スヴェンが軽装を装備した一団に駆け出すと、先頭に立っている男性がギョッとした視線で叫ぶ。
「ま、待ちたまえ! 自分達はミルディル森林国所属シルフィード騎士団だ!」
所属を叫ぶ男性にスヴェンは足を止めた。
改めて彼らの装備に眼を向ければ、それは上質な革と木材を加工した軽装ということが判る。
そこに緑の肩マント、背中の弓矢と腰の剣を見れば野盗には用意が難しい上等な装備だ。
「まさかこんな所でシルフィード騎士団と偶然遭遇するとはな」
「周辺の死体、この橋を不当占拠していた野盗団を討伐したのはお前達か?」
「あぁ、仕事でな」
「仕事……それはオルゼア王が依頼したという?」
シルフィード騎士団内で共有されている情報にスヴェンは静かに頷く。
その様子に男性は驚いた様子で眼を見開き、背後の騎士が落胆するのが見える。
如何やら自分達は彼らの期待とは違うらしい。学生を含めた少人数に期待など抱けないのも無理もないことだ。
スヴェンの思考とは裏腹に一人の騎士がため息混じりに呟いた。
「全員の予想は外れかぁ、もっとこう厳つい大男で力自慢を予想してたんだけどなぁ」
違う。彼らが落胆したのは単に戦力的観点ではなく、騎士団内で行われた賭け事が成立しなかったことに対してだ。
「……いや、しかし少人数で20人を超える野盗を討伐してるんだ。オルゼア王の眼に間違はない」
「……アンタらが此処に来た目的は連中の討伐か?」
「あぁ、だが我々の仕事はたったいま無くなったよ」
討伐命令が降り、部隊が向かう。その間に誰かに獲物を掠め取られるなどよく有る話だ。
同時に目の前の男からは然程悪感情を感じられない。ただ向けれるのは死体に対する憐憫な眼差しだけ。
「おっとそうだった。紹介が遅れた、自分はシルフィード騎士団第三遊撃部隊長を務めるセシル・ブラウンだ」
「俺はエルリアでボディガード・セキリュティを営むスヴェンだ。背後の三人は、まあボランティア兼社会見学中のエルナ、ロイ、ラウルだ」
「ふむ、此処は一つ何処か落ち着ける場所で話し合わないか? こちらが掴んでいる情報も提供できるが」
それは都合の良い話だ。まさにこれからリノンと会う約束が有り、そこで情報交換や互いの状況を話し合えるならそれに越したことはない。
「エルソン村の酒場で協力者と会う約束になってるが、一人ぐらい増えたところで変わらないな」
「お兄さんの判断に任せるけど、セシルは村に着く前に着替えた方が良いかも」
「確かにお嬢ちゃんの言う通りだぞ、隊長殿。酒場は誰が聴き耳を立ててるか判らないんだからさ」
「心配症な奴め、それぐらい言われずとも判ってるさ。だからいつも着替えを常備している」
「あーっと、スヴェンって言ったな、隊長はお人好しのアホなんでよろしくたのんますわ」
騎士の軽い口調にスヴェンは特に嫌な顔せず、諾くことで了承した。
それに対してセシルは複雑そうに顔を歪め、部下をひと睨み。
「あっと! 我々は適当な場所で待機してるんで、是非とも話し合いを楽しんで来てくだせぇ!」
そんな彼の言葉にシルフィード騎士団は撤収を開始し、身軽な身のこなしで大木を足場にこの場から立ち去った。隊長の指示も命令も無しに。
一部隊として問題では有るが、傭兵としてはフットワークの軽さに眼を見張るものが有る。
ただ部下の責任を負うのはいつだって隊長や指揮官だ。
スヴェンは哀愁漂うセシルの背中に、
「俺達も先に行ってる」
それだけ言い残してエルナ達と共に今度こそエルソン村に戻るのだった。
▽ ▽ ▽
酒場の片隅に位置する席でスヴェン達は対面に座るリノンとセシルに視線を向け、周囲に人が居ないことを改めて確認してからテーブルの上に地図を広げる。
「ちょっとしたツテで入手した敵対勢力の拠点だ。これで全部だとは思いたいが、動きが掴めないヤツも不特定多数居るらしい」
「これだけの情報を……そのツテとは一体何者なんだ?」
リノンの前で悪魔の情報屋に関する情報開示についてスヴェンは思案する。
アトラス教会の基本スタンスは悪魔が邪神復活に関わらなければ放置というのは悪魔にも周知されている事実。それは間違いない。
しかしミルディル森林国内で活動してる悪魔の動きが読めない以上、アトラス教会やシルフィード騎士団も討伐に動くだろう。
そこに情報屋が巻き込まれるリスクを考慮すれば情報を開示して置く必要が有る。
ただこの情報開示には二人が懸念を抱くだろう。
「これらの情報は悪魔の情報屋から得たもんだ」
淡々と何食わぬ顔で告げると二人の顔は疑念に歪んだ。同時に眼がこう語り掛ける『悪魔を信用して大丈夫なのか?』っと。
半ば予測通りの反応にスヴェンは真顔で答える。
「フィルシスに捕縛されたのち取引を交わしたそうだ……王族の承認の下でな」
彼女の名を出した途端、リノンとセシルから一瞬で懸念が消え、二人が浮かべた言葉を察したのかエルナ達が苦笑を浮かべる。
「「あぁ〜」」
フィルシス騎士団長ならやりかねない。いや、絶対いずれはやる。その犠牲は哀れな悪魔だったに過ぎず、同時にこちら側が悪魔と取引する窓口も設けた。
フィルシス騎士団長という人物を知っていればその結論に思い至るのは至極当然と言えた。
「その悪魔の特徴は?」
「肉体は現在人形を憑代として使用している、それ以外の特徴は……双子ってぐらいで他に無いな」
「双子の悪魔ね。身体は軟らか過ぎてあらゆる斬撃も打撃も効かないと言われていたわね」
「あぁ、人形の身体だとしてもそこは同じだろうよ」
なぜ無機物の身体を弄れるのかは判らないが、悪魔の前で理論や理屈をあれこれ考えるのは無駄に思えてならない。
スヴェンは僅かに逸れはじめた思考を修正させ、セシルに問う。
シルフィード騎士団とシャルル王子及び周辺の動きを。
「それで、シルフィード騎士団とシャルル王子辺りはどう動いてんだ?」
「騎士団の方は特殊作戦部隊と共同でリーシャ様の捜索、現在はリーシャ様を監禁してると思われる野盗団の討伐に向けて作戦行動中」
「動きが速いな、リーシャの奪い合いは昨日のことだが……」
「あぁ、そっちの件はアトラス教会が今朝に報告したのよ。貴方と会った後にね」
情報が伝わりシルフィード騎士団が迅速に動いたことに得心を得たスヴェンは納得した表情を浮かべる。
「なるほど……で、シャルル王子と周辺は如何なんだ? 一応見合いの準備中とは聞くが」
「シャルル王子は淡々と準備を指導しつつ民の不満を解消しているよ、邪神教団に悟られないようにね」
「その一方でカトルパス森王はシルフィード騎士団を指揮しつつ国境閉鎖を進めている」
「国境閉鎖、か。確かにこれ以上野盗が入り込むってのは好ましくねぇな……となるとレーナ姫の入国後に国境閉鎖が完了するわけだな」
「察しが速くて助かる。国境閉鎖となれば誰も入国も出国もできない、結界による完全封鎖となればなおさらな」
自国民とレーナを敵対勢力ごと閉じ込めるというのもあらゆる方面から不満や非難を買いそうだが、恐らくオルゼア王も当人のレーナも事前に了承ーーいや、エルリアとミルディル森林国の王族が決めたことか。
大胆過ぎるが、国民の不安は如何なるのか。
「それって不満を買わないか?」
スヴェンが浮かべる疑問をラウルが口にした。
「普通なら買うことになる。だからそれを防ぐためにシャルル王子とカトルパス森王、そして貴族達が国民一人一人に事前に承諾を得ている」
「動きの速い王族だ」
「封じ込めとなると邪神教団と悪魔の動きが読めなくなるけど、住人の避難はされるんでしょ?」
「見合いの日、あの見合いは国民が見護る義務が有るんだ」
「それってミルディル全国民が見合いに出席するってこと? うーん、狙ってくださいと言ってるような物じゃないかな」
エルナの観念は充分に理解できる。
レーナとシャルル王子の見合いを目論んだのは邪神教団だ。
それを踏まえれば連中にとって潰したいレーナが居る会場を襲撃しない手は無い。
今の魔法が使えないレーナでは自身に降りかかる危険を退けれないが、国民全員が集まる会場にはそれらを護るためにシルフィード騎士団が集う。
国家戦力が集まる会場の襲撃、普通なら自殺行為だが邪神教団の司祭と悪魔がどう動くか。
「司祭と悪魔を当日までに討伐できりゃあ懸念も減る、か」
結果的にレーナを護り、今回の件を片付けるには結局のところ邪神教団を潰しリーシャを救出を果たす方が手っ取り早い。
「うむ、些か危険では有るが当日までに討伐が出来なければ我々は会場で敵を迎え討つことになる……まぁ、レーナ姫の召喚魔法で出る幕は無いのかもしれないけどな」
彼等はまだレーナが魔法を使えない事実を知らない。むしろ情報を伝えなかったのはレーナとオルゼア王側だ。
邪神教団の中に他人の皮膚で成り代われる魔法が有る以上、当然の警戒といえば当然だ。
シルフィード騎士団とシャルル王子、そして見合い当日の動きを把握したスヴェンはそれらの情報を頭に入れ地図に視線を落とす。
「エルソン村周辺の拠点は潰した、俺達は次にユグドラ空洞を調べる予定だが……」
ユグドラ空洞の名を出した途端に二人の眉が歪む。
その場所に何か有る。アシュナが襲撃され行方不明になった何かが。
いや、何か居たと言うべきか。スヴェンはそんな推測を頭の中で浮かべ、
「広大なユグドラ空洞に邪神教団の司祭でも居たか?」
単刀直入に質問した。
するとセシルとリノンは互いに顔を見合わせ、リノンがゆっくりと口を開く。
「ユグドラ空洞に入ったあらゆる勢力が、邪神教団、野盗、ゴスペル、シルフィード騎士団、アトラス教会問わず突如殺し合いを始めたのよ」
「……認識や理性でも弄られたか?」
「詳細は判らないわ、でも悪魔の魔力残滓も残されていたそうよ」
「つまり討伐すべき標的が共に行動してるって訳か」
何らかの方法で殺し合いに発展する。それなら単独で侵入する他に手は無い。
「2人に心当たりは有るか?」
「うーん、その手の悪辣な方法を好むのはジギルド司祭かも。歳はわたしとロイに近いんだけど、人を玩具扱いして壊すことに喜びを感じてるみたい」
「影の魔法を得意気に自慢されたことも有ったけど、最も恐ろしいのは自分の意のままに他者を操る魔法を躊躇なく使える異常性かな」
精神に狂気を孕んでいそうなジギルド司祭の情報にスヴェンは密かにユグドラ空洞潜入を計画し、じっとこちらを見詰めるリノンから視線を逸らす。
「……そういえば、まだ伝えて無かったけどうちの同僚が悪魔を一体地獄に還したそうよ」
「倒すのも面倒臭そうな悪魔をか?」
「実際に面倒よ? アトラス教会に伝わる悪魔狩りの魔法と洗礼道具をフル活用してやっとね……けど強い悪魔ほど魔法は通じない、中にはこの世界に存在する物では倒せない悪魔も居るのよね」
「んな厄介な存在が居るいんのかよ」
「うーん、確認されてるだけで一体だけ。多分時間概念の切り離しで
それはテルカ・アトラスの現在に至るまでの過去に存在したあらゆる物や方法では討伐できないと言われてるような気がした。
そんな事が可能な存在が実在するというだけでも厄介だが、二つだけテルカ・アトラスの過去に存在しないものに心当たりが有る。
異界人とガンバスターは過去に存在しないものだが、それは悪魔が存在してる時間軸を基点にしているのか如何かにもよる。
スヴェンは想像も及ばない厄介な存在を頭の隅に入れ、
「悪魔を討伐する方法があんなら教えて貰いたもんだな」
邪神教団の司祭と悪魔を同時に相手にする。それを踏まえて方法を問うとリノンは笑みを浮かべて答えた。
「断るわ」
笑顔から吐き出された拒絶の言葉に全員が狼狽えた。なぜここに来て方法を隠すのか。
ーー違う、コイツは察してやがるんだ。俺が一人で向かうってことを。
そして決まって同行を条件に提示してきたものだ。
「方法を教える条件としてスヴェンはわたしとユグドラ空洞の調査に向かうことよ」
「……殺し合いが始まるかもしれねぇ場所でか?」
「呪いが所以なら防ぎ用は有るわ。それに少し気掛かりな事も有るのよね」
懸念を浮かべるリノンにスヴェンはため息を吐き、エルナ達に視線を向ける。
三人を置いて行くことになるがそれは仕方ない。むしろ地上に居る邪神教団の拠点はエルナとロイに任せた方が発見が確実だ。
スヴェンの思考を察した様子でエルナが口を開く。
「じゃあ私達はシルフィード騎士団に同行して邪神教団の討伐、穏健派が居たら協力関係の構築だね」
「あぁ当初の予定通りに頼む……ま、危ねえと判断したら全部大人に丸投げしちまえ」
この場に居る大人の一人で有るセシルも深妙な表情で頷き、
「ではラピス魔法学院の生徒を一時期に同行させよう。名目は他国の騎士団の活動見学でね」
存外融通の効く性格にスヴェンは感心を抱く。
「じゃあ暫くスヴェンを借りるわね」
「良いけど、ちゃんと返してね。それに司祭の中でも人を玩具として弄ぶことに愉悦を感じる異常者が居るから……」
気を付けて。そう小さく語るエルナの頭をリノンが不安を取り払うように優しく頭を撫でた。
スヴェンは彼女の行動と優しい仕草から眼を背け、ロイとラウルに移す。
既に二人も覚悟を宿した眼差しを浮かべているが、決して死ぬつもりは無い。そう眼で語る二人に今更心配は無いだろう。
「なら行動は明日の朝だな」
「それじゃあ今日は解散ね、次に会うのはユグドラ空洞の調査を終えてからかしら?」
リノンの締め括りの言葉で解散し、スヴェン達は明日に備えて宿屋で休息に入った。