八月十四日の昼、スヴェン達がエルグラム砦に到着した頃ーーミルディル森林国の北の国境線から続く広大な森林と巨樹都市ユグドラシルの大樹から無数に伸びた巨大な根は地中に空洞を造り、ユグドラ空洞と呼ばれる巨大な地下通路を形成していた。
特殊作戦部隊の一人としてリーシャの捜索に当たっていたアシュナは、ユグドラ空洞北に遺された残飯の後に周囲を見渡す。
残飯の残骸が散らばっているが、木の地面には足跡らしい痕跡も目ぼしい痕跡は無かった。
「ん、ここも外れ……『声よ同志に届け』」
特殊作戦部隊で使用される魔法、念話を唱えたアシュナは報告を告げる。
「こちら空洞捜索部隊……何者かが残した残飯跡を発見、それ以外にめぼしいものは無し」
『地上捜索部隊だ、邪神教団は見付かってない。そっちは引き続き捜索を続けてくれ……それから野盗やゴスペルには注意を払うように』
「ん、了解」
アシュナは念話を止め、枝別れの空洞に歩き出した。
邪神教団とリーシャは何処へ行ってしまったのか。地上とユグドラ空洞で発見される野盗やゴスペルは多いが、肝心の邪神教団に関する情報が見付からない。
何か知ってそうなゴスペルを捕縛すれば話は変わるかも知れないが、リーシャの人命を優先する以上は下手に敵と接触し特殊作戦部隊の活動を悟らせる訳にはいかない。
空洞を歩きながらアシュナはため息を吐く。こんな時スヴェンが居たらーースヴェンなら状況を打開できるのかな?
容赦なく敵を拷問するスヴェンの姿を浮かべながらアシュナは音がする方向に駆け出した。
▽ ▽ ▽
エルグラム砦に響き渡る喧騒と怒声、そして魔法による爆裂音にスヴェン達は遠い目で山脈に広がる騎士団と野盗の戦闘を眺めていた。
先陣を切るエルグラム砦総司令ーーヴァグランツの豪快な拳が大地を割り、地割れが野盗を無慈悲に呑み込む。
そこに追撃と言わんばかりに騎士団が放つ魔法に、
「うわぁぁ!!」
「だ、誰か助けてぇ!」
野盗の泣き叫ぶ声が地割れの底から響き渡る。
なぜこうも訪れる場所で何かしら起こるのだろうか。
スヴェンが困惑を浮かべる隣でエルナとロイが背中に隠れ、
「あっちにアトラス教会の神父とシスターが居る」
二人が向ける視線の先に顔を向ければ、ジルニアで出会った不良シスターと右眼に眼帯を装着し、ハルバートを肩に担いだ大男の神父がそこに居た。
不良と大男のアンバランスな組み合わせはエルグラム砦の通行客の注目を浴びるには充分過ぎるほどだ。
「教会連中は苦手か?」
「知らないの? 異教徒は磔、火破り、拷問、解剖されちゃうって……」
怯えた様子を見せるエルナと酷く警戒するロイに思わずため息が漏れる。
幾ら何でもそれは偏見が過ぎる気もするが、おそらく邪神教団の信徒としてアトラス教会に対する敵意を植え付けるために受けた教育の影響も有るのだろう。
敵意どころか戦意喪失しているが、ハルバートを担いだ大男の神父が首にぶら下げたロザリオを揺らしながらこちらに近付いて来る。
アトラス教会と事を構える気も無ければ、穏便に済むならそれに越したことは無いーー無いがラウルが既に威嚇し、エルナとロイが背中で震えてしまっている。
ーーどう対応すれば正解だ? いや、いつも通りでいいか。
「ラウル、聖職者に威嚇すんな。それとアンタは単なる旅行者に何用だ?」
「背後の子供、怯えているようだが何があった!?」
ここに居る全員、誰しもがアンタが原因だとは言えなかった。
厳つい大男の神父は顔に似合わず狼狽えた様子で背後の二人を心配しているが、二人が元邪神教団の異端だと気付いてないのか。
スヴェンが困惑を浮かべる中、突如大男の神父が背後から振り抜かれた回し蹴りに蹴り飛ばされた。
「おや、誰かと思えばジルニア以来だね……それとぉ、へぇ! 今度は異端者を連れてるなんてねぇ」
大男の神父を蹴り飛ばした不良シスターは煙草の煙を吐きながらエルナとロイに口元を歪めた。
「コイツらはもう離れてんだ、なんならアンタらに有益な情報も与えられるんじゃねえか?」
「その話はミルディル森林国の同僚にでも詳しく聴かせな。それよりも外の戦闘も終わるようだ」
喧騒と怒声が嘘のように静まり、代わりに複数の騎士甲冑の足音が響き渡る。
ヴァグランツを筆頭に騎士団が捕縛した野盗を連れ、エルグラム砦に帰還し、
「皆の者、騒がしくしてすまない! これで安全にパルムア村に行けるぞ!」
ヴァグランツの言葉に通行人は安堵した様子で荷獣車の停留所にぞろぞろと向かい始める。
スヴェン達もそこに紛れるように歩き出せば、
「ちょっと待った、シスターとして用事が有る」
不良シスターに呼び止められたスヴェンは嫌そうに眉を歪め、ラウル達のため息が響く。
「手短に頼む……いや、その前にアンタが蹴り飛ばした大男を起こしてやったらどうだ?」
「早漏木偶の坊はそのままで良いさ……それよりもミルディル森林国で数体の悪魔が確認されてる」
悪魔は邪神教団の召喚に応じないが、裏を返せば別の誰かを代理人に仕立て召喚できる可能性は充分に考えられる。
「代理召喚でもされたか?」
「いいや、ペル神父の報告じゃあ野盗が召喚したらしい」
「野盗が悪魔を召喚? お兄さん、なんだか変なことになってるよ」
確かに妙な事態だ。野盗に悪魔を召喚できるほどの召喚師が居るのかーーいや、それ以前にも疑問に思うべき点が有った。紅いフードの通り魔は悪魔を召喚した事実にもっと眼を向けるべきだった。
「通り魔といい最近は悪魔召喚が流行ってんのか?」
「経緯は分からないが、悪魔教典なる禁書が野盗の間で使われてるそうだね。もしも回収したら教会に引き渡すように」
悪魔教典と呼ばれる禁書、もしも悪魔を利用したい時にその本が在れば異界人でも利用できるとすれば、それは危険な代物に他ならない。
スヴェンは不良シスターに頷くことで彼女の要請に従うことにした。
そしてそのまま黒いハリラドンが引く荷獣車にラウル達を乗せ、南の国境線を目指して出発する。
奇妙な事態になりつつ有るミルディル森林国の事件に、邪神教団以外の思惑も絡んでいる可能性にスヴェンは一人警戒心を浮かべながら。