八月二十日、まだ朝日が昇らない時刻に目覚めたスヴェンはソファから起き上がった。
ベッドで三人がぐっすりと眠る中、気配と音を殺し手早く身支度を整えたスヴェンはガンバスターを背中に部屋を出た。
宿屋から昨晩の廃墟に向かい、そこから北西に駆け出す。
昨日ロイが見た全滅した襲撃者達の拠点に到着したスヴェンは真新しい足跡にガンバスターの柄に手を掛ける。
木々に囲まれた場所に張られた複数のテント、襲撃者達の簡易的な拠点と昨晩の死体は何者に埋葬されたのか突き立てられた十字架に眼が行く。
ゆっくりと墓に近付き、手で地面に触れる。
「まだ掘って新しいな……」
わざわざ調べに来た何者が死体を埋葬する。聖職者か単なる善人のどちらか。
それとも案外野盗か邪神教団の仕業か。どちらにせよ敵なら始末するべきだ。
早速決まりきった思考を浮かべながら歩き出すスヴェンの目前にクロウボウの鏃が迫る。
ただの鏃を腕で掴み地面に投げ、仕掛けた人物の方向に視線を向けると、スヴェンは驚愕を顕にした。
そこにはアトラス教会のシスターの装いをしたーー過去に殺した相棒、彼女と瓜二つの顔立ちと赤髪をした女性にスヴェンの眉が歪む。
「……奇襲してアレだけど、どうしたの? そんな幽霊にでも遭ったような顔しちゃって」
彼女と同じ声にスヴェンの眉は更に険しく歪む。
「……アンタは、何者だ?」
漸く絞り出した声にシスターは訝しみながら答えた。
「アトラス教会のリノンーーシスター・リノンよ、そいう貴方は……何者?」
名前まで同じという事は、彼女はテルカ・アトラスで産まれ育ったリノンだ。
世界は無数に枝分かれし、似た文化や経済が成り立つ並行世界や並列世界、異世界が存在しているならば彼女と瓜二つの女性が居てもおかしくはない。
「おーい? 小難しい顔して人の話聴こえてる?」
手を振って見せるリノンにスヴェンはため息と共に返答した。
「聴こえてる……俺の名はスヴェンだ」
「スヴェン、ね……不思議な感じ、懐かしいような、そんな感じがするわね。それでなんとなくクロスボウを撃ってみたんだけど……」
「なんとなくで撃つなよ」
「そう? 防いだからいいじゃない」
スヴェンの過去の
全く同じ仕草で語り掛けるリノンだが、彼女であって彼女ではない存在ーーつまり究極的なまでに他人だ。
スヴェンはそう割り切ることでリノンに彼女の面影を振り払う。
そもそも初対面で過去の相棒と重ねられても当人にとっては迷惑な話でしかない。
「……ところでアンタは此処で何をしてたんだ?」
「貴方は質問ばかりね、シスターとして聴いてあげるから色々と懺悔しちゃいなさい」
何を懺悔しろと言うのか、傭兵として人を殺すことに後悔も懺悔も無い。
ただスヴェンはリノンに対して口を動かす。
「こっちは仕事で調査に来たんだよ」
「仕事で調査? 貴方はシルフィード騎士団には見えないし、むしろそういう集団に属するの嫌がりそうなタイプじゃん」
「騎士団なんて性に合わねえのは認めるが……まあ個人事業に依頼が来たって訳だ」
「ふーん、こっちは悪魔教典の回収とリーシャ様の捜索で来たわ。特殊作戦部隊の子供達とも協力してるけど……悪魔教典は有ったけど他は死体だけでリーシャ様は居ないわね」
「……だろうな、昨晩の内にここを根城にしていた連中は全滅、肝心の要人は既に連れ出されたらしい。だが悪魔教典を発見したのは収穫じゃないか」
昨日の情報を告げるとリノンは眼を細め、細長い指を顎に添えた。
「どうやら貴方と組んだ方が事件解決も早そうね」
「そうとは限らねえよ、俺の仕事は邪神教団に対する強襲と撹乱だ。要人を救出しやすいように暴れる、それが当初の目的だったんだがな……」
「邪神教団よりも野盗の数の方が多いものね。でも潰していかないと別の野盗に連れ出されるなんて事にもなりかねないわ」
実際にそれは昨晩に起きたことだ。だから今回の仕事も一筋縄ではいかないのだろう。
「まあ、イタチごっこを防ぐならアンタと組んでおいた方が得策か」
「じゃあ組みましょう……やっぱり不思議な感覚、貴方とならどんな困難も達成してしまえそうな感覚がするわ」
リノンの言葉をスヴェンは戯言と切り捨て、悪魔教典に付いて訊ねた。
「それで? 悪魔教典は管理でもすんのか?」
「それなら燃やしたわ。管理してまた盗まれたら面倒だもの」
リノンの対応にスヴェンはじと眼を向ける。
教会のシスターとしてそれで良いのか? そんな疑問が芽生えるが誰かに悪用されるぐらいなら燃やしてしまった方が手っ取り早いのも確かだ。
浮かべた疑問に対して一人で納得すると、近付く複数の足音にスヴェンはガンバスターを引き抜く。
音からして武装した集団、昨日の煙を目撃した内の一つか。
「初の共闘には丁度良いわね」
クロスボウを構え隣に立つリノンにスヴェンは眼を瞑る。
結局のところあれこれ考えても仕方ない、今は刻々と近付く集団を片付けるのが先決だ。
▽ ▽ ▽
スヴェンはただスコップで地面に穴を掘るリノンを観察していた。
先程襲って来た野盗の集団を彼女と共に迎撃、殲滅した直後ーー何処から取り出したのかスコップで穴を掘り出す始末。
隣に野盗の死体の山を起き、鼻歌を奏でるリノンにスヴェンは呆れ気味に質問する。
「さっきの墓もアンタのなら……それも単なる聖職者としての仕事か?」
「んー? それも有るけど此処は自然豊かな土地だからさ、死体を啄む大鴉もそうだけどなるべく死体は転がす訳にはいかないのよ」
「それに他の土地と違って此処は埋めた死体の分解が速いの。たぶん死体も木々の養分として分解されてるんだろうね」
「……なるほど」
リノンの作業を静かに観察しながら一言呟くと、彼女は手を止めて。
「わたしと貴方って初対面よね?」
「あ? あぁ、アンタとは
「それならどうしてお互いに何も知らないのに、呼吸が合ったのかしらね? ……あ、もしかして運命ってヤツなのかな?」
「運命なんざくだらねぇな……単にお互いに合わせ安かったってだけだろ」
「そういうもんかねぇ〜」
スコップに顎を乗せながらこちらに視線を向けるリノンにスヴェンは、空を見上げた。
そろそろエルナ達が起きる頃合いだ。今からエルソン村に戻るにも都合の良い時間にスヴェンは彼女に告げる。
「俺は俺の方で動くが、何か判ったらエルソン村の酒場で落ち合うってことで良いか?」
「それで良いよ。あっと、そうだコレを渡しておくね」
投げられた物を受け取ると、それはアメジストの宝石が嵌め込まれた魔道具だった。
「コイツは?」
「魔道念話器、念話魔法が使えない人でもお手軽に念話可能になる便利な道具だよ」
「……んな便利な魔道具が有ったのかよ」
スヴェンは魔道念話器をポケットに入れ、次にクルシュナと会う機会が有ればいくつか都合して貰えないか交渉を念頭に置いた。
「コレでわたしと貴方はいつでも気軽に念話可能になるわ。じゃあ何か遭ったら連絡してね」
そう言うリノンにスヴェンは一先ず別れを告げエルソン村の宿部屋に何食わぬ顔で戻った。