転がる岩から逃げる野盗とゴスペル、それらを背後にスヴェンとリノンの二人が下層に到着すると。
どうにか岩から逃げ仰た野盗とゴスペルが息を荒げ、彼等のむさ苦しい汗がユグドラ空洞の地面に落ちる。
行動を共にする気など一切無いがなぜこうも自身の思惑に反して望まない結果ばかりが訪れるのか。
スヴェンはため息混じりに根によって出来た一本道の狭い通路を歩き出す。
上層と変わらない光景、ただ違い有るとすれば異質な空気と、
「うぅああ」
亡者の声と金属混じりの足音だ。視界の先に続く通路からゆったりとした足取りで迫る亡者の群れ。
前回メルリアの地下遺跡で亡者と戦闘したが、前回の亡者は地獄から召喚された存在だった。
しかし今回は敵のーージギルド司祭の趣味か、ここで起きた殺し合いの果てに死んだ者達を亡者として利用している。
死体の有効活用として実に合理的かつ敵に与える精神的負担は大きいが、そんなものはスヴェンにとっては無意味だ。
腐り落ちた顔、ボロボロの衣服と腐りかけの皮膚と剥がれ落ちる腐肉。
いずれにせよこちらに向かって来る以上は薙ぎ倒さなければ進めない。スヴェンがガンバスターを構えると亡者の群れの奥からまた足音が響く。
「スヴェン、アレを見て」
言われるがままに前方に視線を向ければ、曲刀を片手に携えた黒髪の少年。しかし彼の眼には精気は無く虚で泣き腫らしたあとが目元に残されている。
服装は異界人の物にも見えなくもないがーー問題は少年の首筋に張り付いた影の塊だ。
恐らくあの影によって少年の意志とは無関係に操り人形化しているのだろう。
「前方に亡者と異界人と思われるガキだな、知り合いでも居たか?」
「……えぇ、フゲン神父とシスター・リディ。2人ともそれぞれの得物を構えているけれど、腐った筋肉じゃ到底扱え切れないわ」
彼女の悲しげを帯びた声にスヴェンは視線を向ける。
リノンは眉を歪めてはいるものの、取り乱してなるものかと気丈に振る舞っていた。
フゲン神父と呼ばれた亡者が持つハルバート、シスター・リディが持つクロスボウ。どちらの武器も確かに扱うには一定の筋力が要る。
他にもシルフィード騎士団と思われる亡者にゴスペルの配下、その他多数の野盗の亡者に紛れ込む邪神教団の信徒だった亡者が居る。
幸い特殊作戦部隊の姿は見えないが、下手をすればアシュナもあの亡者の群れに加わっていた可能性すら有った。
「このまま突破するが、付いて来れそうか?」
「大丈夫よ、寧ろ相手が亡者ならわたしの出番ね」
リノンが不敵な笑みを浮かべこちらの前に出た。彼女にはアトラス教会で培った魔法が有る。それ以前にリノンの身体能力や巧みに扱うクロスボウの射撃を考慮してもこの場は彼女一人で事足りそうだ。
自身のの思考とは裏腹に視線を向けるリノンに、スヴェンは頷くことでこの場を彼女に任せるっと告げた。
「おやぁ、彼女1人に任せると言うのか?」
「いや、別嬪のシスターはアトラス教会のシスターだ。兄ちゃんの判断は適切だぜ。それにこんな通路で俺達も攻勢に出てみろ、狭い場所で互いの得物を振り回せば悲惨な眼に遭いそうだ」
ゴスペルの右足の頭目が言うことは正しい。
狭い通路で亡者の群れを迎え討つには野盗とゴスペルの人数が多過ぎる。それに加えて連中の持つ得物は剣身の長い武器ばかり。
ガンバスターでさえまともに振り切れない狭い通路ではなおさら武器は非効率だ。
それに亡者には魔法が掛けられている。異界人を基点に発動している魔法が。
「えぇ、おまけに趣味の悪いことに亡者には魔法障壁が張られてるわ」
「アンタの魔法なら障壁も問題ねぇんだろう」
リノンは当然だと言わんばかりに笑みを浮かべ、亡者の群れに対して口を動かす。
「『聖なる声よ響け』」
歌う様に唱えられた詠唱によってリノンの足元に魔法陣が形成される。
「『我、哀れな汝らに告げる。祝福の言葉、祈りを』」
二つ目の詠唱によって足元に形成された魔法陣が拡がり、
「『死せる者に縛られし魂達よ、汝らに幸福と祝福の光を』」
三つ目の詠唱で亡者の集団を温かく、思わず微睡そうになる光が包み込む。
「『汝らに次なる機会が在らんことを』」
そして四つ目の詠唱によって亡者の群れは光と共に跡形も無くその姿を消した。
音も何も無い、亡者はただ光に包まれ消えたのだ。
「はい、浄化と魂送りの魔法完了っと」
狭い通路を埋め尽くした亡者の集団をあっさりと消滅させた者とは思えないほど、気の抜けた言葉で語った彼女にスヴェンは肩を竦める。
亡者は消えたが異界人だけはまだ居る。どうやらあの異界人は完全には死んでいないようだ。
異界人が狂ったように曲刀を振り回し、リノンに向けて駆け出す。
スヴェンは彼女の腕を引っ張ることで背後に追い遣り、振り下ろされた曲刀が目前に迫る。
だが、スヴェンにとって曲刀が振り抜かれ頭をかち割るにはあまりにも速度が遅すぎた。
特にフィルシスと鍛錬を三日通して続けた結果、彼女の剣速に慣れてしまった今ではなおさら。
だからこそ振り下ろされた曲刀の刃を掴んだ。
スヴェンは掴んだ左腕に力を加え、曲刀の刃に対して横に力を加える。
バッキン!! 容易く折れる曲刀の刃。
スヴェンは折った刃をそのまま異界人の脳天に突き刺さす。
頭部から血飛沫が噴出ーーだが首筋に張り付いた影の塊の影響か、異界人は脳天に刃を突き刺した状態で両手を前に走り出した。
「そらよ」
走り出した異界人の腹部に蹴りを入れ、そのまま天井に蹴り上げる。
天井に衝突した異界人には最初から意識も痛覚も無いのか、ダメージを受けている様子が無い。
それはつまり、肉体的なダメージを幾ら与えようとも背中の影をどうにかしない限り異界人は止まらない。
依然として首筋の影の塊を取り除かない限り無駄な体力を消耗するだけ。
あの異界人は脳天に刃を刺された時点で死んでいる。脳の損壊で身体を操れない筈だが、影を血管のように肉体に張り巡らせ操っているのだろうか?
地面に落下する異界人を前に思考を浮かべたスヴェンは、立ち上がった異界人にガンバスターを薙ぎ払う。
ガンバスターの一閃が異界人の首を切断し、首が影の塊と一緒に地面に転がる。
首の断面図から伸び出た蠢く影の触手にリノンの吐息が響く。
「影の塊はブラフ、操るための影は体内に入っていたのね」
「アンタの魔法で祓えるか?」
「任せなさい」
リノンは異界人に掌を向け、スヴェンはポケットから取り出したサングラスを装着する。
「『閃光よ、闇を祓え』」
掌に形成された魔法陣から閃光が放たれ、
「「「ぐわぁぁ!! 眼がぁぁっ!!」」」
野盗とゴスペルの叫び声とと共に影の触手が消滅した。
これで安全に狭い通路を進めるだろう。
スヴェンとリノンは背後で疼くまる野盗とゴスペルを無視して先を目指すべく駆け出した。