音を頼りに進んだ先でアシュナは壁際に身を潜め、気配を押し殺しながら野盗と邪神教団ーーそしてゴスペルと思われる野盗が敵味方問わず殺し合う光景に戦慄していた。
ーーな、んで?
邪神教団とゴスペルは過去に繋がりが有り、切り捨てられた右足のために報復に出たならまだ理解ができた。
しかし目の前の状況は明らかに違う。報復とは違うただ狂気に染まった殺し合い。
「コロセ」
「ダレモイカスナ」
狂った瞳で虚に呟きながら互いの武器で傷付け合い、剣先が肉を裂き鮮血がユグドラ空洞に降りかかる。
なぜこんな状況に陥っているのか理解し難いが、いますべきことは状況確認と原因究明だ。
ゆえにアシュナは空気と同化するように息を潜め、争う集団から更に奥の方へ眼を向ける。
「(あれは……子供?)」
そこに居たのは自身と同じぐらいの背丈の男の子だ。しかし身に纏う魔力は人のソレとは大きくかけ離れ、混沌とした魔力だった。
アシュナは更に男の子を観察する。色素が抜け落ちたような白髪と赤い眼、そして真っ白な肌ーーアルビノの男の子は殺し合いが続く光景を前にしても微動だにせず、むしろ愉しげに口元を歪めていた。
「(危険人物かな、いま魔法を使うとバレる)」
この場を離れるにはまだ情報が足りない。ゆえにアシュナはその場に留まり、アルビノの男の子から眼を離さず殺し合いを静かに静観した。
スヴェンならこんな時どうしたか、殺し合いに紛れてアルビノの男の子の捕縛に動くか。それとも状況に応じて殺害してしまうのかーー確保するべき、それは頭で理解してるけど足が動かない。
思考とは裏腹に身体は正直だ。目の前の異様な殺し合いを前にして恐怖心で足が動かないのだ。
異常とも取れる光景をたった一人で眼にしている。本音を言えば恐くて堪らないが、リーシャの手掛かりに繋がる可能性なら恐怖に耐えなければならない。
しばらくアシュナがその場で静観すると、残った信徒とゴスペルの野盗が身体から夥しい出血をしながら同時に詠唱を唱えた。
「「『『ノロイコロセ』』」」
呪詛を込めた詠唱がユグラ空洞に響き渡り、二人の眼と鼻から血が流れ始める。
そして咳込みながら吐血し、地面に倒れたのはほぼ同時だった。
そんな効果を目の当たりにしたアシュナが表情を歪め、アルビノの男の子が、
「あーあ、つまんない。殺し合いの果てに上質な生贄を邪神様に届ける筈だったのに……これじゃダメ、ダメ、ただのゴミだ」
死体の山に罵声を浴びせながら近場の死体を乱暴に蹴り始めた。
アルビノの男の子の行動にアシュナは困惑を宿したまま、ただその場で立ち尽くす。
なぜそんな酷いことが出来るのか到底理解できないが、言動からして彼も邪神教団なのは間違いない。
邪神教団なら狂った行動を取っても可笑しくはないが、本来邪神教団は仲間意識が強いはず。
例え穏健派と過激派に別れていたとしても何らかの方法で殺し合わせるなどする筈が無い。
「ゴミの始末って面倒だけど……『影よ喰らい尽くせ』」
アルビノの男の子の詠唱に彼の影が蠢き、やがて膨張を始めーー獣の顎を形造り、死体の山を躊躇いもなく影が牙を剥き出した呑み込んだ。
そして肉と骨、頭蓋骨、鉄や鋼を噛み砕き、それらが混ざり合い不快な咀嚼音が周囲に響き渡る。
影に死体の山を喰わせたアルビノの男の子は愉悦と高揚に頬を染め、邪悪で狂気に肩を震わせていた。
スヴェンは自身を外道と言うが、本物の外道は目の前の彼だ。
「味は最悪、悪魔の供物には使えそうだけど……そもそも契約権を奪わない限り悪魔は使役できない。捕らえたリーシャも誰が何処に連れ出したのか、全く困ったもんだなぁ」
ーーリーシャが邪神教団から離れてる?
アルビノの男の子が放った独り言が本当の事なのかは判断に困るが、アシュナは迷う。
危険人物をこのまま見逃して良いのか、それとも尾行を続けるべきか判断に迷った一瞬ーーアシュナの足元に獣の影が大口を開き迫っていた!
咄嗟に地面を蹴り飛び、壁を蹴ることで獣の影の大口を避けると、
「……姿は視認しづらいけど、そこに居る。間違いなくそこに居る! 誰かは知らないけど、退屈凌ぎに使える玩具だぁ」
狂気的な声にアシュナは息を呑み込み、アルビノの男の子とは逆方向に逃げるように全力で駆け出した。
疾風がユグドラ空洞を駆け、作戦部隊の合流予定地に向けてアシュナは駆け抜ける。
だがアシュナを逃しまいと影が執拗に追いかけ、壁から突き出る影の棘がアシュナの肩を掠め血が舞う。
「ッ」
アルビノの男の子が追って来る様子も無ければ気配も無いが、それでも陰の魔法だけが執拗に迫る。
射程範囲も魔法の効果範囲も未知数な魔法を避け続けるのは難しい。
それならばとアシュナは足に風を纏わせ、更に地面を踏み抜く。
影の魔法が追い付くよりも、こちらに攻撃を仕掛けるよりも速くーーアシュナは風切り音と共に広大で複雑に入り組んだユグドラ空洞を迷うことなく駆け抜け続けた。
それでも影の魔法は追撃を止めず、地面を這うように背後に迫り続けていた。まるで狩を愉しむように。
狩を愉しむ外道にアシュナの脳裏にスヴェンの言葉が浮かぶ。
『獲物を追い立てることを愉しむ外道ってのは、獲物が安堵する瞬間を狙ってるもんだ』
自身が安堵する瞬間、それは仲間と合流した時だ。
このまま合流予定地点に向かえば待機中の特殊作戦部隊の仲間を危険に曝す。
それに姿を見られてた訳では無いが、存在を勘付かれている。
アシュナは思考を切り替えた。合流予定地点に向かわず、このまま地上に出るルートに進路を変えた。
魔力と身体の限界が近い中、ユグドラ空洞に差し込む光りにアシュナは荒げた息と共に外へ飛び込む。
寸前のところで影の槍が頬を掠め薄らと血が流れる中、腹部に走る強烈な痛みと熱にアシュナの瞳が揺れる。
「かはっ」
口から溢れる吐血、ゆっくりと視線を下に向ければ腹部を貫く影の手。
ここで死ぬ? そんな疑問と悪漢が頭の中を駆け巡る中、眩い閃光に眼が眩むーー腹部を貫いていた影は愚かしつこく追っていた影も消えた。
影の手から解放されたアシュナは腹部の傷を抑えながら地面に倒れ込む。
「ッ……はぁ、はぁ……ん、もう、限界……」
激痛に加え心労が限界を迎え、アシュナの意識が遠退く。
ーーまだ此処から離れないと。寝ちゃダメなのに……。
頭では理解しながら近付く足音を耳に、その弱った意識が暗闇の底に沈んだ。