ヘルメを乗せた荷獣車をエルリア城まで護衛したスヴェン達は、
「これが報酬と約束のお酒だよ、今後も機会が有れば是非とも頼らせ……ふむ」
報酬が入った金袋とパルセン酒造所産の赤ワインと蜂蜜酒を手にヘルメは思案顔を浮かべていた。
行商人に限って今更報酬を払うのが惜しくなったとは考えたくも無いが、悩ましげなヘルメにスヴェンは訊ねる。
「如何した?」
「いや、実はキミ達が護衛業を続けるならミルディル森林国の情勢を伝えた方が良いかと思ってね」
自国民から齎される情報は精度はもちろんのこと情報の信憑性も高い。
ヘルメから情報を聴くことに関しては異論も無ければむしろ願ってもないこと。
「あぁ、今後他国にも足を伸ばすことも有るだろうからな。ミルディルの今の状況は如何なんだ?」
「邪神教団のこともそうだけど、怪しげな連中も森林国に多数入り込んでいるんだ」
「邪神教団がミルディルで何かしてるっのは小耳に挟んじゃいたが、怪しげな連中ってのは?」
「一つ確認が取れてるのはゴスペル、あとは野盗の類いだとは思うんだけど正体が判らないらしい」
ゴスペルはともかく、正体が判らない野盗については気掛かりなことも多い。
邪神教団と繋がっている商人、人攫いを目的に手を組んでいる野盗も考えられるが、単純に魔王人質の混乱に乗じて誕生した野盗の組織という可能性も捨て切れない。
「野盗の新興勢力ってことか」
「そうかもしれない。まあ、とにかくミルディル森林国に訪れることがあったら気を付けてね」
「ああ、注意しておこう」
ヘルメは金袋と酒を手渡し、荷獣車を雑貨屋に向けて走らせた。
スヴェンは黒いハリラドンとエルナ達に振り返れば、三人は僅かに疲れた表情で、
「うー、荷獣車でエルリア城とメルリアの往復は疲れたなぁ」
「帰り道で遭遇したモンスターもスヴェンが殆ど片付けたとはいえ、流石に尻が痛いな」
「なんか、前にアニキ達と乗った荷獣車と乗り心地が全然違ったなぁ」
そんな事を言い出した。
荷獣車一つでそんなに乗り心地が変わるものなのか、他の荷獣車に乗ってたことが無いから何とも言えなければ、三人が乗り物酔いした様子も見られない。
それでも確かに三人は疲れている。悪魔と遭遇したことも踏まえれば疲労が蓄積されていてもおかしくはない。
それにっとスヴェンは改めて三人に眼を向ける。
「初仕事にしちゃあ上出来だったな」
「あ、アニキ! アニキが褒めてくれるなんてっ!」
ラウルは何を勘違いしてるのだろうか? いくら自身が外道であっても人を褒める時は素直に褒めるし、仕事振りに応じて報酬を出す義務も有る。
例え正式に雇用した訳でも無いが、ボランティアとしてタダで使うには少々もったいない。
特に魔法が使えない自身にとって魔法が使える三人は貴重な戦力だ。
「これでボランティアじゃなかったら報酬をお願いしてたのになぁ」
「エルナ、俺達は元々贖罪のために活動してるし……それに贖罪を条件にラピス魔法学院の編入が許されたんだぞ」
「でもさ、やっぱり服とか買うお金は欲しいじゃん。部屋着のワンピースとかもカノンお姉さんの御下がりだしさ」
学生なら確かに金は入り用になる。それこそ三人の自衛に必要な武器の購入にも金は必要だろう。
スヴェンは金袋から銀貨三枚を取り出し、それぞれに手渡した。
受け取った銀貨に三人はきょとんと首を傾げ、視線が疑問を問う。
「労働に対価は必要だろ、そいつが今回の報酬だ」
「え!? あ、アニキ、おれ達は金を稼ぐためにアニキの下に居るわけじゃ……」
「アンタらがどんな契約でラピス魔法学院に編入したかは知らねえが、学生は何かと金が掛かると聴く。それによ、こっちで面倒見てる間にいちいち買い物に付き合うのも面倒なんだよ」
「おぉ! 特に報酬を得ることに関しては何も言われてないね。それに学生の中にはバイトしてる子も居るもんね」
「ボランティアが報酬を……まあ、でも武器や文具に参考書を買うにも色々と金が掛かるか」
各々報酬を得ることに納得し、懐にしっかりと納めた。
その中でもまだラウルは迷っている様子を見せるが、彼が山道を行く商人を襲っていたのは知っている。
だからスヴェンは彼にこう告げた。
「奪った分だけ護ってみせろ。それが今のアンタにできる償い方の一つだ」
「そっか、護衛を請けるってことはいつか襲った商人と出会うことも有るんだよな」
「あぁ、そん時は誠心誠意謝罪でもしてやれ」
「お兄さんの口から誠心誠意謝罪なんて言葉が出るなんて意外?」
「俺を何だと思ってんだ? 仕事もそうだが依頼、過去に関わったことが有るヤツに誠意を示すのは当然だろ」
「お兄さんって実は仕事に関して真面目?」
これは傭兵もそうだが、下手な仕事をしては信用問題に関わる。
仕事は誠実に真面目に取り組むべきだ。それは傭兵であろうとも何も変わらないーー違いが有るとすれば積極的に人を殺すかどうか程度。
「不真面目な奴を誰が信用すんだよ」
「それもそうかも……ひょっとしてお兄さんって優良物件だったりする?」
何を言い出すかと思えば、外道が優良物件なら他は最高の物件になるだろう。
それに稼ぎそのものは商売が始まったばかりで良いとは言えない。むしろ魔王救出で得た報酬金を頭金にしてるため、生活に困ることは無いがボディガード・セキュリティとしては問題だ。
「俺は違えな、最良物件なら騎士団だとか年収の良い奴のことだ」
「なるほどぉ、前に友達が付き合うなら出世しそうな男子が良いっていてたから」
「……歳頃の娘はもうそんな事を考えてんのかよ」
付き合う男性の収入に不安が有るなら自分で稼げば手っ取り早いとは思うが、そこは女性心理も有るのだろう。
そう考えたスヴェンは歳頃の少女の恋愛観を深く考えず、黒いハリラドンの手綱を引っ張る。
「俺は騎士団に報告に行って来るが、アンタらは先に帰って課題するなり自由に行動してろ」
「お兄さんに付いて行くのは?」
エルナの申し出に、彼女の後ろでラウルとロイが捨てられた仔犬のような眼差しを向けていた。
「背後見てみろ」
「お〜? あぁ、そうだったね。哀れなキミ達に救いの手を差し伸べてあげようじゃない」
二人に振り向いたエルナがそんな事を語り、スヴェンはロイに貰った酒を預けてから黒いハリラドンと共に歩き出した。
「あっぶねぇ! 明日の登校日までには有る程度課題を終わらせたいからなぁ」
「ラウルは補習も有るからねぇ〜」
「お、思い出させないでくれよ!」
エルナがからかい混じりに口にした補習にスヴェンは足を止める。
こっちは一応ボランティアとして使ってる身だ。ボランティア活動の業務手伝いによって学業を疎かにさせる訳にはいかない。
スヴェンはラウルに振り向き、
「ラウル、手伝いを続けてえなら学業も両立してみせろ」
低めの声でそれだけ告げ、その場を後にする。
そしてエルリア城を目指して進んだ道中で、
「あ! スヴェンさん、こんなところで奇遇だね!」
「やあ、スヴェン。キミに少し聴きたいことが……」
偶然ミアとレイに遭遇し、エルリア城に向かう手間が省けるが人を間に挟んで睨み合う二人に思わずため息が漏れる。
「なによレイ、スヴェンさんに先に声をかけたのは私だよ?」
「キミの場合は暇潰しだろう? こっちは職務の最中で彼には事情聴取が必要なんだ」
「暇潰しじゃないよ、私も彼に用が有るの!」
「……あの件なら諦めたらどうだい? それともキミはスヴェンを殺す気か?」
人を間に挟んで漂う険悪感にスヴェンは深いため息を吐く。
ーー俺が死ぬ? ミアの個人的な依頼ってのはそれほど危険ってことか。
スヴェンは一瞬だけミアに眼を向け、彼女はまだ依頼を出すかどうか迷ってる様子が目に見えて判る。
ふと数多の視線に注目されていることに気付いたスヴェンは、
「取り合い? まさかの一人の男を少女と騎士が取り合いなの」
「あれってミアさんとレイさんだよなぁ? 二人に挟まれてる男性って何者だ?」
ちらほらと聴こえてくる声に息を吐く。下手に目立つのも好ましくない。
「二人とも俺の事務所に来るか? どの道、騎士団には報告するんだからよ」
「……キミが構わないならお邪魔させてもらうよ」
「分かったよ、私もラウル君達の様子は見たいしね」
こうしてスヴェンはミアとレイを連れて来た道を引き返し、自宅が在る職人通りに向かうのだった……若干気不味い空気を背中に受けながら。