星空が静寂に包まれたエルリア城下町を照らし、エルリア魔法騎士団が鎧の音を奏でながら巡回する中。
スヴェンは三日振りに自宅に帰宅し、背後を振り返りため息を吐く。
「アンタまで付いて来ることはねぇだろ。ってか鍛錬に夢中であんま気にして無かったが、仕事はいいのか?」
問い掛けられたフィルシスは何を今更と言いたげな眼差しで口を動かした。
「必要な書類仕事も指示も全部終わらせて有るよ……それよりも弟子、お腹か空かないかい?」
鍛錬の途中からフィルシスは何故かこちらの承諾も無く弟子と呼び始めた。
確かに魔法操作や剣術関連で色々と教わった。だから弟子と呼ばれても仕方ないと思う反面、後々面倒ごとに繋がることだけは避けたい。
「……人前で弟子呼びは遠慮してれ。これでも俺は一応死んだことになってんだからよ」
「その辺の事情も把握してるよ。いや、それよりも早くシャワーを浴びたいんだけど」
食事の次はシャワーまで要求するフィルシスにスヴェンはため息を吐いた。
遠慮が無いことに関しては気にはならないが、ラウル達が彼女を見たら驚くだろう。
そもそもエルリア魔法騎士団長でありながら男性の家に平気で上がり込むのも如何なのか。彼女の立場を考慮すれば記者辺りに嗅ぎ付けられては面倒だ。
「飯もシャワーも自室で済ませろよ。だいたいアンタは騎士団長だろ?」
「騎士団長が弟子の自宅でご飯を食べてダメなんてルールも無いよ。それに私はキミになら裸体を見られても良い」
「冗談抜かせ」
出会って三日。その殆どは鍛錬という名の戦闘に明け暮れた時間がほとんどだ。
戦闘の最中、一体何処にフィルシスが気を許す瞬間が有っただろうか?
思い返してみてもそんな素振りも無ければ、表情に眼を向ければ屈託のない笑みを浮かべているばかり。
そもそも狂愛や狂気的な感情を好意的に向けてくる輩は居たが、恋愛感情から来る好意などスヴェンには理解もできない。
相棒が向けていた感情もあの眼差しも未だ理解できない。
スヴェンは思考を振り払う為に玄関のドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けるとーー玄関先に居たレーナと眼が合う。
修羅場は何度も潜り抜けて来たが、何故か冷や汗と腕の震えが止まらない。スヴェンはレーナから眼を晒しながら玄関のドアをゆっくりと閉じた。
「……場所間違えたか?」
庭に視線を向ければ寝ている黒いハリラドンが視界に映り込む。
となればここは間違いなく自身が購入した新居に違いない。
問題はなぜこんな時間にレーナが居るのかだ。
「なあ、なぜ姫さんが居たんだ?」
「キミに依頼に来たけど不在が続き帰りを待っていたとかかい?」
正解としては一番有り得そうだが、レーナはエルリアの王族だ。
そんな重要人物が野朗の自宅で帰りを待つというもの腑に落ちない。
それともレヴィとして外泊の許可を取り付け、エリシェの自宅で泊まる予定だったとも考えられる。
スヴェンが冷静に思案していると玄関のドアが開き、
「スヴェン、フィルシス……早く入りなさい」
笑みを浮かべるレーナにスヴェンとフィルシスは威圧され、言われるがままに自宅に入った。
そして言われるがままに事務所のソファに座らされ、対面するレーナの笑みに二人の身体が震える。
▽ ▽ ▽
なぜレーナが怒っているのか。その理由は生憎と判らなければ、ドアの隙間から覗き込んでいるラウル達に視線を向けてもそっぽを向かれるばかり。
「……ねぇスヴェン、貴方が3日間何処でなにをしようと自由よ? だけど流石にあの子達に何も告げないのは違うんじゃないかしら」
確かにラウル達をボランティアとして預かっている身だ。そんな彼らに書き置きの一つぐらいは残すべきだった。
レーナの言うことも一理あると判断したスヴェンは頷く。
「あー、まあそうだな。今回は配慮が足りてなかった」
「……判れば良いのだけど、本当に3日間なにをしてたの?」
スヴェンは隣に座るフィルシスに視線を向け、
「彼女と実戦混じりの鍛錬を平原でな」
三日間何処で何をしていたのか、隠す必要もないためスヴェンは正直にレーナに告げた。
すると得心を得たと同時にレーナは驚愕に眼を見開く。
「3日も? えっと、2人とも3日も平原で寝泊まりを?」
「うん? あまりにも楽し過ぎて休息も食事も無しにぶっ通しでやってたかな」
フィルシスが正直に答えればレーナから心底呆れたような眼差しを向けられる。
「体力魔力お化けのフィルシスはともかく、貴方もよく保ったわね。しかも彼女と戦いながらって……」
「傭兵だと割と普通ってか、強者を弱らせるには攻め続ける方が有効だからな」
「3日も飲まず食わずで一睡もしてないとなると……ごめんなさい、お説教してる場合じゃないわね」
「あはは、正直お腹が空き過ぎて死にそうだよ」
「あ〜アンタらはもう食ったのか?」
「えぇ、私はエリシェの自宅でご馳走になったわ。あの子達も自炊していたようだし、何か残ってるんじゃないかしら?」
流石に三日も不在にする者に食事は取っておかないだろう。日持ちする料理ならともかくいつ帰るとも判らない者に用意するのは無駄だ。
それを理解していたスヴェンは敢えてドアに視線を向けず、ソファから立ち上がる。
ふと隣に座って居たフィルシスに視線を向ければ、彼女の姿は既に居らずーー何処へ行った? いや気配は二階の浴室からすんな。
如何やらフィルシスは断りも無くシャワーを浴びに行ったようだ。
「瞬きした瞬間にもう居なくなってたわね……はぁ〜今日は貴方に依頼が有って来たのだけど、それも日を改めた方が良さそうね」
「……依頼ってのはレヴィとしてか?」
「うーん、詳細は明日にでも話すわ。それじゃあスヴェン、私は帰るわね」
「もう良い時間だ、近くまで送る」
「そう、それじゃあエリシェの自宅までお願いするわ」
こうしてスヴェンは改めてラウル達に留守を頼み、レーナをエリシェの自宅まで送りついでに彼女から依頼していたクロミスリル製のナイフとロングバレルの設計図を受け取ることに……。