スヴェンが待ち伏せの対処に向かった頃、エルナ達は吹き荒れる土煙に眉を歪めた。
スヴェンが懸念した通りに動きを察知した野盗と紅いフードが攻勢に移り、荷獣車の真横を魔法が掠める。
エルナの視界の端には隅で頭を抱えながら震えるルドマンと反撃と言わんばかりに魔法陣から黒炎を放つロイ。そして荷獣車に硬化魔法を施し、魔法や飛来するクロスボウのボルトを防ぐラウルが移り込む。
あくまでも目的はスヴェンが戻るまでの牽制と防衛だ。彼が戻り合流するまでのわずかな時間、それまで紅いフードがどんな魔法を使い、大鎌を操るのか分析しておきたいところだ。
エルナが思考する傍ら荷獣車を掠める爆炎にルドマンが悲鳴を叫び、
「な、なんとかしてくれ! そのために護衛として雇ったんだっ!」
なんとかしろと騒ぎ立てる。
十人の野盗と紅いフードに襲われる。そして待ち伏せも含めればこれも妙な話に思えて仕方ない。
ルドマンが持つ古代遺物が狙いなら大人数は必要無い、むしろルドマンの他にも身なりの良い行商人や旅人が居るにも関わらず野盗の集団はそちらに眼を向ける様子が見られない。
それだけ古代遺物に価値が有るのか、ルドマン自身に何か有るのか。
「うーん、狙われる心当たりは有る?」
「そ、そんなの決まってるじゃないか! 狙いはこの古代遺物に決まってる!」
怯えた様子で鞄を大事そうに抱えるルドマンにエルナはこれ以上の詮索はスヴェンへの不利益を招くと考え、野盗に向けて左掌を向けながら右ポケットの銀細工を握り締める。
牽制とは言わず直接足を止めれば済むことだ。狙いは痩せたハリラドンの脚。紅いフードが何かしてくる可能性は充分に高い、それはそれで行動を観察できる利点も生まれる。
「ラウル、ロイ、続いてね『銀の鎖よ、獣の脚を絡め取れ』」
右ポケットの銀細工を媒介に、左掌に構築された魔法陣から銀の鎖が疾走する地面を蛇の様に這いずる。
銀の鎖が手近な痩せたハリラドンの脚に迫るが、狙いを察知した紅いフードの大鎌が孤月を描き、銀の鎖を弾いた。
--うん? そんなに魔力は込めてない。むしろ造形変質を加えてるから銀細工の強度は落ちてるのに。
通常なら簡単に破壊できる銀の鎖を紅いフードはわざわざ弾いた。大鎌という扱い辛い武器の特性、走り続けるハリラドンが合わさり破壊するだけの力を込められなかったのか? いやそんな筈はない、大鎌を振る際に時速六十キロで走るハリラドンの速度が加わっているのだ。銀の鎖が破壊されてもおかしくはない。
エルナが思考する最中、ラウルとロイが魔法を詠唱する。
「『水流よ押し流せ』
転倒は防がれたが、スヴェンが離れた直後に話し合った狙いの一つ。
ラウルが放った水流が疾走する荷獣者から流れ、野盗をハリラドンごと押し流す。
そこにロイの追撃が入れば野盗だけでも大きく引き離せるだろう。
「『黒き電流よ、堕ちよ』」
野盗の上空に出現した魔法陣から黒雷が放たれ、水浸しの地面に黒雷が堕ちる。
水を通して押し流された十人の野盗に黒い稲妻が走り、全身に雷が襲う。
地面に倒れ、気を失う野盗にルドマンから安堵の息が漏れる。
気を抜くにはまだ早い。銀の鎖による一手を防がれ、水流の二手を躱され、三手の黒雷と水流による広範囲の感電も紅いフードには通用せず依然と距離を縮めている。
紅いフードは大鎌を構え、口元を不気味に歪ませ--紅いフードは掌を上に詠唱を唱えた。
「『さあ、我が血よ! 血肉を喰らい渇きを満たす時だ』」
掌に展開された魔法陣から血が吹き荒れる。
「『血よ、我が刃に宿り呪いの刃を』」
吹き荒れた血が呪詛を纏いながら大鴉に纏わり付く。
「『血よ踊れ、血の雨よ呪い祝え』」
詠唱によって呪詛を含んだ血の雨が降り出す。
呪詛を含んだ血の雨にエルナは御者に振り向く。
「おじさん! この雨を浴びちゃダメ!」
しかし警告は一歩遅く、血の雨を浴びた御者が苦痛に身体を抑え、ゆっくりと横たわった。
浴びるだけで全身に苦痛を齎す血の雨にエルナ達は戦慄を浮かべ、紅いフードが血と呪詛を纏った大鎌を大きく動かす。
「なんかヤバいぞ!」
ラウルの警告にエルナは呆然と怯えるルドマンに覆い被さった。
「伏せて!」
エルナの叫びにラウルとロイがその場に伏せた直後、孤月の軌跡が荷獣車に走り--荷獣車の半分が真横に両断された。
地面に崩れ落ちる荷獣車の屋根、そして血の雨が降り注ぐ。
同時に半円を描きながら大鎌が紅いフードの元に戻る。
「うぐぅぅ。こ、この痛みはちょっと辛いかも」
「全身痛いし、また大鎌が来たらヤバいって!」
「あぁ、雨だけでも! 『闇よ、覆い隠せ』」
崩れた屋根を闇のカーテンが覆い隠し、血の雨の影響が身体から消える。
どうやら血の雨に含んだ呪詛には継続性が無いようだ。それにハリラドンにも影響が無いところを見るに、効果が及ぶのは人だけ。
エルナはロイに視線で御者にも魔法を使うように指示を出し、恐怖のあまり気を失ったルドマンに息が漏れる。
「騒がれるよりマシなのかな?」
「少しは手伝ってもらっても良かったんじゃ……っ! アイツが近付いてる!」
顔を向ければ紅いフードが既に荷獣車の真後ろまで迫り、血と呪詛を纏った大鎌を振り上げていた。
刹那の瞬間、紅いフードに隠れた瞳と眼が合う。
それは人の眼とは程遠い、血を求めて病まない狂気に染まった眼だ。
邪神教団が邪神復活のために生贄を狂気的なまでに求める異常性と同様な--己の目的を果たすためならどんな手段も厭わない、そんな眼にエルナは詠唱を唱える。
「『空の彼方より、万物を呑み込む孔よ……』あっ」
詠唱よりも先に紅いフードの大鎌が視界に迫り、エルナは詠唱を止め死を覚悟した。
目前に迫る死を前にエルナの頭に様々な光景が過ぎる。
死の恐怖、奈落の底で毎日のように感じていた死の気配と邪神の存在に怯える日々、そんな生活から漸く脱出して得た自由と当たり前の生活。
ラピス魔法学院ではロイとラウル、同室の友達にも恵まれ満たされた心と環境。
邪神教団の異端者として恵まれた環境に居た罰が降ったのか--自由の代償と対価は償いと自身の命、釣り合わない対価にエルナは眼を瞑った。
しかしエルナの元に痛みも死も訪れず、ロイとラウルの安堵のため息--そして刃が弾かれる音に漸くエルナは眼を開けた。
血の雨が降り続ける荷獣車の外でガンバスターで血と呪詛を纏った大鎌を弾いたスヴェンの背中にエルナは驚愕する。
「お、お兄さん!?」
絶え間無い苦痛を諸共せずハリラドンに騎乗したスヴェンがガンバスターの刃で紅いフードの大鎌を弾く。血の雨を僅かでも浴びて身体に齎す苦痛がどんなものなのか身を持って体験してるからこそ判る。
常人や大人でも気絶してしまう苦痛を平然と、ましてや軽々とガンバスターを薙ぎ払い大鎌ごと紅いフードを地面に落とす彼は異常だ。
同時にエルナは気が付く--紅いフードが落ちた地面は既に大鴉に喰い荒らされた大量の肉片が転がっていることに。
スヴェンは先行して待ち伏せの対処に向かい、全滅させた後にこちらに引き返した。
二十頭の痩せたハリラドンから見て野盗も二十人は居たことが判る。それを数分の内に全滅させて戻って来たというのだ。
--お兄さんが恐ろしいことは判ったけど、モンスターの生息地域も近付いてる。
御者が気絶した荷獣車をこのまま走らせて守護結界領域を抜けるのは危険だ。
エルナがそう判断すると、同じことを考えていたロイとラウルがハリラドンの手綱を弄ることで荷獣車を停める。
ハリラドンが脚を止めたことにスヴェンが察した様子で、黒いハリラドンから降りる。
そしてガンバスターを片手に、
「荷獣車を魔法で補強したってことは、アイツを野放しにメルリアに向かうのは逆に危険だな」
闇のカーテンで覆い隠された荷獣車を一眼見て冷静に判断していた。
「お、お兄さん……雨は大丈夫なの? それ、けっこう痛いよ」
「こんなもん慣れで如何とでもなる。ってか痛みだけで死ぬわけでもねえよ」
痛みによるショック死は有り得るが、それでもエルナは口を開くことを止めた。
既に紅いフードが立ち上がり、大鎌をスヴェンに向けているからだ。
「アニキ! 援護するよ!」
「いや、止めておけ。コイツは下手に刺激すれば面倒な手合いだ。それに動きを止めた荷獣車は格好の的になる……三人はルドマンの安全と防御に徹してろ」
紅いフードをスヴェン一人が対処し、自分達はルドマンの護衛と荷獣車の防衛にエルナは従うように頷いた。
実際に援護に入ったところで、例え相手が敵であろうとも自身もロイとラウルも殺しに躊躇してしまう。
それでは逆にスヴェンの邪魔になると理解したからだ。
だから自分達に出来ることはスヴェンの指示に従い、戦闘を観察することだ。