する自身に自ら話しかける女性は物好きに思える。それとも何か理由でも有るのか。

 

「ああ、旅行者だ」

 

 簡素で素気なく答えるスヴェンに女性が探るような視線で、

 

「何か大事な使命が有る……少なくともわたくしにはそう見えますけど?」

 

 大事な使命なんて大層な言葉では無いが、まだ達成していない仕事が元の世界に有る。

 ただ、彼女の言う大事な使命は別の事を遠回しに聞いているのだろう。

 魔王救出を請けたどうか。タイラントの件も有るーー馬鹿正直に質問に答えてやる必要も無い。

 

「何でそう見えんだ?」

 

 はぐらかすように質問を返すと女性がにこりと笑みを浮かべる。

 

「変わった服装、特に見慣れないデザインは異界人が多いですから……大国の君主から何か頼まれたのだと」

 

「頼まれたが、勝手に召喚された身だ。連中の頼みを聞く理由もねえだろ?」

 

「……それで旅を、なるほど」

 

 何か思案する様子を見せる女性に、スヴェンは密かに警戒した。

 相手に勘付かれないように意識を集中してみればーー女性の下丹田に通常とは異なる魔力、禍々しく殺意で満たされた魔力が巡っているからだ。

 スヴェンは宿屋からミアが出て来るのを見て、

 

「連れが来たな、俺はもう行くがアンタは?」

 

「わたくしももう行きますよ、この町は物騒ですので観光ならお気を付けて」

 

 物騒。確かに怪しげな連中が路地に入り込むぐらいには物騒なのだろう。

 その連中が何者かにもよるが。

 スヴェンは立ち去る女性の背中を見送り、ミアに振り向く。

 

「……スヴェンさん、今の人はなに? あんな魔力見た事も無いけど」

 

 顔面蒼白で肩を小さく震わせていた。

 どうにもミアには刺激が強過ぎたようだ。

 このまま連れ回してもしかたないため、一度ミアを荷獣車の入り口に座らせ訊ねる。

 

「魔力ってのはあんな色をするもんなのか?」

 

「普通はしないよ……けど悪魔とか邪神眷属ならそうなのかも」

 

「悪魔、邪神眷属?」

 

 聞き慣れない単語を聞き返すと、ミアはスヴェンの手を握り締めた。

 震える小さな手をスヴェンは拒むことはしなかった。

 

「封神戦争で邪神が使役した煉獄の住人は悪魔と呼ばれる……人間ともモンスターとも全く異なる住人なんだって」

 

「それで邪神は自身の力を眷属に分け与え、アトラス陣営に多大な損害を与えたんだ。でも眷属は邪神と一緒に封印されたの」

 

「あの女が悪魔か邪神眷属なら封印は大分解かれたじゃねえか?」

 

「……まだ各国が管理してる封印の鍵は無事だよ。でも誰にも管理されてない鍵は何とも言えないかな」

 

 悪魔と邪神眷属は封印の鍵とは別に何らかの方法で復活したのかもしれない。

 邪神に関係する存在が魔王救出を阻む障害ーー不思議とスヴェンは戦場に近い感覚を感じた。

 

「嬉しそうだね、タイラントと戦ってる時も……」

 

 ミアは言いかけた言葉を止め、もう大丈夫だと言わんばかりに立ち上がった。

 彼女が何を言いたいのか理解出来るがーー握られていたミアの手を払い除ける。

 

「辛いなら宿で寝てろ」

 

「もう大丈夫だよ……それに町を歩かないと判らないことも有るでしょ? 妙な違和感も有るしさ」

 

 彼女の言う違和感とは何か。確かにスヴェンも漠然と違和感を感じているが、それが何かは今の所分からない。

 

「なら案内は頼む」

 

 黒いサングラスを装着するとミアが引き攣った表情で、

 

「観光に来た旅行者よりもマフィアに見えるよ」

 

 そんな事を言い出した。

 これでも町中を歩く際の気遣いと洒落、依頼人との交渉に欠かせない道具なのだがーースヴェンはサングラス自体を単純なファッションとしても気に入っていた。

 

「こいつは俺なりの洒落だ、それに瞳の色を隠すには丁度良いんだよ」

 

「あぁ、尋人は特徴で伝わるもんね」

 

 スヴェンとミアはサフィアを離れ、メルリアの散策を開始したーー影の護衛を受けながら。


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