自宅にミアとレイを連れたスヴェンはそのまま二人を事務室に通した。
「あ! 姉さん久しぶり!」
ミアにいち早く気付いたラウルが満面の笑みと眼を輝かせる中、騎士甲冑を装備したレイにロイが一度羽ペンの手を止めソファから立ち上がる。
そして彼は軽やかな足取りで二階キッチンに向かい、今度はエルナが一瞬考え込む素振りを見せたかと思えば口元を緩めた。
「お兄さん、イケメンの騎士と美少女を同時に連れ帰るなんて……私はそんな子に育てた覚えはないよ?」
「育てられた覚えはねぇよ……コイツらは途中で遭遇してな、色々と都合が良いから連れて来た」
「おお、お兄さんらしい理由だね。でもそっちの女性は前にジルニアで会ってるよね」
「そう言えばあの時は自己紹介もして無かったわね。私はミア、スヴェンさんとは旅行に同行していた関係よ」
「私はエルナ、さっき離席したのがロイね。知っての通り元邪神教団で今はボランティアの一環でここに厄介になってるよ」
エルナがそう自己紹介を述べるとミアのじと眼とレイの苦笑混じりの眼差しが同時に向けられる。
そんな眼をされる覚えは無いが、両者の間で漂っていた険悪な空気は一先ず収束したようだ。
「スヴェンさん、ラウル君はともかく引越しして速攻でかわいい女の子とかっこいい男の子を連れ込むのってどうなの?」
「あの、ミアの姉さん? おれはともかくってなんか酷くない?」
「人聞きの悪いことを言うなよ。護衛ってのは少人数の方が安定もするもんだ」
ため息混じりに答えればミアは納得した様子で肩を竦めた。
彼女も既に自身の思考を有る程度理解している。何を優先しているのかも。
「流石仕事を優先にしてるだけは有るね。エルナちゃんもスヴェンさんは無害だから安心していいよ」
「お兄さんを無害って判断するにはちょっと難しいかも。お兄さんって殺しに躊躇しないじゃん」
「あ〜まあね、敵認定した対象はほとんど殺害してるかも」
「うっ、あの時姉さんがアニキを説得してなかったらおれは今頃……」
三人の会話は事実だから何も否定しようが無い。むしろ自身の危険性は肯定し周知されるべきだ。
「……そうか、それじゃあ街道の死体や肉片もキミの仕業ってことかな」
「あぁ、護衛中に野盗と悪魔に襲撃されてな。ついでに最近騒がせていた通り魔にも会った」
報告すべき事実を簡素にまとめて告げると、ミアとレイが互いに顔を見合わせながら困惑した様子を浮かべた。
「……ねえ、レイ? 私の聞き間違いかな? いま悪魔って単語が聞こえたんだけど?」
「僕にも聞こえたよ……つまり、スヴェンは野盗に使役された悪魔と交戦したと?」
「いや、正確には通り魔が契約した悪魔だな。ま、通り魔は悪魔に対価を支払わず力を行使した結果、身体を改造された挙句肉体は乗っ取られたそうだ」
ついでに言えば憑代の人格は撃ち込んだ.600LRマグナム弾によって死亡している。
ただ通り魔として悪魔が事件に加担していた事実も含めれば、渋い表情を浮かべるレイに思わず同情が湧く。
「通り魔事件に悪魔か……それでキミは悪魔を討伐したのか?」
「いや、無理だったな。ありゃあ身体が軟らか過ぎて射撃も斬撃も通らねえ。それに存外話が通じる奴でな、今回は手を引いてくれた」
「……キミで無理なら僕の小隊にも無理だな」
「……そうやって試しもせずすぐに諦める」
ミアの辛辣な口調にレイは意に返した様子を見せず、また漂い始める険悪な空気にラウルとエルナが身を震わせた。
「お兄さん、この二人って仲が悪いの?」
「……悪くはねえとは思うが、まあ致命的に相性が悪いって訳でもないらしい」
本当に険悪なら会話も無ければわざわざ二人は此処まで着いて来ないだろう。
ただ、二人は故郷に関する問題ですれ違っているだけで本気で害そうとは微塵も考えていないのは、互いに殺意が無いからこそ理解ができる。
「そうだ、スヴェンさんは悪魔と交戦して身体や精神に違和感は無かった?」
「いや、何も感じなかったな。ドラクルの死域みてえに魔法が介在してねえ影響もあんだろうが……」
「それは良かったけど、無茶と無理は禁物だよ? 悪魔の中には眼を合わせただけで石化させちゃうのも居るし……時間を操る強大な悪魔も存在が確認されてるんだから」
時間を操る悪魔。それはあの悪魔が去り際に言い残した時の悪魔のことだろうか?
悪魔に対する知識が不足している。なんとも判断に困るが、これだけは直感で判る。
ミアとレイの前で時の悪魔に関する話題は恐らく禁句だ。実際に時間を操る悪魔とミアが口にした途端、二人からドス黒い殺意を内側から感じられた。それだけ時の悪魔を憎んでいる証拠にもなる。
「了解した、悪魔と遭遇時はなるべく交戦を避けるようにするわ……で? レイの用事はともかくアンタの用事はなんだ?」
ミアの要件を訊ねれば、彼女はこちらに近寄って耳元で自分にだけ聴こえるように小声で話した。
わざわざそうすることの意味は恐らくラウルやエルナ達を気遣ってのことだろう。
「じ、実はそんなにたいした用は無くて……ほんっと休暇だから遊びに来ただけなの」
レイの指摘通りに答えるのが余程癪に障り、見栄を張ったということか。
特に重要でも無いことにスヴェンは内心で深いため息も吐き、同時に旅で世話になった彼女には黙認するだけの義理が有る。
ミアが耳元から離れた丁度に、人数分の紅茶と茶請けの菓子をトレイに乗せたロイが戻って来た。
「遅くなってすまない」
そう言って彼は紅茶と茶請けの菓子をテーブルに並べる。
「レイ、報告はさっきも言った通りだが調書は必要か?」
「殺し過ぎな気もするけど、キミは業務の範疇で行動しているっと事実確認も取れた。それにキミ達が無力化した10人の野盗から色々と話も聴けそうだからね」
「情報は絞り出せるだけ出した方が良いからな……それにミルディル森林国では名の知れない野盗からゴスペルまで入り込んでいるらしいじゃないか」
「……ふむ、その件はフィルシス騎士団長に報告しておくよ。これで僕の用事も終わったから今日は失礼させてもらう」
それだけ言い残してレイはさっさと帰って行った。
ミアがこの場にまだ居るからなのか、それとも単純に職務勤務中だからか。
何方にせよ、これ以上二人の険悪な空気に晒される必要もないだろう。
スヴェンは早速ソファに座り、紅茶に一口付けると。
「ところでエルナちゃんは何処で寝てるの?」
「お兄さんの部屋で寝てるかな」
聴く者によっては盛大な勘違いから面倒な事態を引き起こしかねない会話だが、ミアは察した様子で笑みを深めた。
「なになに? スヴェンさんは引っ越して早々に部屋を取られたの?」
「不本意だがな、だがまぁ部屋もベッドもねぇとなると歳頃のガキをソファに雑魚寝させる訳にもいかねえだろ」
「スヴェンさんらしいよね、そういうところは」
「アニキ、流石におれもロイと引っ付いて寝るのは勘弁したいんだけど」
「ラウル、俺も我慢してるんだ」
ラウルの言い分も理解できるが、現状ベッドが無ければ如何にもならない。
「大丈夫なの? 寝ぼけてスヴェンさんに近寄って制圧されてない?」
「「実は組み伏せられた」」
哀愁漂うラウルとロイにエルナが爆笑し、ミアのなんとも言えない苦笑と『どうにかしてあげたら?』と訴えかける視線にスヴェンはわざとらしく肩を竦める。
「部屋は余ってるが、問題はベッドだな。夕食に必要な材料の買出しついでにベッドでも買って来るか」
「良いねぇ〜なんなら今日は私も泊まっちゃおうかなぁ?」
「アンタは帰れよ」
「うっ、相変わらず辛辣ぅ」
こうして茶請け用の菓子を食べたミアは渋々とエリシェの下に向かい、スヴェン達は食材とベッドを買いに出掛けることにーーフィルシス騎士団長が例の悪魔と遭遇してるとも知らずに。