ユグドラ空洞を進むスヴェンの背中をリノンはじっと観察していた。
彼を観ていると心の奥底から既視感に見舞われる。脳裏に浮かぶ自分ではない自分が彼と共に悲惨な戦場を駆け巡る光景が。
なぜ彼に対してそう感じるのかは、恐らく過去の体験と神秘が原因だ。
だから無意識のうちに彼に疑問を問いかけてしまう。
他にも彼の背中を見てるだけで様々な既視感が次々に浮かぶが、それはテルカ・アトラスの記憶ではない。
しかし確かに存在していた記憶。複雑に混ざり合った記憶、既視感を否定することも芽生え始めた感情を拒絶することはできない。
それとは別に問いたいことが有る。
「スヴェン、本当はわたしのこと知ってるんじゃないの?」
「何の話だ」
スヴェンは振り向き惚けたように視線を逸らす。
心の奥底に眠る自分自身が告げる。スヴェンは誤魔化す時、直視できない感情を向けられた時に無自覚に視線を逸らす。
あの時、彼が戸惑い困惑したのも無理はない。死んだかつての相棒と瓜二つの存在が現れれば。
「その質問に敢えて答えるなら、俺はアンタと
確かにリノンとして出会ったのはあの時がはじめてだ。
だからこそなるほどっとリノンは頷く。
スヴェンはリノンを通して
そうと理解してしまえば後は自分も記憶に引っ張られずスヴェンと接するだけだ。
「そっか、さっきの質問は忘れて」
「あ? ああ構わねえが……いや、何もねえなら良い」
何か言いかけて閉じてしまったスヴェンの口に思わずため息が漏れる。
「どうしたのかしら?」
スヴェンに聞いてみれば、彼はガンバスターを握ったまま。
「あ〜それなりに強めの衝撃がアンタを襲ったはずだが、身体は平気なのか?」
こちらの心配を口にした。そういえば緊急事態とはいえスヴェンはガンバスターの刃先から魔力噴射させるなどという一歩加減を誤れば魔力が底を付きかねない行動に出た。
そして彼が下敷きになることで衝撃を肩替わりしたのも事実。
むしろ心配するのは自身の方なのだが、
「わたしは大丈夫だけど、貴方の方こそ平気なのかしら」
逆に問い掛ければスヴェンは何食わぬ顔で答えた。
「あの程度は平気だ」
「そう、それなら良いのだけど……」
ユグドラ空洞の下層に続く通路の最奥から悪魔と邪悪な気配が漂う。
まだ距離は遠く離れているが、恐らくユグドラ空洞の最下層に在る湖か。それとも別の場所に居るのか。
思案しているとスヴェンは地面を見下ろし、
「……まだ遠い、か?」
彼も気配を察知しているのか、そんな事を呟いた。
「地図によると気配がする方向まで、恐らく三日はかかるわね」
「随分深くに居るな……そういや悪魔は邪神教団の召喚に応じねえと聴いたが、やっぱ邪神復活を望む悪魔か?」
「まだどんな悪魔かは分からないわ。それに代替え召喚による契約なら対価さえ払えば邪神教団でも結べるそうよ」
「結局のところ抜け道を利用したもん勝ちって訳か」
「正直者が苦労するのは何処でも変わらないわ」
スヴェンは思う所が有るのか苦笑を浮かべ歩みを再開させた。
それから程なくして広い空間に到着し、誰かが使用した焚火の跡に二人は足を止める。
まだ先は長い。魔法陣の仕掛けこそ無いがこの先に何が仕掛けられているのか、あるいは何が待ち構えているのかは判らない。
スヴェンは先が長いっと理解した上でガンバスターを鞘ごと降ろし焚火の前に腰下ろした。
「火は着けられそう?」
「生憎と魔法が使えなくてな」
異界人の中には魔法を修得し悪用した者が多数居ると聴くが、スヴェンが魔法を修得できないほど理解力に乏しいとは思えない。
いや、それは魔法が使えて当たり前のテルカ・アトラスの人間だからこそ言える言葉だ。
リノンはポーチからよく燃えると評判の木の実を焚火に放り込み右手を向ける。
「『小さな火よ、引火せよ』」
詠唱によって魔法陣が火を放ち、木の実を燃やす。そこに近場に落ちている木屑を放り込み焚火が燃え広がる。
壁の燭台の灯りと焚火の灯りによって広い空間を照らす。
照らされた空間の壁に二人は小さな息を漏らした。ユグドラの根でできた壁に彫り込まれた彫刻、ハーブを片手に唄うエルフの姿を。
「耳長の人間……?」
「これは過去に存在していたエルフ族よ、そういえばミルディル森林国の王家はエルフ族の血を引いていると聴いたことが有るわ」
「コイツはそれを記した記録って訳か。メルリアの地下遺跡にも壁画が有ったな」
「古代エルリア人、正確には封神戦争終結後にこの大陸に到着した末裔達が遺した壁画ね」
「じっくり見てる暇が無かったが、気が向いたらまた行ってみるか」
「良いわね、私も今回の件が片付いたら行ってみようかしら」
しばらくまともな休暇が取れていない。そう付け加えれば彼から同情した眼差しを向けられた。
敬虔なるアトラス教会のシスターだが、それ以前にリノンという一人の小さくか弱い人間だ。信仰心以前に身体と精神の休息や安寧は必要だ。
「教会の聖職者ってのはハードなのか?」
「前は懺悔に来た人々の言葉を聴いたり、聖遺物の回収を主に担当していたわ。だけど邪神教団が活動を再開させてからはその対応任務ばかりね」
「そうか……なら今回はくだらねえ理由で死ぬ訳にもいかねぇな」
「えぇ、その為には今はゆっくりと休みましょう。それとも私が近いと落ち着かないかしら?」
膝を抱えてスヴェンに小さく問えば、彼は平然とした様子で返す。
「んなことはねぇさ」
それだけ短く答えたスヴェンはサイドポーチから軽食のサンドイッチを二つ取り出し、こちらに差し出した。
リノンはそれを受け取り野菜たっぷりに獣肉の干し肉が挟まれたサンドイッチで腹を満たす。