傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-5.流れる虹

 メルリアの町を巡り歩き、観光に来た異界人を装いながらスヴェンとミアは散策を続けーー空は既に夕暮れに染まっていた。

 スヴェンはある程度町全体の地図を頭に叩き込み、

 

「明日は地下遺跡の観光ってところか」

 

 肌に直接纏わりつく不穏な空気、メルリアで起こった事件とは別に傭兵かテロリストの工作時に感じる気配から地面に視線を向けた。

 

「町一つ分の広さを誇る地下遺跡だから一日で観光は終わらないかも」

 

 広大な地下遺跡で邪神教団は子供を誘拐しながら何を企むのか。 

 エルリアの王族を交渉席に着かせるためか、それとも此処に鍵が眠っていると判断したのかは情報不足でまだ分からない。

 

「この町は遺跡の上に建ってんだったな」

 

「そうだけど、それがどうしたの?」

 

 遺跡の真上に建設された町を崩すには、支えとなる支柱を破壊してしまえばいい。

 例え破壊しなくとも仕掛けを施し、誘拐した子供達を人質にレーナ達に封印の鍵明け渡しを要求する。

 外道やテロリストが考えそうな手段の一つを頭に浮かべ、ミアに訊ねる。

 

「支柱を壊しちまったらこの町は崩壊すんのか?」

 

 それに対してミアが冗談! と声高らかに笑った。

 

「昔の魔法使いは支柱が壊れたら簡単に崩れる町造りなんかしてないよ。支柱を失っても地下遺跡とメルリアの間に浮遊魔法が展開されてるんだから」

 

 例え支柱を破壊したとしてもメルリアの町は浮遊魔法に護られ崩壊しない。

 そう語るミアにーー魔法はつくづく反則だと思う。

 逆に言えばその油断が致命的な命取りにもなるが、魔法陣の強度を知らないスヴェンにとっては彼女の安心感も半信半疑だ。

 

「本当かよ」

 

「本当だよ? 仮に誰かが誤って支柱を壊しても町は崩壊しない……過去に何度も地下遺跡の支柱は壊されてるから、しかも去年は異界人にもねーー」

 

「あと浮遊魔法も近年改良を加えられて自己修復陣が追加されてるから物理的にも解除も難しいはずだよ」

 

 徹底した安全面に心底唸る。

 ならメルリアは邪神教団の単なる活動拠点に過ぎないかもしれない。

 丁度エルリア城には邪神教団が送り込んだ内通者も居る。連絡を取り合うには適した距離とも言えるだろう。

 いずれにせよ長居は無用だ。

 

「地下遺跡の観光が終わったら次の町に移動した方が良さそうだな」

 

 既にラオ率いる騎士団が動いているが彼らは邪神教団に武力行使に出られない。

 ましてや子供が人質に取られているならなおさらに。

 ならこちらは彼らに禍々しい魔力を持つ女性に関して伝え、諸々の問題を含め地下遺跡に潜む邪神教団を叩く。

 その後の後始末は専門家に任せるに限る。

 

「そうだね……そろそろ夕飯に丁度良い時間だし、酒場にでも行かない?」

 

「あん? 食事なら宿で良いだろう」

 

「あー、サフィアは食事の提供はしてないんだ」

 

「風呂はあんのか?」

 

「ちゃんと有るよ。此処は魔法大国だよ? お風呂なんて魔法で簡単に沸かせるもん」

 

 スヴェンはこれまで何度か魔法を眼にする機会が有った。

 確かに魔法という力は生活にも使われ、便利で豊かな時代を築いているとさえ思う。

 デウス・ウェポンでは魔力が星のエネルギー源だったから機械文明をモンスターの対抗手段として発展させた。

 それならテルカ・アトラスの魔力は?

 

「テルカ・アトラスの魔力ってのは星のエネルギーじゃねえのか?」

 

「星の内を巡る魔力は確かに星の血とも言えるけど、私達は自分の体内で生成した魔力で魔法を行使してるから影響は無いみたいよ」

 

「……星の内部を巡るってのはデウス・ウェポンと共通か。なら星から魔力を利用した場合は?」

 

 その質問にミアは思い出す素振りを見せ、

 

「これは授業で習って実践した結果なんだけど、人に星の内部を巡る魔力は扱えないわ。星の魔力は強力で膨大過ぎるから操作も受け付けないよ」

 

 ミアの説明に納得がいく。

 星という母なる大地が産み出す魔力は人間には到底扱えるものではない事にも。

 逆にデウス・ウェポンは扱える術を産み出したが、危険性を恐れ不干渉を貫いた。

 自ら産まれた星を滅ぼしたくない。どんな外道や大企業が絶対に踏み越えない暗黙の了解によってデウス・ウェポンは今を維持している。

 それでも未だ戦争経済から脱却できずにいるが、覇王が存命の今ならそれも遠くない未来だろう。

 スヴェンは元の世界の情勢を浮かべつつも、テルカ・アトラスの魔法に安堵の意を示す。

 

「なら安心して魔法が使い放題だな」

 

「まあね! 私は治療しかできないけど!」

 

 自慢げに語るミアを尻目にスヴェンは、視界の端に人混みに紛れる神父や修道女の数が多いことに気付く。

 アトラス教会と邪神教団は敵対関係に有ると聴いてはいたが、こうして町を見回る程度には邪神教団の活動も活発なのか。

 スヴェンは地上の何処かに潜む邪神教団に警戒を浮かべながら、空腹を知らせる腹の虫に眉を歪めた。

 腹が減ってはなんとやらだ。

 

「俺は腹が減った。早いところ酒場に案内してくんねえか?」

 

「良いよ、私もお腹空いたしね。それに今から行く場所は私のとっておきだよ」

 

 楽しみにして! そう言いたげな笑みを浮かべ先頭を歩く彼女の背中に着いて歩く。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 空が夕暮れに染まった十八時頃、酒場に到着したスヴェンとミアは人目に付かない片隅の席に座る。

 酒場内は労働者やそうでもない者達が溢れ喧騒や楽しげな声に包まれていた。

 スヴェンはメニューを決め、いつの間にか隣に座っていたアシュナに視線を移す。

 

「アンタは何が食いてえ?」

 

 メニュー表を差出すとアシュナが意外そうな表情を浮かべた。

 

「驚かないんだ、それに案外優しい?」

 

「付いて来ているってのは分かってんだから驚きようもねぇよ。……それに飯食う時は普通だろ?」

 

「普通……姫様のお金で食べるのも?」

 

 周りに聴こえないように充分配慮された小声にスヴェンが肩を竦め、ミアがくすくすと小さく笑う。

 レーナから貰った活動資金で食事する事に関しては否定しないが、

 

「言い方には気を付けろよ。こいつは俺達三人の旅費から賄ってんだ」

 

「そっか。じゃあ此処から下まで全部」

 

 メニュー表の上から下まで差した指を動かした彼女に、スヴェンの顔が引き攣る。

 

「……冗談だよな?」

 

「冗談だよ? 全メニュー三人前が正解」

 

 誰も酒場の料理全部なんて食べ切れない。ましてやアシュナの小さな身体の何処に入るんだと突っ込みたくもなる。

 

「食い切れんのかよ」

 

「無理、スヴェンならいける」

 

 無理なのかよ。内心で突っ込みを入れたスヴェンはため息混じりに、

 

「全部は無理だ、せいぜい大盛り三品が限界だな」

 

 そう答えるとアシュナの残念そうな視線が突き刺さった。

 

「大人は沢山食べるって聞いた。スヴェンは大人だよね?」

 

「人の胃袋には個々人で許容範囲が決まってんだよ……ってかそんな話し誰から聴いた?」

 

「ミアから」

 

 スヴェンは何を適当な事を教えてるんだと言いたげな視線をミアに向けーー彼女は視線を左右に彷徨わせ、やがて『てへっ』と舌を出して笑った。

 一度こいつをはっ倒してやろうか? そんな思いが腹の奥底から込み上がるが、確かな足取りで訪れた来客に視線が向く。

 私服姿のラオとレイの二人組。そしてこちらの様子を伺う数名の騎士を確認したスヴェンは何食わぬ顔で口を開いた。

 

「おう、アンタらか」

 

 二人はそんな適当なあいさつに頷き、ラオとレイが向かいの席に座る。

 如何やら二人は確かな要件が有って訪れたらしい。

 

「貴殿が旅行のため出発したと聴き驚きはしたが、いやはや納得もする」

 

「全く、僕としては君には是非とも協力して欲しかったんだけどね」

 

 片やおおらかに笑い、片や残念がる素振りを見せる。

 そんな二人にスヴェンは出発前日にレーナと決めた作戦が伝わっていることに感心した。

 本来の目的は避け、スヴェンは表向きの話題を告げる。

 

「そういや、此処に来る道中タイラントに襲われたんだが?」

 

 目撃者多数の襲撃に付いて出すと二人は感情を押し殺した様子で、

 

「なるほど、小隊が追っていたタイラントを討伐したのは貴殿だったか。して、何か見たのかね?」

 

「討伐したのは別の奴だが……襲われた荷獣車から正気を疑うクソダサい紋章を見た」

 

 それが邪神教団のシンボルだと知らない風を装う。

 スヴェンの様子にラオが顎に指を添え思案する素振りを見せ、レイが何か察した様子で口を開きかけーーそれをラオが視線で静止する。

 

「貴殿が見た物は邪悪を象徴する物、深入りせず水に流す事が吉だろう」

 

「あんなバケモンに襲われたのにか?」

 

「命あっての物種と言うではないか。それに慈善事業は金にならんぞ?」

 

 表向きは深入りするなと告げられるがーーテーブルの下越しに手渡された紙にスヴェンは納得した様子で、事前に纏めていた小さな紙を渡す。

 

「分かった、副団長様にそう言われちゃあ仕方ねえ」

 

 わざとらしく肩を竦めるとラオがいい笑顔を向けた。

 

「不甲斐無い騎士団の詫びという訳では無いが、貴殿らには一杯奢ろう」

 

「お酒は呑めない、ジュースでお願い」

 

「あいわかった、ミア殿は如何かな?」

 

「副団長、スヴェンの苦労を考えるなら馬鹿に更に馬鹿になる薬を投与するのは酷なんじゃないかな」

 

 レイの発言にミアが噛み付く。

 

「なによぉ!! 私だってお酒ぐらい呑めますよ! そこの店員さん! 火酒を一杯!」

 

 勢任せに度数が高そうな注文にスヴェンが頭を抱える。

 

「レイ、頼むからそこの馬鹿を煽るな」

 

「すまない、まさかこんなに煽り耐性が低下してるとは思ってもなくてね」

 

「二人して私を何だと思ってるんですか! 美少女とお酒を呑めるだけでもお金払っていいレベルですよ!?」

 

 まだ彼女が酒に対する酒量を知らないが、妙に自信満々な様子が不安を煽る。

 嫌な予感が拭えないスヴェンはレイに視線を向けた。

 

「ミアは酒に強えのか?」

 

「……弱いよ。ただ悪酔いすることは無かったかな」

 

「ふむ、所属問わずの新人歓迎会を思い出すな。あの時のミア殿は即酔い潰れ大人しかった」

 

 それなら別にミアが酒を飲んでも別段問題無いように聞こえる。

 ただ、二人の泳いだ視線がどうにも引っ掛かりを覚えるのだ。

 しかし煽り耐性の低下を考えればーーミアなりにストレスを感じているのかもしれない。

 旅は始まったばかりだが、ストレスで倒れられても面倒だ。

 そう考えたスヴェンは決めていたメニューを注文し、

 

「そういや、妙な女に会ったな」

 

 昼前に出会った女性に付いて切り出した。

 

「妙な? それはどんな女性だったのかな?」

 

「紫の髪に……顔はあんま覚えてねえが、禍々しい魔力を宿してやがったよ」

 

 それだけ告げるとラオとレイが深妙な顔付きで互いに顔を見合わせた。

 恐らく彼女は騎士団が独自に追っていた存在なのだろう。

 ミアから聴いた邪神眷属や悪魔のことも有る。警戒するに越したことはない。

 

「まさかこの町に潜んでいたとは、有益な情報感謝する」

 

 別に大した事は無い。スヴェンは態度でそう示し、運ばれて来たビールを呷る。

 ついでに例の女性に対する警戒を深めるためにスヴェンは質問した。

 

「あの女は何者なんだ?」

 

 するとラオは伏せ目で静かにスヴェンだけに聴こえる声量で答える。

 

「身体に禍々しい魔力を宿しては居るが、かつて邪神に呪われた一族の末裔らしい。それゆえに体内の魔力を正常に浄化する方法を捜しているとも聞く」

 

「邪神眷属や悪魔ってわけじゃねえのか」

 

「うむ。封印から抜け出した邪神眷属や悪魔は邪神教団と共に行動していると聞くが……あの者は単に呪いを解く方法を捜しているに過ぎんのだ」

 

「それでアンタらが追ってる理由ってのは何だ? 聴く限り危険性は少ないと感じるが」

 

「彼女自身に危険性は無いだろうなぁ。しかし、邪神教団にとって邪神が残した呪いは正に邪神の力の一部。謂わば彼女は生きた封印の鍵なのだ」

 

 ラオの耳を疑うような言葉にスヴェンは一瞬だけ言葉を失う。

 これまで封印の鍵が何らかの形をした物だと思い込んでいたからだ。

 

「封印の鍵ってのは生物でも有り得んのかよ」

 

「把握してる生きた封印の鍵は彼女だけでは有るが、スヴェン殿はそちらに関与せず目の前のことに集中するとよいだろう」

 

 確かにラオの言う通り魔王アルディアの救出に専念すべきだ。

 

「そっちの事はアンタらに任せるが……肝心のあの女の名は?」

 

「さて、今は何と名乗ってるのやら」

 

 ビールジョッキを片手に分からないと口走るラオに、スヴェンはそういうものかと理解しては再びビールを呷る。

 その傍ら火酒を一気に飲み干したミアが顔を真っ赤にこちらに詰め寄る。

 酔ったミアが小悪魔的な表情を浮かべ、

 

「スヴェンさ〜ん、楽しんでる? それとも私と愉しむ?」

 

 色気も何も感じさせない阿呆な事を抜かした。

 スヴェンは近付けられた顔を手で遠ざけながら呆れる。

 

「酔うの早えよ」

 

 話しに聞いた通り酒に弱い。次から彼女に酒を呑ませる時は注意を払う必要性に頭痛が起こる。

 

 ーーそこまで面倒見てられるか。

 

 酔い潰れるなら勝手に酔い潰れろ。それがミアに対して出した結論だった。

 

「スヴェン、運ぶのはお願い」

 

 いくらアシュナでも酔い潰れたミアを運ぶのは嫌なのだろうか。

 そもそも身長差的にアシュナでは厳しいものがある。

 それからスヴェンは数十分後にアシュナの言葉の意味を嫌でも理解することになった。

 隣でテーブルに突っ伏して寝息を立てるアシュナに、

 

「運ぶってのはそっちの意味かよ!」

 

 苛立ち混じりに声を荒げた。

 そして左隣に移動してはウザ絡みを続けるミアに苛立ちが加速する。

 

「すゔぇんさ〜んは、もっとわたしをあまやかなさいとだめだよぉ〜?」

 

 酔いのせいか何処か幼さを感じる口調に眉が歪む。

 

「これは地獄かな?」

 

「変わってくんねえかな」

 

「すまない、僕も彼女は苦手なんだ」

 

 お互いに苦手同士でよく食事を摂ろうと思えたもんだ。

 スヴェンは豪快な笑みを浮かべるラオに忌々しげな視線を向け、

 

「明日は地下遺跡観光も控えてんだ、ここいらでお暇させてもらうが構わねえよな?」

 

「うむ、構わぬが公共物を壊してはならぬぞ。あぁ、それと此処は奢ろう」

 

 ラオの忠告にスヴェンは頷き、脇にアシュナを抱え完全に酔っ払い足取りも覚束無いミアを連れ出て行く。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 月灯りと街灯が照らす夜の町並み、影に覆われた路地で酸っぱい臭いが鼻に突く。

 そして視線の下には嘔吐を繰り返し醜態を晒す自称美少女の姿が有った。

 

「残念の間違いだろ」

 

「うぇっ、気持ち悪ぃ〜スヴェンさん、助けて〜」

 

 吐いたお陰が元の口調に戻った彼女に、

 

「宿に着くまで我慢しろクソガキ」

 

 吐き捨てるように告げ、足を動かすと掴まれた。

 訝しげにミアに視線を向けーー申し訳なさそうな表情で、

 

「あの、立てないので運んでくれない?」

 

 そう告げられた瞬間、眉間に皺が寄る。

 運ぶのは簡単だが、脇にアシュナを抱え背中には大切な相棒を背負っている。

 つまり今の自分にはミアを運ぶ余裕が無い。

 

「生憎と埋まってる」

 

「……肩を貸してくれるだけで良いから」

 

「それなら構わねえが吐くなよ?」

 

「全部出したからもう大丈夫」

 

 ミアを立たせ、肩を貸しながらスヴェンはサフィアに戻る。

 そして最初にアシュナを荷獣車に放り込み、宿部屋にミアをベッドに放り投げ、スヴェンは荷獣車の中で睡眠を摂るのだった。


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