拍子抜けするほどモンスターの生息地域でモンスターと遭遇することもなくスヴェン達は無事にメルリアに到着していた。
町の入口で半壊した荷獣車から降りたルドマンは相変わらず鞄を大事そうに抱え、それが悪魔が製造した古代遺物だと知りながらもむしろ価値が高まると喜ぶ始末だ。
先程遭遇した悪魔はまだ話が通じる分類だったが、次も同じとは限らない。
「ルドマン、アンタはもう少し危機感を抱いた方がいい」
依頼主の為を思えば自然とそんな言葉が出るが、同時に依頼を終えた後で彼が悪魔や野盗に襲われようともそこから先はエルリア魔法騎士団の領分になる。
「分かってる。次に悪魔と遭遇した時は古代遺物を手放すさ、誰だって命は惜しいからね」
彼は目に見えて判る嘘を付いた。欲に染まった眼差しと笑ってるように見える歪んだ口元、腹の中では悪魔と契約して利用することも目論んでいるのだろう。
「忠告はした、後はアンタと荷物をメルリア考古学研究所まで連れて行くだけっと言いたいが……近くだったな」
正門から少し進んだ道路、雑貨屋と装飾屋に挟まれた建物の看板に書かれたメルリア考古学研究所にエルナ達が不思議そうに首を傾げる。
「研究所って聴いてたからもっと町の中央部に在るのかと思ってた」
「俺もメルリア地下遺跡の入り口近くだとばかり」
「うへぇ〜ついでに買い物しようかと思ってたんだけどなぁ」
一人だけズレたことを抜かすエルナにロイとラウルが苦笑を浮かべる中、スヴェンは改めて考古学研究所に視線を移す。
以前訪れた時は視界にも入らなかった真新しいレンガ造りの建物、しかしスヴェンの記憶では確かに考古学研究所は町の中心に在ったと観光案内書に記されていた覚えが有る。
移動したのかと考えれば、ルドマンが考古学研究所に視線を向け苦笑した。
「実は以前まで町の中央部に在ったんだけど、老朽化が酷くて先月辺りに引っ越したんだ。おかげで古代遺物保管所とやや距離ができてしまって行き来が面倒になったよ」
スヴェン達は彼の話に納得した様子を浮かべ、ルドマンと共に考古学研究所に歩き出す。
路地や人混み、行商人、商人の中にルドマンを狙う人物は確認できず--屋根にもそれらしい者は居ない。
如何やら街道で遭遇した野盗で全員らしいが、ルドマンは野盗の間で懸賞金をかけられている。それに付いて道中で訊ねれば彼は質問に答えることは無かった。
そして考古学研究所に到着したルドマンは懐から取り出した金袋をスヴェンに手渡し、
「いやぁ助かった! もしも機会が有ればまた頼むよ!」
それだけ告げてさっさと考古学研究所に入っていた。
▽ ▽ ▽
近場の喫茶店に移動したスヴェン達が金袋の中身を改めると、
「あの人、もう少し感謝してくれても良かったんじゃない? 私が居なかったら首チョンパだったのにさぁ」
エルナが思い出したように不満を漏らした。
「仕事ってのはそんなもんだ。感謝される時も有るだろうが、金が絡む以上は案外素っ気ないもんさ」
「そういうものなんだ。でもこれでボランティア活動のレポートが書けるからいっか」
「うげっ、帰ったらそれが有るんだった……それに課題もまだ片付いて無いんだよなぁ」
「……アレを数日で終わらせるのは無理だ」
「私は終わらせたけど? それにそんなに難しくは無いよ」
余裕の表情で語るエルナにラウルとロイがお互いに顔を見合わせる。そして二人は同時に手を合わせ拝むように、
「「エルナ様! どうか課題を手伝ってください!!」」
にっこりと笑うエルナを頼った。
「仕方ないなぁ、ロイは基礎は理解してるから時間はかからないけどラウルはすこぉし気合い入れないとねぇ。あ、お礼は甘いお菓子でね」
なんとも学生らしい会話を耳にスヴェンはラウルとロイが持って来た課題の量に思わず苦笑を浮かべた。
「まあなんだ、帰ったら課題でもしてろ」
「課題とは無縁のアニキが羨ましい」
「課題はねぇが、これでも学ぶことは多いんだよ。異界人ならなおさら常識だとか細え部分で齟齬も有るからな」
「悪魔に対する認識とかも色々と違いそうだなぁ」
スヴェンは頷きながらこちらに近付く商人に視線を移す。ひょろっとした体格、緑の衣を着た吟遊詩人めいた装いの男性は四人を値踏みするような視線を向けていた。
「何か用か?」
「キミは腕が立ちそうだね」
これは依頼を請ける機会だと思考したスヴェンは彼に真っ直ぐ眼を向け答えた。
「腕が立つかどうかはさておき、護衛が必要なら請けるが?」
「そうか! 実はエルリア城に向かう予定で護衛してくれそうな人を探していたんだ!」
これも渡りに船だ。どの道エルリア城には帰ることになる。それなら帰りにエルリア城まで護衛が必要な依頼人から依頼を請けた方が効率が良い。
こんな時のために必要な契約書類を持参していたスヴェンは、契約書類を男性に差し出しながら告げる。
「此処からエルリア城まで片道で銀貨五枚だ」
「なるほど、この用紙に書けば良いんだね……」
男性は持参していた羽ペンで書類に記入しながら、自身がまだ名乗っていない事を思い出したのか一度羽ペンの手を止めた。
「おっと申し遅れたね。自分はヘルメ、ミルディル森林国の行商人さ」
ミルディル森林国から来た行商人のヘルメにスヴェンは興味深そうに眼を細める。
そんな様子を察したのか、ヘルメは少しばかり困り顔を浮かべた。
「ああ、悪いな。アンタに対して何か有るって訳じゃねえんだ。……ただ、パルセン酒造所の酒は扱ってんのか気になってな」
「えぇ扱ってますよ。自分が主に取引してるのはパルセン酒造所の酒ですからね。そうですね、護衛が無事に達成できたらいくつか差し上げますよ」
「そんな事して良いのか?」
「かまいませんよ、先方からは新規顧客獲得に向けて宣伝商品をいつか預かってますからね」
パルセン酒造所の宣伝にも繋がりなおかつヘルメの懐が痛むことも無い。
スヴェンとしてもパルセン酒造所と繋ぎができるのは有り難い提案だ。
ヘルメが書き終えた契約書類を受け取り、互いに必要な書類を記入してからスヴェン達は黒いハリラドンとヘルメの荷獣車と共にエルリア城に向けて出発するのだった。