複数の大木と複雑に絡み合う太い枝の上に建築されたエルソン村に到着したスヴェンは黒いハリラドンを停留所に停めてから、エルナ達と共に木々に囲まれた村を歩き出した。
この国の建築様式は変わっていた。少なくともスヴェンが見た光景では変わっていると言う他になかった。
通常の建築はレンガ造りか木造建築、中には石造りの民家や施設も有ったが大木や老木の中に住むなど考えたことも無く、くり抜かれた老木から子連れの家族が出掛ける光景など不思議でしかない。
「変わってんな」
「砂漠の国には粘土建築も在るらしいけど、大木の中に家を建てる……うーん、家というよりはアパートメントって感じなのかな」
確かに家というよりはアパートメントの印象を強く受ける。
そう思えば高層ビルやマンションのように複合型居住区と代わりは無いのかもしれない。
エルナの言葉に自分なりの解釈とデウス・ウェポンのアパートメントを比較して頷いたスヴェンは、改めて足元に視線を落とした。
複雑に絡み合うことで構成された太枝の通路。それは荷獣車が四台も通れる程の幅だ。
これが自然によって形成されたなどと言われても到底信じられるような物では無いが、異世界の環境と言われれば自ずとそういう物だと理解して信じてしまう自分が居る。
「……人工的な建造物や町は何度も見て来たが、自然任せってのは不思議で不気味にさえ思えるな」
「アニキが不気味に思うことなんて有るんだな」
人には誰だって苦手な物や不気味に感じる物だって有る。そもそも自身が動じないと思われているのは些か心外だ。
「俺を何だと思ってんだ? 常識で考えられねえ存在は疑いもするし不気味に感じることだって有るさ」
「先生から聴いたことだけどミルディル森林国の森は他とは違う独立した生態系らしいんだ……ユグドラ大樹を中心に各木々に意識が宿ってるとか」
ロイの興味深い話にスヴェンは自身なりの解釈を口にする。
「各意識ごとに最適な方法で成長してるってか。栄養の取り合いが起こりそうだがな」
「森も星が生み出した自然物だからねぇ〜星生命理論通りなら一本一本の木に意志が有っても不思議じゃないよ。それに多分栄養の取り合いは発生してないと思う」
栄養の取り合いが発生しない? それは地下に豊富な水源と栄養源の蓄えが広大な森林を賄う程に有るということか。
「そういえばユグドラ空洞なんて呼ばれる広大な地下空洞も有ったよなぁ。確か大樹の根で出来た地下空洞なんだっけ」
「そっ、資料によると地下空洞の地底湖は星の魔力を含んでて一滴だけでも木には充分な栄養源になるんだってさ」
エルナとラウルの会話を耳にスヴェンは道行く人々に眼を移す。
自然と背中のガンバスターの柄に手を伸ばしたくなるほど、エルソン村に入り込んだ不審人物が多過ぎる。
緑の衣を基調した服装を着こなすミルディル森林国の住人とは違ってその手合いは血に汚れた革鎧や軽装に身を包み、絶えず誰かを探すように観察している。
余所者とそうで無い者の区別がこうもあからさまでは、逆に謀略を疑いたくもなるがーー如何に野盗が人の集団に慣れていないのかが判る。
そう言った手合いは小規模かつ経験の浅い勢力だ。
「話はそこまでにしてそろそろ待ち合わせ場所に行くぞ」
特に落ち合う場所など指定されていなければ、情報屋が何処に居るのかさえ判らない。
ただ不特定多数の眼を欺くには観光地で迷った程を装えばある程度は欺ける。
スヴェンの言葉の真意を察した三人は会話を辞め、学生らしく周辺に興味深そうに眼を向けた。
実際にエルナ達はラピス魔法学院の制服を着ている。これで自分は学生を引率している教員か傭われの護衛に思われるだろう。
ただ、スヴェンの眼や瞳から感じる印象ではエルナ達を連れている行為事態が何らかの犯罪を奇想させかねないのも事実だった。
「いやぁ〜先生からお兄さんを紹介された時は驚いたけど、ボディガード・セキリュティなんて護衛屋に頼んで正解だったね」
「だな、これで気兼ねなく海外学習が続けられそうだ」
エルナとロイの演技を帯びたやり取りにスヴェンは護衛らしく肩を竦め、人々に紛れる野盗に眼を向けずエルソン村の酒場に足を向ける。
▽ ▽ ▽
木々の香り、様々な酒の香りと焼かれた野菜の芳ばしい香りが漂う酒場に吟遊詩人の陽気な詩が響きーー祝杯を片手に酒を豪快に呑むガラの悪い一団とそんな彼らを避けて静かに酒を嗜む行商人やアトラス教会の神父やシスターの姿に目が行く。
一見誰しもが酒を嗜んでるが、少しでも導火線を刺激すればたちまち戦闘に発展仕掛けない危うさも見られる。
スヴェンが一通り客の観察を済ませ、店の窓際奥の隅っこにフードで身を隠す一人の気配に眼を細めた。
覚えの有る気配、なぜ此処に居るのか。様々な疑問が浮上する中、
「お客様、4名様でよろしいですか?」
ウェイトレスの呼び掛けにスヴェンは視線を移し、
「あぁ、窓際奥の席は空いてるか?」
「あ……あちらの方のお連れでしたか」
どうやら彼が情報屋で間違いないようだ。スヴェンは静かに酒をエルナ達に視線を向け、ウェイトレスの誘導に従って窓際奥の席に着席した。
対面に座るフードの人物ーー以前出会った紅いフードの悪魔は、
「やあ、早い再会だったね……周辺には我々の会話は聴こえないように少しだけ魔法を使ってるよ、まあ我が離れると効果を喪うけど」
誰にも悟れない結界の中で、紅いフードは以前の反響する声とは違って一人分の声で再会を喜ぶように語りかけた。
そもそも目の前の存在から人として生きている気配は無い。むしろ無機物を悪魔の憑代に代用している印象すら受ける。
「アンタは前と会った時とは変わったな……
単刀直入に訊ねれば悪魔は擬音を鳴らしながら肩を竦めた。
関節部分の擬音から身体は人形かゴーレムの類いか。そう判断したスヴェンは悪魔の言葉に耳を傾ける。
「我々は二体で一であり双子……つまり分離も可能なんだ。分離中はお互いの情報共有も可能でね、情報屋稼業として役立つ訳のさ」
前にフィルシスは悪魔と遭遇し、情報屋として取引したとは語っていたがーー他国で活動させる情報屋はミルディル森林国の国政や土地勘に強い現地住民かとばかり考えていた身としては少々虚を衝かれた気分だ。
「なるほど……まずこの国で何が起こってる?」
入り込んでいる野盗の数も現在進行形で宴会中の野盗も異様だ。その意味を含めて問い掛ければ悪魔は虚な眼で語り出す。
「噂の錯綜が野盗を野心に駆り立て、邪神教団の思惑以上に……いいや、誰にも想定外の状況になってるね」
「噂の錯綜ってのは?」
「様々有るけど野盗の間に広まってるのはリーシャの身柄確保で恩赦を与えれるという噂だね」
国家が一階の犯罪者集団に司法取引を持ち込むことは多々有るが、それ以前にミルディル森林国はエルリアに協力を要請している。
わざわざ野盗を国内に招き入れる必要が無い状態だ。
「その噂の出処ってのは?」
「最初は混乱中のミルディル森林国から莫大な財宝や宝を盗み出す絶好の機会って噂だったけど、次第に噂の中にリーシャが邪神教団に誘拐された事実が混ざりはじめて……身柄を確保すれば野盗に恩赦が与えらるのでは? そんな感じで拡散されたそうだよ」
最初は単なる憶測による情報がある意味で的を得ている情報へと変わり拡散されている事実にスヴェンは眉を歪め、エルナ達は困惑に染まった眼差しで悪魔を見詰める。
野盗と邪神教団が勝手に潰し合うことに理論も無ければ。戦力的に少ないこちら側としては利用しない手は無い。
だが裏を返せば邪神教団と野盗を同時に相手にする危険性も有るということだ。
「……それで他には? 野盗以外にもゴスペルやら色々と入り込んでるそうだが」
「ゴスペルは仇討ちかな……切り捨てられた右足の仇討ちに右腕が動き出してるそうだよ。ゴスペルの中でも最も武闘派で過激な連中らしいけどね」
「なるほど、確かに連中はゴスペルの右足を切り捨てたが……当人は穏健派を謳ってる奴だぞ?」
「その穏健派を謳ってる誰かさんは北の地で穏健派を動かしてるよ……」
ミルディル森林国内で邪神教団の内部抗争とゴスペルによる仇討ち、そして打算目的で介入を始めた野盗ーー同盟国の特殊作戦部隊の活動と各勢力の動きにスヴェンは頭の中で支援者と敵を選抜する。
前者は特殊作戦部隊とシルフィード騎士団。後者は支援者と穏健派以外の全て。
「他に国内で動いてる勢力は?」
「一つ情報が掴めない存在が居るね……我々の同胞も数体確認されてるけど、そっちは教会に任せて良いかも」
確かに敵が多過ぎる状況で悪魔の相手まで誰が好き好んでやるのか。
フィルシスなら嬉々としてやるだろうが。スヴェンは此処には居ない彼女のそんな姿を浮かべながら確認すべき情報を訊ねる。
「……アシュナってガキが消息不明と聴いたが、何か情報は入ってないか?」
スヴェンの問い掛けにエルナ達は疑問に首を傾げ、悪魔は何か思い当たる節が有るのか顎を撫でた。
「アシュナ……それは小柄で灰色の髪をした人の子かな」
「あぁ、多分ソイツだ」
「その人の子は非常に危うい状態だね。今は意識不明の重傷だけど闇医者と彼女に匿われてるよ」
「彼女? いや、アシュナの居場所は何処だ?」
「うーん、ミルディル森林国内を転々としてるから追い付く頃にはもう居ないよ……きっと時が巡り合わせてくれるさ」
「つまり今は間が悪いってことか……最後の質問だ。目的人物と邪神教団の潜伏場所は何処だ?」
最後に小声で本命の情報を訊ねたスヴェンに悪魔は地図を出すようにジェスチャーで伝え、エルナがテーブルに地図を広げる。
悪魔は指先を動かすだけで地図に印を付け始めた。
「目的人物は各勢力によって争奪戦、各勢力の拠点を転々とされてる状態で詳細は不明だよ」
だからっと悪魔は敵対勢力の拠点を全て地図に書き記した。
二十はくだらない拠点の数にエルナ達が驚愕を浮かべる中、スヴェンは背後で祝勝している野盗に眼を付けーー口元を歪めた。
各勢力同士のリーシャ争奪戦、敵対勢力を滅ぼせば自然と解決するがスヴェンの目的は特殊作戦部隊が動き易くするための強襲に過ぎない。
強襲の傍ら情報を入手するのも仕事の一つに他ならないからだ。
スヴェンの様子にラウルが怯えた様子を見せる中、
「あぁ、それともう一つ我々から。邪神教団の司祭が潜伏してるから気を付けなよ」
悪魔は最後の重要な情報を残して静かにその場を立ち去った。