昼下がりのミルディル森林国のあちこちで巻き起こる戦闘音に住人は息を吐く。
リーシャが誘拐されてからというもの、邪神教団に従う形でシャルル王子がレーナ姫と婚約を結ぶために見合いの用意を進めている。
最初は突然の公表に住民の誰しもが怒りに燃え、一時期はレーナ姫さえも憎んだ。
しかし、異界人の誰かが魔王アルディアを救出してから事態は良くも悪くも大きく変わった。
相変わらずリーシャは誘拐されたままで彼女の所在さえ判らない状況だが、一先ずシャルル王子とリーシャの婚約破棄は未然に防がれたのだ。これで国内に入り込んだ不特定多数の野盗や邪神教団が一掃されリーシャも無事に戻ってくれば良い。
住人の誰しもリーシャの無事を祈りながら重体で運び込まれる野盗の姿に息を呑む。
「こんな戦い、早く終わってしまえば良いのに」
誰かの呟きに周囲の者達は静かに頷くばかり。
▽ ▽ ▽
エルソン村から北東に離れた野盗の拠点でスヴェンはガンバスターを薙ぎ払い野盗を斬る。
後方から飛来するエルナ達の魔法が背後の野盗を牽制し、昨夜よりも良い動きにスヴェンは感心を寄せながら左手で引き抜きいたクロミスリル製のナイフで迫り来る野盗の喉元を掻き斬った。
野盗の鮮血に染まる大枝が複雑に絡み合うことで形成された橋にスヴェンは息を吐く。
「これで此処は制圧完了だな」
独り言を呟けば背後からエルナ達が駆け寄り、死体の山に相変わらず眉を歪める。
彼女達と朝に合流し、それから周辺の野盗討伐を開始してこれで三箇所目の拠点だ。
「もうエルソン村周辺の拠点残ってないね」
「結局アニキが1人で片付けるんだもんなぁ」
「ラウル、スヴェンは俺達の手を汚させないために気を遣ってるんだ。それに集団戦の立ち回りもいい勉強になるだろ」
不服を浮かべるラウルとは対照的にロイは、後方支援に不満が無い。むしろ戦場での立ち回りが参考になると語り出す始末だ。
「囲まれず遠距魔法攻撃を阻止すりゃあどうとでもなるが、そう上手くいかねぇ時も有るもんだ」
「お兄さん並みに強くて容赦が無い手合いが数人居たらもう詰みだよね」
「俺並みが数人居たところでフィルシス騎士団長なら単独突破可能だぞ? 想定すんなら遥かに格上、フィルシス級を想定した立ち回りを心掛けろ」
「アニキ、フィルシス級って……そんな強さの基準に使わなくても」
「分かり易いだろ」
肩を竦めながらそう告げれば三人はこくんっと首肯いた。
スヴェンはガンバスターを片手に周辺に視線を向ける。
橋のど真ん中に陣取られた野盗のキャンプ地、一見攻め難い場所だが穴は在る。
ど真ん中の真下から大枝の蔦を伝って登れば最短ルートで強襲を仕掛けることが可能だった。
最も遮蔽物が何も無い橋のど真ん中など魔法で集中砲火してくださいだと語ってるようなものだ。
「何を思って此処を拠点に選んだんだか」
「見晴らしが良いからじゃない?」
確かに見晴らしは良い。それこそ遠くで邪神教団とゴスペルと思われる一団の戦闘が視認できるほどには。
スヴェンは両者の戦闘を遠目から眺め、ふと戦場近くの大木の天辺から見下ろしているリノンに眉が歪む。
「アイツは何をしてんだ?」
「アイツ? あ、大木の天辺にすごい美人のシスターが居る!」
ラウルも彼女の存在に気付き、エルナとロイがシスターと聴いて顔を顰める。
まだ元邪神教団の癖が抜け切れずアトラス教会の関係者に身体が強張ってしまうようだ。
二人がこの状態ならリノンとの積極的な行動は避けるべきか。スヴェンが二人を気遣う中、ポケットの念話魔道器から紫色の光が漏れ出す。
リノンが念話魔道器を耳に当てながらこちらに手を振る様子に眉が歪む。
せっかく譲り受けた念話魔道器を試す良い機会だと結論付けたスヴェンは、取り出した念話魔道器に魔力を流し込んだ。
すると刻まれていた魔法陣が発動し、耳を当てなければ聞き取り難い声が発する。
「なんだ?」
『そっちから見えてるでしょ……邪神教団とゴスペルの戦闘のことなんだけど、貴方はどう見る?』
「情報ではゴスペルの動機は切り捨てられた右足の仇討ちだそうだ」
『ふーん、敵の敵は味方って言うじゃない?』
「あー、辞めておけ。俺は右足の壊滅に一枚噛んでる……いや、大半を殺したのは俺だ」
確かにゴスペルの右足は邪神教団に裏切られ、特定条件下で呪殺する呪いを仕込まれていた。それでも右足のリーダー以外を殺害したのは自分だ。
その情報を邪神教団が知ってるかは判らないが、後でその件が露呈し背後から襲われることは避けたい。
『それじゃあ持ち掛けるのは無しかな。それに下っ端同士の戦闘じゃあここも外れよね』
「リーシャの身柄を確保してぇなら今朝会った拠点からハリラドンの足跡が残ってたろ」
『えぇ、そっちの件は特殊作戦部隊の子やシルフィード騎士団にわたしの同僚が当たってるわ』
それでリーシャが無事に確保されれば良いのだが、そう事が上手くいくとは思えない。
特に邪神教団の司祭と悪魔が居る状況で何かしらの不測の事態は起こるだろう。
スヴェンが念話魔道器を片耳に思案していると、エルナがじっとこちらに視線を向けて来る。
何か言いたいことが有るのか、スヴェンはリノンに少し外すと告げエルナに耳を傾けた。
「お兄さんはいつ何処であのシスターと知り合ったのかな?」
「今朝、ちょっとした散歩でな」
「散歩……そう言うことにしておくけど、一度シスターと会って詳しく話し合わない? 表向きの名目は学生の質問とかでさ」
「良いのか? アトラス教会の聖職者はアンタら2人の天敵だろ」
「天敵に慣れる時が来たんだよ。それにお兄さんがこうして情報交換してるのも少し意外というか、なにか企んでないか探りも入れたいの」
確かに自身は彼女をリノンであってリノンとして見ていないが、自身の記憶に根付いた先入観を振り払い忘れるのは中々に難しいことだ。
恐らく無意識の内にリノンに対して警戒心を解いていた。そう問われても否定し切れないのも事実。
これから協力するならエルナ達を交えて情報交換をするのも手だ。
「判った、アイツには俺から伝えておく」
スヴェンは再び耳に念話魔道器を当て要件を告げる。
「この後、エルソン村で落ち合えるか?」
『それってデートのお誘いかしら』
「あ? 同行してるガキ共も交えた情報交換だ」
『お〜それじゃあ、此処の一戦が終わったら落ち合いましょう。なんならそっちに行く?』
「いや、あくまでもシスターと会うのは学生の要望って形にしてぇ」
そう伝えるとリノンから興味深気な吐息が漏れる。
「判ったわ、それじゃあ後でね』
その言葉を最後に念話魔道器から彼女の声が途絶えた。どうやら向こう側で魔力を切ればこちら側の念話魔法も同時に切れるようだ。
スヴェンとエルナ達はしばし邪神教団とゴスペルの殺し合いを遠目から眺め、
「あの中にアンタらの顔見知りは居るか?」
過激派か穏健派かどうかを二人に問う。
「うん、全員過激派だね。特に心の奥底から染まり切った狂気は間違いないよ」
「それが邪神の狂気による影響ってヤツか」
「そう、邪神の狂気を身に受けると身も心も歪んじゃうんだぁ。幸いわたしとロイは影響を受け難い体質だったのか、一定周期から外れてたのか狂気に染まることも無かったけどね」
邪神の狂気を体質どうので防げるとは思えないが、エルナとロイは出会った邪神教団の中でもかなりまともな部類だ。
いや、穏健派のバルキット信徒も行動と髪型はアレだったが根の部分ではまともな思考をしていた。
戦場で互いの身体に剣を突き刺し合うことで全滅の結果に終わった邪神教団とゴスペルの戦闘から背を向け、
「そろそろ村に帰るぞ」
エルナ達とこの場を離れようと歩き出せば、こちらに向かう複数の足音が響く。
戦場に少々長いしたツケにスヴェンは小さく舌打ちを鳴らし、背中のガンバスターを引き抜いた。
「うへぇ〜せっかく帰って甘いデザートでも食べようかと思ったのにぃ」
その金を出すのは一体誰なのか、問わずとも期待する三人の眼差しにスヴェンはため息と共にこちらに向かって来る軽装備の一団に駆け出す。