エルリア城から少し離れた平原に剣戟が鳴り響く。
「どうしたの? もっと魔力に集中しなきゃ!」
剣に纏った魔力を解放することでガンバスターの刃を容易く弾き、反撃の斬り返しにスヴェンは素早く魔力を全身に巡らせフィルシスの剣を弾く。
鍛錬開始から二時間が経過、全身騎士甲冑でいながらまったく体力が減る様子を見せないフィルシスにスヴェンは縮地を応用した高速移動を繰り出す。
撹乱するために様々な方向に動くが、フィルシスはこちらの動きを視線では追わず……。
「良い感じだ、もっと速度は出せるんだろ?」
こちらの到着する地点に剣閃が走る。
先読みに近い観察眼と対応力にスヴェンは舌打ちしながらガンバスターで彼女の剣を受け流す。
だが、フィルシスの一振りは一見すると一撃とは限らない。かと言って二撃でもなければ三撃を通り越して三十の斬撃が迫る。
高速で振り抜かれる斬撃の嵐をスヴェンはガンバスターに纏った魔力を解放することで弾く。
弾かれる刃にフィルシスの笑みが浮かびーー一瞬だけ彼女の練った魔力が刃に流れ、スヴェンは平原に倒れ空を見上げていた。
傷は無いが、身体を激しく打ち込まれた打撃による痛み。恐らくフィルシスは剣に纏った魔力で振り抜いた。
しかし彼女がどんな攻撃を繰り出したのか、これと言った確信が持てず、
「見えなかったな」
ぼんやりと呟けば、フィルシスが覗き込む。
「不思議そうにしてるね。タネを明かせば単純だよ、今のは魔力の剣圧さ、対象を無力化する制圧用のね」
「……以前姫さんが魔力を使わずに使っていた技、あれよりも遥かに練度の高い技ってことか」
「ただの剣圧でも良いけど、魔力を使えばより速度と威力も跳ね上がるからね」
タネを明かせば簡単だと言わんばかりのフィルシスの表情にスヴェンは顔を顰めた。
ガンバスターの刃に練った魔力を纏わせ、振り抜く瞬間に刃を形成し剣圧を放つ。
力任せの衝撃波とは違う技術を体得すれば依頼の達成に繋がるだろう。しかし、フィルシスが見せる技術を身に付けるにはまだまだ時間を要する。
倒れている時間など無い、早く立ち上がらなければ絶好の機会を逃す。
同時にスヴェンは口元を歪めた。死と隣り合わせの戦場に居た感覚が全身から溢れる。
現に鍛錬開始時にフィルシスが放った剣戟に対応できず、手傷を負った。これが戦場、彼女が殺す気があればどうなっていた? 間違いなく瞬殺だ。
反応も防御も許されず、何をされたのかすら認識できずに死を迎える。
本来の戦場なら既に自身は二百近い回数を殺されていることになる。
スヴェンはガンバスターを構え直し、内に留まる殺意を解放した。
「それがキミの殺意かい? 眼に見える殺意なんてはじめてだよ」
フィルシスは平気な顔で語っているが、彼女こそ人の事は言えない。
意識せずとも視認できる魔力の放流を纏う彼女こそ紛うことなき化け物だ。
この鍛錬に勝敗は無い。有るのは時間制限のみ、それなら時間が訪れるまでガンバスターを振り続けるまでだ。
スヴェンは無駄な力を抜き、フィルシスの魔力の巡らせ方を参考に下丹田で練り込んだ魔力を無駄なく全身に巡らせる。
魔力を全身に流し込み地を蹴ることで爆発的な瞬発力で縮地を繰り出す。
解放した殺意を内に封じ込め、フィルシスの背後に回り込んだスヴェンはガンバスターを薙ぎ払う。
刃が風を斬る音に反応したフィルシスは、軽やかな動きで身を屈め斬撃を避けた。
素早くガンバスターを斬り上げるが、これも身体を捻ることで避けられてしまう。
殺意も無い攻め、意識を向けない攻勢もフィルシスの眼には無意味か。
まだフィルシスが対応できる剣速なら更に上がる他にない。
スヴェンはガンバスターの柄を強く握り込む。右腕から湯気が出るほど力強くより魔力を込めて。
力任せに振っては意味は無い。だからスヴェンは地面に刃を叩き込むことで魔力を練り込んだ衝撃波を放つ。
「まともに受けたら鎧が砕けそうだ……!」
地面に走る衝撃波にフィルシスの一閃が走り、衝撃波が縦に別れ彼女の両脇を素通りする。
予想の範疇の行動、既にスヴェンはフィルシスの背後に回り込みガンバスターを振り抜く。
「背後からの強襲、傭兵としての殺し合いが染み付いたキミは背後を取る癖が有るね」
確かに彼女の言う通り、背後に回り込み刃を振り抜くのは癖のようなものだ。
頭の中でフィルシスの声を冷静に受け止めながらスヴェンは、ガンバスターを振り切る前にーー力を抜き、柄を握る手首を絞り込み、更に踏み込みを加え、刃に纏わせた魔力を操作することでガンバスターの刃を覆うように刃を形成する。
そしてフィルシスに向けて振り抜かれた刃が剣圧を放ち、彼女が放った剣圧と衝突した。
剣圧同士の間に生じた力場に互いの刃が押される中、まだ一手足りず、まだフィルシスは剣技を隠している。
いや、まだ自身がフィルシスの全てを引き出すには足りないのだ。
足らない部分は戦闘の最中、観察と思考錯誤、死の隣人。自身に流れる血と魔力、全てを使ってでも補う他にない。
覇王エルデと対峙した時のように。
▽ ▽ ▽
平原に絶えず斬撃音とスヴェンとフィルシスの声が響き渡る。
二人が鍛錬を開始して既に一日が終わり、夜明けが明け朝日が登ろうとも二人は決して攻防を止めず。
「オラぁ!」
「あはは! すごいね! 少しずつ確実に追い付いて来てるのが判るよっ!」
フィルシスが一振りで放つ音速を超えた無数の斬撃をスヴェンは剣圧で弾き、ガンバスターの腹部分で当身を繰り出す。
フィルシスの剣圧が竜血石製のガンバスターに防がれるも、彼女は同時に八の斬撃を繰り出した。
魔力を纏った斬撃と同時に生じる剣圧がスヴェンの身体を大きく弾き飛ばしーー宙で受け身を取ったスヴェンがガンバスターに纏わせた魔力で大きく刃を形成する。
それをそのまま大振りに振り抜くが、フィルシスはほんの少しだけ身体を捻るだけで魔力の刃を避けた。
「チッ、
「無理もないさ、肥大化した魔力の刃を振り抜くのに大振りになっては避け易い。それを繰り出す相手は大きく鈍重なモンスターに限る」
「モンスターもバカじゃねえが……もうちっと思考錯誤が必要か」
フィルシスとの鍛錬の合間にスヴェンは思い付いた魔力の扱い方を片っ端から試し、戦闘で汎用的に使えるかどうかを思考錯誤していた。
さっきの魔力の刃もその内の一つで、スヴェンは刃を交えながら語り掛けるフィルシスに耳を傾ける。
「キミは戦闘に活用できるならなんでも使うタイプのようだ、騎士団に欲しい人材だけど如何かな?」
「群れて行動ってのは性に合わねえよ」
勧誘を断ると同時にフィルシスの剣を弾き、ガンバスターを振り抜けば既にそこに彼女は居らず、刃が空気を斬り裂く。
スヴェンは背後に感じる気配に対してガンバスターを盾に振り返るが、フィルシスが放つ剣圧によってガンバスターごと大きく身体が弾かれる。
受け身を取りながら地面に足が付く瞬間にガンバスターの銃口から炎、氷、雷を纏った三発の.600LRマグナム弾を放つ。
銃弾を前にフィルシスは笑みを浮かべ、掌で剣の柄を回しーー彼女は凛とした眼差しで剣に纏わせていた魔力を解き放つ。
横薙ぎに振り抜かれた魔力の斬撃が.600LRマグナム弾を斬り裂き、魔法だけが地面に降り注ぐ。
「さあ! まだまだ続けるよ!」
高揚感を宿し、楽しげな表情で可憐に笑うフィルシスにスヴェンは駆け出す。
この鍛錬が終わったのは、鍛錬開始から三日後の夜のことだった。