レーナの依頼を請けたスヴェン達は諸々の準備を済ませ、翌日の朝にエルリア城を出発した。
魔法騎士団から借りた荷台を黒いハリラドンに引かせ、スウェンが手綱を引く中。
「南の国境線を目指すにはエルリア城から最短で10日。南の砦ーーエルグラム砦を通った方が早いそうだな」
地図を広げたロイの声にスヴェンは視線を向けず頷く。
「あぁ、エルグラム砦から更に南下すりゃあジルヘル関所に到着する筈だ」
「アニキ、他の村や町に立ち寄る予定は?」
「エルグラム砦とジルヘル関所の間にいくつか村と町が遭ったはずだ……状況次第だが立ち寄りつつ宿屋で休むことになんだろ」
「お〜みんなで宿部屋で寝泊まりってなんだか楽しみだね」
気の抜けたエルナにスヴェンは手綱を握ったまま彼女に告げる。
「アンタは個室にだろ」
「えっ!? 私1人だけ個室なのっ!?」
なぜか心外そうに寂しいと言わんばかりに叫んだエルナにスヴェンは眉を歪めた。
視線を背後に向ければ特に気にした様子を見せないロイと苦笑を浮かべるラウル。そして視線を戻せばショックを受けたエルナが映り込む。
既に自宅で各自の部屋を用意しそこで寝泊まりしているというのに今更なににショックを受けると言うのか。
そもそもエルナは寮生活を経験しているはずだが、それとは別に同い年の男女。更に歳上の自身も含めればエルナを同じ部屋に寝かせる訳にもいかない。
「野郎3人にアンタも一緒って訳にはいかねえだろ」
「お兄さん、実は私って安心できないと寝れないタイプなんだ」
「あ? 人の部屋を占拠して寝たヤツが言う言葉か?」
「お兄さんの部屋は何も無さ過ぎてぐっすり眠れるんだよ!」
はっきりと自信満々に言われても反応に困る。
スヴェンは黒いハリラドンを道なりに走らせ、視線だけをロイに向けた。
付き合いの長い彼ならその辺りの事情に詳しいだろう。視線で彼に問い掛ければロイは苦笑を浮かべて答えた。
「スヴェン、エルナは環境の変化に弱いんだ。それに俺達は外の世界に対する経験が少ない、未知の環境と風景に馴れるのに時間がかかるんだ」
それは傭兵としても判らない訳では無かった。
激変する戦場で野宿は当たり前で、戦時は常に同じ環境とは限らない。
その度に周囲を警戒し、落ち着いて寝れることは希だ。その意味で環境の変化に弱く経験が少ないと語ったロイにスヴェンは理解を示した。
「仕方ねえ、エルナの手綱はロイが握れ。ラウルも構わねえか?」
「おれも賑やかな方が良い。というか男3人で寝泊まりするより華が有った方が断然いいに決まってるよ!」
「ラウルが言うとなんか不埒に聞こえる」
「なんで!?」
「まあでもラウルはエルナに興味は無いだろ」
「おう、おれは歳上で優しい人が好みだからな」
三人の話し声にスヴェンは魔王救出の旅を思い出していた。
あの時とは随分環境が違ければ心の何処で三人を邪険に扱えきれない自分も居る。
ミアとアシュナは同行者という側面から見ても、殺しで穢してはならない存在として距離を置いていたのも事実だ。
それはラウル達も同じことだ。やはり直接自分達の手を殺しで血に染める事態は避けなければならないーーそれが独り善がりの勝手だとしても。
「一応アンタらにはクロミスリル製のナイフを持たせたが、そいつはあくまでも身を護るために使えよ」
出発前夜に三人が敵と相対した場合、その時はどうするべきか伝えておいたが、念のために告げるとロイが神妙な眼差しで答えた。
「分かってるさ、俺達は償いのために付いて来たんだ。誰かを殺すためじゃない。極力敵は無力化して拘束だろ?」
「あぁ、それだけ覚えてりゃあ上出来だ。ま、入国するまでは観光客を装って気楽にな」
「レポートのネタには事欠かないなぁ〜」
「うげぇ、先生もしばらくボランティア活動で欠席するからって課題を大量に出さなくても良いのになぁ」
それは学業に遅れが出ないための学院側の配慮だ。
ただ依頼中でさえも荷物一杯に課題を出される三人に思わず内心で同情してしまったのは無理もないことだった。
スヴェンは三人との会話もそこそこに黒いハリラドンを走らせ、エルグラム砦を目指して南下を続けた。
▽ ▽ ▽
レーナは執務室の窓から南の空を見上げ、息を吐く。
スヴェンがラウル達を連れて早朝に旅立ったのだ。それも依頼を出して程なくして。
「レーちゃん、スーくんのことが気になる?」
「心配とかじゃないのだけれど……こう、もう2、3日ゆっくりしても罰は当たらないと思うのよ」
「フーちゃんと3日も鍛錬を続けてたって聴いた時は耳を疑ったけど……そっか、もう出発したんだ」
「えぇ、ミルディルの環境に馴れるために早めに出発した方が良いとは言ったけれど、早すぎるのよ」
本音を言えば彼にはゆっくり旅のことを聴きたかったが、それは無事にリーシャを救出し邪神教団の企みを阻止した後でも遅くは無い。
そう考えれば彼が早めに出発したのも気にはならなくなる。
ふと真っ直ぐ向けれるアルディアの視線に振り向けば、彼女は真面目な表情で言い出した。
「レーちゃんもそろそろ結婚を考える時期じゃない?」
「結婚、ね。エルリア王家として世継ぎを遺す必要が有るけれど、責めて相手は好きな人を選びたいわね」
そう口では語ったが、実際のところ恋愛がいまひとつ判らないのが本音だ。
王族同士の見合いや縁談は小説に描かれているような華の有るようなものでも無ければ、世継ぎを遺すための使命感が強い。むしろ事務的で淡々としてることの方が多い。
国を維持する上では必要なことだがーー私も歳頃と言いたいけど、交流の有る王家とは素直に婚約を結ぶ気にはなれないのよね。
「うんうん、やっぱり好き人と結ばれたいよね。レーちゃんも見付かると良いね、心からその人だけを愛したいと思えるような人と」
「え、えぇ……アルディア、その、聴いていて恥ずかしくなるわ」
「そうかなぁ? あ、そうだ! 明後日にはアーくんも来るから、逃げた邪神教団の司祭に付いても詳しく聞けるかな」
「そうね、後はミルディル森林国内の企みも判れば良いのだけど」
あくまでも邪神教団の過激派内で共有していた情報がヴェルハイム魔聖国の執政官に伝わっていればの話だ。
何事も望む結果を得られるとは限らない。むしろ望まない結果の方が多い。
特に邪神教団は邪神復活のためなら死さえ厭わず、自分達の行動が邪神復活に繋がると信じて蛮行も躊躇わない。
そんな過激派がミルディル森林国で大人しく潜伏しているとも言い難い状況だ。
レーナとアルディアは窓を見上げ、邪神教団の目的に改めて強い警戒心を浮かべるのだった。