昔、幼い頃に心に自分ではない誰かの感情と記憶が入り込んだことが有った。
それはまるで誰かの魂が自身の魂に混ざり合うような感覚と言えば良いのか、少なくとも自分は無性に切なさに襲われ泣いたのは確かだ。
幼少時は原因など理解していなかったが、アトラス教会のシスターとして聖典や神秘に触れるうちに昔の感覚や原因に付いて知る機会が有った。
アトラス神が記した聖典の中には他世界の同一人物が強い想いを残したまま死を迎えると同一存在と魂の衝突が起こることが稀に起こるらしい。
一般的にショック死する原因の要因として見られているが、稀に適応して魂が完全に混ざり合うことが有る。
そんな記載を見た時、あの時の感覚が魂の融合が原因なのだと。
しかし同時に混ざり込んだ記憶に関しては単なる幻覚や痛い妄想の産物という線も捨て切れず、いまの今までスヴェンと出会うまで確証を抱けなかった。
誰もデウス・ウェポンのことなど知らない。そんな状況でどうやって答え合わせをすれば良いのかしばらく悩んだものだ。
その答えもスヴェンと出会い、改めて記憶を整理することで解決もできた。
ーーリノンの明確な記憶では最後の仕事まで彼の相棒だったんだよね。
リノンはスヴェンを死なせたくない。だから二本だけのワクチンをスヴェンに摂取させ、自ら彼に討たれることを選び死んだ。
▽ ▽ ▽
焚火の前で目覚めたスヴェンはガンバスターを握り、周囲に視線を向けた。
敵は居ない。魔法陣が仕掛けれた様子も魔力が流れている様子も無い。
その代わり隣からリノンの静かな寝息が聴こえる。無防備な仕草で寝返りする彼女はどうやら熟睡しているようだ。
こんな場所でいつ誰に襲撃されるかも判らない場所で良く眠れると感心すら湧く。
スヴェンは
移動中観察されていた、それは判るが彼女の質問は明らかに不審な点が多い。
なぜ初対面のはずのリノンがあんな質問をしたのかだ。それに彼女はシャルナに付いて無意識に質問してきたが、あの時のリノンは真っ直ぐとした眼だった。
これは根拠もない、有り得ない推測だが、リノンはまさか
ーーいや、まさかな。仮に推測が正しいものだとすりゃあ、俺はリノンに何を問えば良い? 何をするべきだ?
リノンはリノンだ、相棒じゃない。それは例え記憶を持っていたとしても変わらない。
スヴェンが眼を開くと覗き込むリノンと眼が合う。
いつのまに起きたのか、顔が近いなど色々と言いたいことが浮かんではそれの小さな言葉をグッと呑み込む。
「もう起きたのか」
「えぇ、貴方が考え込んでる間にね」
笑みを浮かべて答えるリノンにスヴェンは距離を取ってから立ち上がる。
そして進むべき道に視線を向ければ先程とは違って複数の気配を感じる。
その影響か肝心の気配が感じられない。面倒なことに成り立つ有るユグドラ空洞の探索を急ぐべきか。
「そろそろ進むか」
「気配が多くなってるわね……地上が予定通りならリーシャ様は保護されてるはずなのだけど」
スヴェンが歩き出せば後ろからリノンが一定の距離を保った状態で付いて歩く。
「保護したところで情報の流出は多少時間がいる。それに敵対勢力同士を潰し合わせるならわざわざ公開する必要性は薄い」
「数を減らすなら合理的だけど、潰し合いをさせたい国の思惑が露呈したら徒党を組まれるわ」
「感情的にはムカつく状況だろうが……シルフィード騎士団を相手にまともに敵対しようなどと思うか? それに訓練された騎士は練度も高いが、烏合の衆は連携は愚か逆に利用されて潰されるだけだろ」
「なるほど、確かに練度も連携も必要不可欠ね。……それじゃあこの先から感じる気配、彼等と手を組むのも難しそう?」
「殺し合いが発生するユグドラ空洞、その原因が解らねえ以上は手を組むべきじゃあねえな」
野盗にしろゴスペルにしろ殺し合いを避けるなら手を組むべきじゃない。しかし敵は邪神教団のジギルド司祭と悪魔、いくら一人は子供とはいえ武器を手にして玩具を扱うように人を殺す手合いだ。
大多数の暴力によって殺されても仕方ない。それを理解してるからこそジギルド司祭は敵味方問わず殺し合わせるのか。
それとも単に玩具で遊ぶ方法を模索する内に生まれた過程に過ぎないのか。
「ジギルド司祭ってのはタダのガキなのか?」
「エルナちゃんとロイくんと歳が近いとは聞いたけど、多分精神性を考慮しても歪んだ子供じゃないかしら?」
「過激派所属の司祭、もうちょい計画的に動く連中だと想定してたんだがなぁ」
計画的に動くならあらゆる痕跡を消し、時に撹乱用にわざと痕跡を残す。例えばエルロイ司祭なら、スヴェンはヴェイグを邪神教団側と終末疑いはしたものの正体をバルギット信徒の情報が無ければ気付くことはなかった。
その意味ではスヴェンはエルロイ司祭の掌で踊らさせ続けていたことになる。
同じ司祭でも年の功、経験が段違い過ぎるのだ。
「無理もないわよ、邪神教団が大陸内で本格的に動いたのは11年前……そこからオルゼア王襲撃事件を起こすも主力部隊は壊滅」
「それから程なくして一人の司祭によるエルリア城襲撃……今は行方が判らないそうだけど」
気になる話題にスヴェンは一瞬足を止めるが、真正面の分かれ道から響く足音を警戒からガンバスターの柄を握り込む。
いつでも引き抜けるように身構えたスヴェンの前に、左右の分かれ道から集団が姿を現す。
「おんやぁ? こんな所で教会のシスターと若い男に出会うなんてなぁ」
痩躯に腰に剣をぶら下げた優男が手振りで背後の野盗に止まるように指示を出した。
どうやら目の前の優男が野盗のリーダーらしい。
「チッ、邪神教団の糞虫共を追って来てみれば別嬪なシスターと冷徹な兄ちゃん、おまけに程度の低い野盗共か」
隻眼に隻腕の男が背中の戦斧に手を伸ばしながら悪態を吐いた。
そんな彼の挑発混じりの言葉に釣られて背後の集団がせせら笑う。
「程度の低いとは言ってくれるねぇ。オタクらこそ人攫いなんて悪事に手を出した挙句、利用されて捨てられた犬の癖して」
出会い頭に双方険悪な空気を剥き出しに睨み合う。
この状況で一戦おっ始められても面倒だし、巻き込まれる言われもない。
そもそも今にも殺し合いが始まりそうな一触触発の空気だ。
「行くぞ」
リノンに一言声を掛け、気配がする右の通路に一歩足を踏み出すと、
「おい兄ちゃん、誰が動いて良いと言った? ここを通りたければ通行税として身包みでも置いていきな……いや、そっちの別嬪のシスターだけでも構わないぜ」
普段なら気にも留めない安い挑発だが、協力者が対象となれば別だ。
「あ?」
瞳に殺気を宿して下卑た笑い声を浮かべた隻眼の男を睨む。
「っ……兄ちゃん、お前っ」
額に冷や汗を流す隻眼の男にスヴェンは静かに語り掛ける。
「獲物が何かする前に俺達は先に進みてえんだ、ただ道を譲ってくれんなら俺からは何もしねえ」
本音を言えば目撃者の野盗を始末したいところだが、この場所での乱戦は好ましくない。
スヴェンが内心でそんな言葉を浮かべると隻眼の男が背後の通路に視線を向ける。
「俺達が来た道をか? 道は譲るが……兄ちゃんの目的はなんだ?」
「司祭の討伐」
「なに? って言うと邪神教団の司祭か。悪いが連中は俺達ゴスペルの獲物だ」
つまり彼がミルディル森林国に入り込んだゴスペルの右腕を束ねる頭目。
スヴェンは目の前の男に対して考え込む素振りを見せながら、
「生憎とこっちも仕事でな、かと言って敵味方問わず殺し合いが起きる曰く付きの場所で共闘なんざ無理だろ」
彼に問いかけた。
「あぁ無理だ。ソレを抜きにしても出会って間もない奴と誰が手を組める?」
「奇遇だな、俺もアンタらと手を組む気なんざ無い。かと言って金にもならない無駄な戦闘は避けたい」
「……なるほど、道を譲り手を出さなければ兄ちゃんは何もしないんだな」
「あぁ、俺はアンタらに対して何もしない。そうだな、例えばアンタらが離れた距離間で付いて来ようが獲物を横取りしようが何もしないさ」
「……よく理解した。兄ちゃんは俺達を、ジギルド司祭を殺し損ねた保険として利用するつもりだな。だが良いだろう、兄ちゃんと別嬪シスターに道を譲ってやる」
漸く道を開けたゴスペルの右腕にスヴェンとリノンが歩き出すと、なぜか優男率いる野盗集団も付いて歩こうとしていた。
「ちょいまち、低俗な野盗を通してやるとは言ってないぜ」
「道を通るのにオタクらの許可は要らないだろ? それともここでやり合うかい?」
魔力を放出し始める優男に対して隻眼の男が戦斧を片手に魔力を操作し始める。
それを合図と言わんばかりに背後で双方の部下達が武器を片手に魔力を流し込む。
勝手に潰し合ってくれ、スヴェンがどうでも良さそうに歩みを進める。
二人が距離を取ったと同時に優男と隻眼の男が放つ魔法が衝撃を生み出し、ユグドラ空洞を大きく揺らす。
天井に伝わる振動、そして軋む岩肌の天井。偶然にも大樹の根が絡まない天井ーー下手をすれば一部だけ崩落しかけない程度には脆いだろう。
スヴェンが冷静に振動と天井の揺れ具合から一部崩落が始まると推測を立て、
「リノン、走るぞ!」
「えぇ、嫌な予感しかしないわ!」
二人は一目散に通路を走り出した。
そして戦闘の余波によって崩落を始めた天井に野盗とゴスペルの悲鳴が背後に響き渡る。
互いに潰し合って崩落に巻き込まれれば良い。そう思ったのも束の間、複数の足音と岩が転が音が背後から響き渡った。
スヴェンとリノンは嫌な予感に視線を背後に向け、同時に盛大なため息を漏らす。
転がる岩とそれから仲良く肩を並べて逃げる野盗集団とゴスペルの右腕、おまけに先頭を走る双方のリーダーは息ぴったりだ。
「案外仲が良いのね、わたしも貴方と肩を寄せ合って走ろうかしら」
「蹴り飛ばすぞ? いや、今は冗談を語ってる場合じゃねえな」
スヴェンとリノンは背後の悲鳴を背に、下層に続く通路を探しながら駆け巡ることに。