昼時、噴水広場に到着したスヴェンとミアは食欲を掻き立てる芳ばしい匂いと空腹に、多数並ぶ屋台の中から近場の屋台に立ち寄った。
鉄板の上でタレに漬けられた獣肉の串焼きが焼かれ、益々空腹を刺激されたスヴェンは店員に視線を向け、
「串焼きを六つ……って、随分と浮かない顔してんな」
接客業を営む店員とは思えない不安と焦り、苦悩に駆られた表情ーー特に美味い料理を提供する店員の笑みが苦悩に満ちているともなれば思わず突っ込まずにはいられなかった。
スヴェンの問い掛けを受けた店員は無理矢理笑みを取り繕う。
「……あぁ、すまんね。何でもないんだ、特に異界人にはね」
何でもないと拒絶はしているが、店員の表情は苦悩に満ちていた。
隠し切れないほどの苦悩だが、誰かに助けを求められない事実を察したスヴェンはミアに視線を移す。
異界人では相談できない内容なら同じ世界の彼女になら話せるだろう。
ミアはスヴェンの視線を受け、意外そうな表情を浮かべながら店員に話しかける。
「えっと、流石にそんな何か有りますって顔されたら聞かずには居られないですね。異界人に話せないことでも私になら相談に乗れるかもしれませんよ?」
店員は益々苦悩を強め、ミアの真っ直ぐな視線を受け漸く口を紡ぎ始めた。
「気が付いてないと思うけど、周りの屋台を見てくれ」
言われて二人は周りの屋台を見渡す。
噴水広場に並ぶ屋台の店員の誰しもが心ここに在らずと言った表情で営業していた。
市場の商人とはまた違った彼らの表情にスヴェンとミアは何か有ると眉を歪め店員に向き直る。
「何が起きたんですか?」
改めてミアの質問に店員が苦しげに話す。
「……二週間も前になるんだけど、町の子供達が全員行方不明になったんだ」
「行方不明事件ですか、それも子供が全員となると不穏ですけど、騎士団に通報したんですか?」
店員は苦痛に満ちた表情でポケットから一枚の紙を取り出した。
邪神教団の紋章が刻まれた紙、これだけで誘拐犯が誰か一目瞭然なのだがーー問題は内容だ。
スヴェンは自身が読める範囲で文字を読み上げる。
「……『3000人、子供は誘拐、騎士団に通報するな、子供は皆殺し』、なるほど」
「君は……異界人の割には随分と文字が読める方なんだね」
「今は必要な情報だけだが……ミア、念の為内容を全文読み上げてくれ」
「分かった……えっと、『メルリアに住む諸君! 我々邪神教団が君達の大切な子供達、3000人を誘拐させてもらった。我々に対して行動を起こせない騎士団に通報したところで無駄ではあるが、あえて言わせてもらう。騎士団に通報するな、万が一1人でも騎士団に通報した愚か者が居れば子供は皆殺しにする』って脅迫文だね」
一体どうやって三千人の子供を誘拐したのか疑問も有るが、スヴェンは話しを続ける。
「なるほど、目的は何だ?」
「うーん、脅迫だけで要求は書かれて無いよ」
なんだその脅迫文は! そう叫びたい衝動をグッと呑み込んだ。
目的を示さない脅迫文。しかし騎士団の邪魔が入っては都合が悪い。
内容からそう理解したスヴェンはため息を吐く。
邪神教団の潜伏先は地下遺跡という事は既に把握されている。
問題は心許ない装備で邪神教団の始末と子供救出をしなければならないことだ。
しかも三千人を無傷で救出、それをたったの二人で。それはどんなに経験を重ねた熟練の傭兵でも厳しいだろう。
「それで誰にも相談できねえわけか」
「魔王様を人質に取る卑劣な連中に自分達は愚か、国までも動けない」
「スヴェンさん、如何するの?」
ここで自分達が子供救出を買って出るのは簡単だが、スヴェンは傭兵だ。
金にもならない慈善事業はやらないが、旅立つ前にレーナからメルリアの邪神教団を叩いて欲しいと頼まれている。
だが、今は素性を異界人の旅行者と偽っている身だ。此処でレーナの依頼を請け動いているとは口が裂けても言えない。
だからスヴェンは敢えて素っ気無い態度で看板に書かれた獣肉の串焼きの料金分を金袋を取り出し、
「話してもらって悪いが、俺達にはどうにもならねえな。何せ異界人の旅行者だからよ」
屋台の上に置く。
「……話しを聴いておいて手を差し伸べてくれさえしないなんて。やっぱり異界人なんかに頼るべき……いや、三千人の救出なんて……少しでも期待した自分が馬鹿だったよ」
スヴェンに対して理性と険悪感、己の無力感に苛まれた複雑な感情を隠さず、それでも店員として注文を受けた獣肉の串焼きを売るのは彼なりのプライドなのだろう。
六本の獣肉の串焼きを受け取ったスヴェンとミアは屋台から離れ、明確な敵意を背中に受けながらそのまま噴水広場から立ち去った。
▽ ▽ ▽
人の気配が一切無い路地の椅子に腰掛けたスヴェンは、
「アシュナ、出て来い」
彼女の名を呼ぶと、屋根からアシュナが飛び降りた。
そしてスヴェンが獣肉の串焼きを二本差出すと、アシュナはそれを受け取りまたすぐさま姿を絡ませた。
「忙しい奴だな」
「それがアシュナの仕事だからね。……それにしてもこの町で誘拐事件が起きてたなんて」
事件は大小の違いはあれど何処でも起こり得る。しかしメルリアで子供の誘拐事件が発生しながらアルセム商会はパーティを主催していた。
パーティともなれば子連れの招待客が居てもおかしないが、疑問点は子供の同行拒否が行われて当然だと一人勝手に思考しては疑問点が解消される。
「そりゃあどんな町でも事件の一つは起こるだろうが、この国に限らず珍しい事じゃねえだろ?」
「そうだけど、でもどうにか出来ないかなって」
ミアの期待を寄せる眼差しに肩を竦めて返す。
「仮に助けに向ったとしてガキ共の安全を保証できねえだろ。それに善意ってのは時に余計な被害を齎すもんなんだよ」
例えば今回の件で言えば子供救出を異界人が勝手に乗り出したとしよう、どちらにせよ間違いなく戦闘に入り囚われた子供に被害が及ぶのは明白だ。
意図しない形で助かる子供と巻き込まれて助からない子供の差を産む。
現状の人数と装備で囚われた子供を全員、確実に無事に救出する方法は無い。無事に助かるのは良い所で半分も満たないだろう。
しかし幾ら人の気配が無い場所とは言え、此処で話す気にはなれなかった。
そもそも邪神教団を叩くという事は必然的に子供救出も行う必要性が有る。
スヴェンはすっかり冷めてしまった獣肉の串焼きに齧り付き、冷めていながらタレと肉汁の旨味に驚きながら瞬く間に一本食べ終え、
「ま、俺から言える事は覚悟だけはしておけってことぐれぇだな」
それだけミアに伝えた。
すると彼女は神妙な表情で獣肉の串焼きに齧り付く。
こうして遅めの昼食を済ませた二人は、また町巡りを再開させる。
一見すると平和な町だが、注意深く住人、行商人、旅人を観察すれば彼らの明確な違いが浮彫りになる。
例えば行商人は今日の売上や仕入れに対する儲けに満足顔で頷き、旅人は観光名所や屋台の食べ物に眼を輝かせる。
ではメルリアの住人は? 彼らは一見すると気丈に振る舞っているが、その瞳の奥に隠された不安や哀しみは誤魔化せはしない。
特に傭兵として恐怖や幸福を奪ってきたスヴェンからすれば、メルリアの住人がひた隠しにする感情は分かり易いものだった。
スヴェンは住人が知らずに発する張り詰めた空気を肌で感じながら警戒を深める。
三千人の子供を誘拐してしまえる邪神教団の組織的な規模に。