エルナの観察する視線を背中で感じ取ったスヴェンは、視線を向けず構わず紅いフードに斬りかかる。
一閃が血の雨を払いながら紅いフードの目前に迫り、血と呪詛を纏った大鎌の斬撃がガンバスターの刃を防ぐ。
魔法を纏った斬撃ならこちらの刃を弾いても可笑しくは無いはず。それどころか紅いフードの腕に浮かぶ血管と筋肉が防ぐことがやっとだと物語っている。
--扱い難い大鎌と単純な力不足か。
それでも血と呪詛を纏った大鎌に警戒心を緩めず、スヴェンは荷獣車の状態から一つだけ考察した。
回転を加えることで投げ飛ばした大鎌に纏った血と呪詛が回転ノコギリの要領で単純な切断力を底上げしたと。
スヴェンは大鎌を弾き、紅いフードの胴体に向けてガンバスターを横薙ぎに振り抜く。
刃が軌跡を描き、刃が紅いフードの横脇に到達した瞬間、ガンバスターの剣先からぐにょりっとした感触が襲う。
そのまま勢い任せにガンバスターを振り抜くも、紅いフードの肉を断つことも叶わず--ガンバスターの刃が横腹に弾かれてしまう。
弾かれた勢いをそのままに、首目掛けて迫り来る大鎌を身を屈めることで避け、魔力を纏わせたガンバスターを地面から斬り上げた。
魔力を纏わせたにも関わらず紅いフードのぐにょりとした感触の前に刃がまたも阻まれる。
身体がダメなら頭は如何だ? スヴェンはガンバスターを引き戻し、頭部に刺突きを繰り出す。
頭部に突き出されたガンバスターの刃がまた止まった。
軟らか過ぎて斬撃が通らないなら別の方法を試すまで。思考と並列してスヴェンは突き出したままのガンバスターの引き金を引く。
ズドォォーーン!! ゼロ距離で撃った.600LRマグナム弾が紅いフードの頭部で炸裂する!
しかし頭部に銃弾をまともに受けた筈の紅いフードからは肉片は愚か血は一切流れず、弾頭も落ちる様子すら見せないが、銃弾の衝撃によって顔を覆い隠していた紅いフードが外れた。
顔が曝け出された瞬間、肌に絡み付き心に侵食するような異質な気配が突如として漂う。
不気味な気配と紅いフードの正体に後方に跳ぶことで距離を取った。
「コイツは、なんだ?」
側頭部に浮き出た人の顔、髭のような触手に被われた口元。顔面に食い込んだ弾頭によって歪にへこんだ顔--そしてエルロイに近い爬虫類の瞳にスヴェンの眉が歪む。
明らかに人間とは違う紅いフードが何者なのか、気配ですら判別できず……。
「「あーあ、素顔見られた。素顔見られた」」
側頭部と後頭部から聴こえる声にスヴェンは愚か観察していたエルナ達までもが表情を浮かべる。
人と変わらない頭部に三つの顔、人本来の顔は突き刺さった弾頭によってへこんでるが、口元が動いてるところを見るに生きているのだろう。
そもそも一つの頭に三つの顔を持つ存在など誰が予測できようか。
「……なんなんだ? 身体は妙に軟けえわぁ、かと思えば顔が三つとか」
「「おやおや、悪魔ははじめてか」」
「悪魔だと? まさか、邪神の復活でも企んでのか」
「「邪神の復活ぅ? いやいや、悪魔の大半は我らが創造神を静かに眠らせたいと願ってるさ」」
邪神の復活には関与しないと語っているが、果たして目の前の悪魔を信用して良いものか。
悪魔という存在に遭遇したことはこれがはじめて。一応悪魔の血筋を持つ魔族とは何度か出会っているが--そこまで考えたスヴェンは魔族の特徴的な角と蝙蝠の翼、そして尻尾が無いことに疑問を浮かべる。
あの特徴は悪魔の血筋を受け継いだからこその特徴だとばかり思っていたが、
「魔族とは随分と特徴が違うらしいな」
「「魔族は旧世代……つまり地上で邪神に産み出された悪魔と交わった人間の子孫さ」」
「「地獄に住む我々も確かに邪神に産み出されたけど、地獄の環境に適した姿形で創造されてるのさ」」
「生まれの違いか。……それで? 悪魔がわざわざあの荷獣車を狙ったのは? それにここ数日エルリア城周辺を騒がせていた通り魔はアンタらか?」
「「荷獣車の中に悪魔が過去に製造した魔道具……人間風に言うと古代遺物が有るから、さっきの人間達は同じく古代遺物を狙っていたから人間風に協力してみた」」
「「次の質問の答えだけどねぇ……実は悪魔は召喚者に応じて契約するんだ。今回は憑代の器が力と惨殺、混乱を望んだからこうして憑依してたんだけど」」
「けどなんだ?」
「「悪魔は人間に力を貸す際に対価を求める。要求が大きければ大きいほどそれ相応の対価を。だけどこの器は対価を払わず、我々の魔力を使い続けた。その代償として我々に適した身体に改造したわけさ」」
スヴェンは要点を頭に入れ、目の前の悪魔と交戦を続けるか思案した。
刃が通らない軟かな肉体と未知数の魔力と魔法。今も絶えず振り続ける血の雨。
こうして会話が成立している辺り悪魔はまだ理性的とも思えるが、スヴェンは背後のエルナ達に眼を向ける。
三人の顔色が目に見えるほどに悪い。いつからと問われれば、恐らく悪魔の姿が露呈した辺りからだろう。
自身は悪魔を見ても何も感じないが、
「「そういえば、我々の姿は人間の精神にとって害なんだけど……君は既に狂ってるようだ」
こちらの思考をよそに悪魔がそんな事を語り出した。
「まともだったら傭兵なんざやってねえだろうよ」
身体を蠢かせる悪魔にスヴェンは思案を浮かべる。
古代遺物を如何するべきかはルドマンが判断することだ。ただ彼は荷獣車で気絶しており、仮に目覚めたとしても悪魔を眼にしてまた意識を失わないとと限らない。
そもそも目の前の存在に発狂され、余計なことをされても面倒だ。
「……それよか、アンタらが造ったつう古代遺物は危険な代物か?」
「「いいや、研究材料にはなるけど……人間には使用できない封印が施されてるのさ。ただ我々としてもこの人間が支払う対価を徴収しなければ割に合わない」」
「憑代では対価として不足ってわけか。第一ソイツは生きてんのか?」
「「既に死んでるよ。君が放った変わったヤツでね……そのおかげで我々も自由になったわけだ」」
「なら、アンタらが得たのは自由だ。ソイツは欲しくても中々得られない価値だと思うが?」
「「へぇ? 我々に古代遺物を諦めろって言うんだ……うん、悪魔は契約を重んじるんだ。例え契約者が死んでようともね。だからさ、我々はその古代遺物から手を引くよ」」
悪魔はすんなりと大鎌を降ろし、次第に血の雨が止み始める。
そして悪魔は血の霧を身体から放ち、
「「君は面白い、いずれ時の悪魔を殺せるかもね」」
訳の分からないことを言い残して姿を消した。
「時の悪魔? なんのことだかさっぱりだが……無事か?」
エルナ達に呼び掛けると三人は安堵したため息と共にその場に座り込んだ。
無理も無い悪魔などという超常の存在と遭遇したのだ、緊張もそうだが消耗した精神では無理も無いだろう。
「休憩してから守護結界領域を抜けるか」
「さ、賛成……にしても悪魔を間近で見てよく平気だったね」
「あの気配……追跡者と似た雰囲気を感じたけど」
「アニキは悪魔すら恐れないのか」
同時に話す三人にスヴェンは肩を竦める。
「聞くところによると追跡者は悪魔の血を使ってるだとか、恐らくロイが感じた気配はソレの影響だろうな」
「なるほど、確かに追跡者は悪魔の血と邪神の呪いに薬物も使われていた。でも恐ろしさは本物の方が断然上だったな」
「邪神教団は悪魔を召喚しねえのか?」
「さっきの会話は聴こえてたが、契約に必要な対価はまちまち……それに悪魔は信徒の召喚に応じないらしいんだ」
さっき悪魔は大半の悪魔が邪神を眠らせたいと語っていた。逆に言えば一部には邪神復活を目論む悪魔も居る。
スヴェンは邪神眷属に付いて聴いておけば良かったと自身の失敗に舌打ちした。
「まあいい、過激派の召喚に応じねえならそこまで警戒することもねぇだろう」
「でもさ、通り魔の犯人って結局如何なるんだ?」
「器は死んでんだが、一応野盗の件も含めて騎士団に報告義務が有る。後の判断は騎士団に任せていいだろ」
スヴェンはそれだけ語り、しばしの休憩後に眼を覚ましたルドマンに事の顛末を報告しながらメルリアに向けて荷中者と黒いハリラドンを走らせた。