傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-3.メルリア観光

 ミアに案内されるままサングラスを装着したスヴェンはメルリアの至る所を歩いた。

 町中の丘上から見下ろす噴水広場、そこから坂を下り途中の碑文に眼を向け、そのまま市場に向かえば競り合う商人の熱気が待っていた。

 町の活気、エルリアの城下町でもそうだったが、この世界の住人は生々しているように感じられる。

 デウス・ウェポンの都市は昼夜問わず街灯とモニターの明かりや雑音に包まれていたが、住人はこの世界ほど活気付いてはいなかった。

 望んだ物は大抵の物が金で買える。戦争経済により循環する莫大な経済が何も知らない一般人に幸福を与え、同時に活気や熱意を奪った。

 平和という言葉もあの世界では情報統制や改竄による上辺だけの文字に過ぎない。

 

「どうしたの?」

 

 呆然と両世界の違いを認識しているとミアが姿勢を低めに覗き込んでいた。

 彼女が纏う柔かな雰囲気とは裏腹に、ミアの瞳はこちらを気遣いながら観察する複雑さを内包していた。

 こいつは諜報員や監視員には到底向かないな。そう内心で浮かべながら宿屋を出発してから感じる視線に眉が歪む。

 物影からこちらを窺う視線ーーアシュナとは違う複数の視線にスヴェンは歩き出し、先程のミアの質問に答えた。

 

「何でもねえよ」

 

「ほんとに? てっきりこの熱気に呑まれたんだと思ったけど」

 

 確かに彼女の言う通りだ。

 町の熱気にある種の居心地の悪さーー自分の場違いさが嫌でも目立つ。平和とは程遠い人間と現在進行形で平和を謳歌する者達とでは圧倒的に違う。

 自身の戦場の経験と平和を表面的にしか知らないから、ある種の熱気に呑まれたのだろう。

 スヴェンは内心で慣れない空気に舌打ちし、商人達が競り合う様子に眼を向け、

 

「先から何が競売に賭けられてんだ?」

 

 ミアの質問に答えず、こちらの質問を問うた。

 それに対してミアは嫌な顔をせずーーそれどころか寧ろ楽しむように微笑んだ。

 

「今日は夜晶石だね、夜の月明かりを放つ鉱石で工芸家に買付を頼まれたんだと思う」

 

 ミアの答えにスヴェンは商人達の声に耳を傾ける。

 

「そっちが銀貨20枚なら、こっちは二十箱を銀貨200枚で買った!」

 

「な、なにぃ!? 一つ銀貨1枚の夜晶石を!?」

 

「へっ、ウチのお得意様は良質な材料に金を惜しまないのさ!」

 

 勝ち誇った商人の声に競り合っていた商人達の顔が曇る。

 そして夜晶石が入った二十箱は一人の商人の手に渡り、競売は幕を閉じた。

 競売を見届けたスヴェンとミアは市場の少し離れたベンチに座り、

 

「慣れねえと疲れるもんだな」

 

「スヴェンさんは一戦したあとだし……それにまだ身体が魔力に馴染んで無いから消耗も激しいんだよ」

 

「道理で魔力を込めた衝撃波は疲れるはずだ」

 

 これはもう訓練が必要な領域だ。

 何度も魔力を武器に纏わせ、身体に魔力を馴染ませる必要が有る。

 まだ利腕にしか魔力を流し込めない。全身に魔力を流し込む事が可能になればこの世界での戦闘の幅も増す。

 思えば異世界に召喚されてから今日まで覚える事が多い日々だ。

 それも誰かに教えられなければ儘ならなかっただろう。

 その意味ではスヴェンはミアに感謝していた。

 あくまで与えられた仕事の一環だろうとも。

 

「アンタにはまだまだ教わる事が多そうだな」

 

「ふふん! もっと私を頼って感謝してくれて良いんだよ!」

 

「あぁ、頼らせてもらう」

 

 素直に応じるとミアは驚いた様子でーーそして照れた様子ではにかんだ。

 ふと先程まで感じていたアシュナの気配が途絶え、スヴェンの眉が歪む。

 つけている人物と接触したのか? ミアに訊ねるには人目も多いこの場所では自然体で振舞う必要性が有る。

 スヴェンは過去の経験から適切な行動を選び、そしてミアに顔を近付け、

 

「うえっ!? す、スヴェンさん、こんな人前で……っ」

 

 盛大な勘違いを口走る彼女に呆れた眼差しが浮かぶ。

 何の脈絡も理由もなくキスでもされると思ったのだろうか? しかし彼女の反応も好都合だった。

 現に逢い引きと勘違いした通行人が視線を逸らし、わざとらしい口笛を奏でた。

 

 ーー尾行人に対してこいつが何かしら反応を見せんのは得策とは言えねえな。

 

 スヴェンは頬を赤く染め、眼をぎゅっと瞑る彼女に対し、

 

「アシュナの気配が感じられねぇ」

 

 耳元で囁く。

 急速に熱が冷めたミアは真顔を向け、

 

「……アシュナは気配を絶つ魔法が使えるから、多分意図的に消してるんじゃないかな」

 

 小声で魔法による作用だと答えた。

 便利な魔法もあるもんだな。スヴェンは内心で感心を浮かべミアから顔を離す。

 そして空に浮かぶ浮遊岩を見上げ、

 

「この町に来てから気になってはいたが、空に浮かぶアレは何なんだ?」

 

「アレは浮遊石だね。岩の底に翡翠色の石が見えるでしょ? アレで浮いてるんだよ。それでそう言った地形を浮遊群って言うんだ」

 

「アレは自然物なのか?」

 

「えっと、浮遊石は内部に何年も魔力を蓄積させていずれ空に浮かぶの。だから浮遊石が地底に眠っているといずれその場所も空に浮かぶから自然物だね」

 

 人工的に空に滞空させることはデウス・ウェポンでも可能だが、まさか自然物が魔力の蓄積で空を滞空するとは想像にも及ばなかった。

 

「元々住んでた土地が突如空に浮かぶってのも考えもんだな」

 

「人は空を飛べないからね。まあ一応大地が徐々に浮かぶ予兆が有って、それが頻発する地域に住む住人は近場の町や村に避難することになってるから浮遊群に取り残されることは少ないかなぁ」

 

 ミアの解説にスヴェンは納得を浮かべ、ベンチから立ち上がる。

 そろそろ観察されるのもうんざりだーースヴェンはミアに路地を指差し、

 

「ここは人目が多いな」

 

「もうスヴェンさんのスケベ!」

 

 今度は察したようで腕に組み付くミアを連れ、狭い路地に足を運ぶ。

 拙い尾行にスヴェンは内心で呆れを浮かべ、そのまま路地の奥まで足を進めた。

 やがて行き止まりに行き着き足を止める。

 

「は、はじめてなのでお手柔らかに」

 

 照れた様子でいながら小悪魔的な笑みを浮かべるミアに、スヴェンは胸のナイフに密かに手を延ばす。

 背後から接近する気配を頼りに、ナイフを引抜き振り向く。

 振り向いた拍子に刃が尾行していた男性の頬を掠めた。

 

「な、何をするんだ!」

 

 それはスヴェンとミアの台詞だ。

 スヴェンはサングラス越しに男を睨んだ。

 

「俺達をつけておいてよく言えたもんだな」

 

 はっきりと突き付けると男の顔が滑稽に思えるほどに驚愕に染まった。

 此処で男を捕らえるのは簡単だが、邪神教団と繋がっている可能性も有る。

 その事を踏まえた上でスヴェンは敢えて問う。

 

「俺達をつけた理由は何だ?」

 

 男は観念したのか、懐に手の忍ばせた。

 スヴェンは男に警戒を浮かべナイフを構える。

 いつでも男の喉元を掻き斬れるように。

 男はスヴェンの構えに余裕な態度で鼻で嘲笑い、懐から一枚の紙切れを見せ付け、

 

「異界人ならレーナ姫と直に会ってる筈だ! あのお方の美しさと可憐さを同時に同居させたかのような佇まい! この国、いや世界中が愛して止まないレーナ姫のファンクラブに入会しないか!」

 

 興奮と熱意を同時に放つ男にスヴェンは無言で構えを解く。

 そして呆れた眼差しを向けた。

 

「ファンクラブなんざに興味はねえよ」

 

「それじゃあレーナ姫との交際を望むと!?」

 

 話しが飛躍し過ぎてスヴェンは眩暈を感じた。

 そして背後から楽しげな忍び笑いに眉が歪む。

 

「交際の気もねぇよ。あー、そういや姫さんも報酬に婚約を望まれる事も有るとか言ってたな……多いのか?」

 

「割と多いよ。魔王救出達成の報酬として姫様との婚約を望んだり、魔王共々って考えの人も。まあ姫様もその手合いの要求は頑なに拒んでるけどね」

 

「そりゃあそうだ」

 

 スヴェンは納得しつつ男を押し退けて歩き出す。

 すると男はスヴェンの前に立ち塞がり、

 

「おい、俺は断った筈だが?」

 

「待ってくれ! 我々はレーナ様に存在を認知されず活動しているんだ」

 

 つまり此処での会話はお互いに無かった事にして欲しい。そう結論付けたスヴェンは、

 

「なるほど、非公式の活動だからか」

 

「ん? レーナ様に認可はされていないが、これはオルゼア王公認のファンクラブだ。というかファンクラブ会長は何を隠そう我らが王なのだよ!」

 

 オルゼア王、娘大好きすぎじゃないか? そんな言葉を呑み込んだスヴェンはため息混じりに、

 

「じゃあ何が目的なんだ」

 

 立ち塞がる意図を問う。

 

「レーナ様だけには決して口外しない事を約束して欲しい。それと異界人の貴方があのお方を裏切らないことも!」

 

 懇願するファンクラブの男にスヴェンは、レーナがどれほど国民から愛されているのかーーその一部を垣間見た気がした。

 そもそもスヴェンの結論は最初から、誰に頼まれる事もなく決まっているのだ。

 

「俺は姫さんの依頼を断った身だ。アンタの期待に添えそうにもねえが、まあ異界人として姫様を傷付けねえことは約束しよう」

 

 例えレーナを慕うファンクラブ相手でもスヴェンは気を抜かず演技を続けた。 

 それを受けたファンクラブの男は落胆した様子で道を譲る。

 

「できればレーナ様の手助けをして欲しいものだが、それは仕方ないか」

 

 スヴェンとミアは彼の横を通り抜け、路地裏から市場の表通りに戻る。

 丁度その頃からアシュナの気配も感じるようになりーー取り越し苦労にスヴェンはため息を吐いた。

 

「ため息ばかりで幸せが逃げるよ? まぁ、ファンクラブに入会してる私からしたら是非ともあなたにも入会して欲しいところだけど」

 

 ミア、アンタもか。そんな言葉がつい口から出掛けたが、スヴェンはグッと呑み込む。

 

「……案外無理強いはしねえんだな」

 

「ファンクラブの活動で姫様の印象を悪くさせるのはご法度だからよ。勧誘も適度にかつ浅く広くがモットー!」

 

 レーナファンクラブの在り方にスヴェンは納得を示しつつ町の散策に戻った。

 町の表通りや往来の多い場所を通る度に、スヴェンは一つ違和感を覚える。

 確かに往来する人々は生々としているが、中には暗い表情を浮かべる者ーーそして不自然な程に子供の姿が見当たらない。

 スヴェンはこの町に何かが既に起こったのだと察しながら歩き続ける。

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