スヴェンとリノンのユグドラ空洞探索開始から既に一日が経過、エルナは朝日が昇るミルディル大森林の空を眺めながらリーシャを連れ出したという邪神教団の信徒に付いて思案していた。
「穏健派の信徒、人質とかそういう事を嫌うセリア司祭が来るのかな」
邪神教団の中で高潔な精神を持つ彼女が来ているとすれば過激派の妨害をしてもおかしくは無い。
事実リーシャは連れ出した信徒に付いてこう証言した『誘拐犯の邪神教団とは違って真っ直ぐな眼をしていた』と。
そしてこうも言っていた『わたしを誘拐した邪神教団は全員狂気を宿していたけど、穏健派からは狂気を感じなかったわ』っと。
確かに穏健派は何らかの方法で邪神の狂気から逃れている。いや、違うあの奈落の底全土が邪神の狂気を放つ範囲内だ。
自身と同い年の信徒や異端者は邪神が放つ狂気の周期から偶々逃れていただけで単に幸運に過ぎない。
そんな幸運な信徒と異端者は自身とロイ、そしてヨワンとエル司祭を除いて百人も満たない。
それとは別に邪神解放作戦に紛れて地上に出た同年代の穏健派の信徒と異端者は五十人にも満たなかった。
では同年代のジギルドはどうやって狂気に染まったのか。彼は幼少期の頃から過激派の司祭に育てられていた。歪んだ教育と教典による影響。
「穏健派の司祭はみんな精神力が強いけど、エルロイ司祭が対策を施したのかな?」
封神戦争時代に産まれ、戦争時代を生き延び邪神に呪われ邪神教団を設立するに至った。
長い時を生きるエルロイ司祭なら狂気を防ぐ方法を知っているのかもしれない。
エルナはエルロイ司祭の顔を思い浮かべ、教わった邪神教団の成り立ちや素性に付いて頭に浮かべる。
封神戦争時代に存在していたテルカリーエ大陸の消滅後、人類は新大陸を求めて長い旅に出た。
そこでエルロイ司祭は現在人類が住む大陸の最も北の地、ヴェルハイム魔聖国、フェルム山脈の北ーー霧の地と呼ばれる場所で国を建国したという。
ーー鎖国してるミスト帝国、エルロイ司祭は国の運営を別の人物に任せてるって言ってたけど。
最初は子供に対する単なる冗談の一つだと聴いていたが、ミスト帝国は邪神教団が暮らすための国だったら?
いずれ邪神が狂気を放つ。それをエルロイ司祭が理解していた上で対策した一つだとすれば穏健派の戦力は大規模だと推測が立つ。
「でも司祭達はずっと奈良の底に居たよね?」
少なくともオルゼア王討伐作戦を主導した枢機卿とエルロイ司祭を除いた全司祭は奈落の底で産まれ育った記録が残されている。
ヨワン枢機卿、セリア司祭、エル司祭。穏健派に属する幹部達も奈良の底で産まれ育った。
疑問が疑問を生む。邪神の狂気、穏健派は復活を阻止するために動き、過激派は復活させるために動く。
邪神の矛盾した願いによって邪神教団が歪んだ。それは間違いない。
「……あっ、当初から知ってるエルロイ司祭なら正しく教えられる」
しかしエルナの記憶では、エルロイ司祭が邪神の望みを語った覚えがない。
寧ろエルロイ司祭は邪神の望みに関してはいつも暈して答えていた。
それは相手が子供だから、どちらに転ぶか判らないからだ。
「信用できる人だけに邪神の願いを教えたってことかな」
それは納得ができる。事実ヨワンはエルロイ司祭の推薦のもと邪神に直接枢機卿に任命されている。
エルナは結論に深くため息を吐く。結局判ったのは邪神の狂気と矛盾によって邪神教団が振り回されたことだけ。
答えを知るにはエルロイ司祭かセリア司祭から聴く他にない。
同時に一つ疑問が芽生える。それを気にして答えを求めた所で贖罪は終わらない。
邪神教団設立と邪神の願い、それを知るには自分の肩はあまりにも小さいのだ。
それにリーシャの救出は終わった。終わったというのに胸に焦りが芽生える。
推測と予定に沿って立てた行動方針から大幅に逸れ、最短の結果でリーシャ救出がシルフィード騎士団と特殊作戦部隊によって完了した。
そこに自分達が居る意味など無かったっと思えるほどに。
あとはスヴェンがリノンと一緒に戻り、依頼主のレヴィーー身分と正体を偽ったレーナ姫から報酬を受け取るだけ。
それだけ、それだけなのに胸が不安と焦りに締め付けられる。
「何だろう、この嫌な予感……」
エルナはまだ寝てるロイとラウルを尻目に考え込む。
過激派は邪神の復活を目的に活動しているが、今回のミルディル大森林国の騒動はレーナ姫とシャルル王子を纏めて始末するための行動。
ついでに両国を争わせ、戦争状態に発展させ封印の鍵を捜し出す。
そんな計画が明け透けに見て取れるが、本来リーシャを誘拐してまで婚約破棄を迫ることなど無謀だ。
ただ大衆の眼と警戒をそちらに逸らすことはできる。
そしてジギルド司祭がユグドラ空洞にずっと潜伏してるなら、既に封印の鍵の目星が付いてるのかもしれない。
「封印の鍵がユグドラ空洞に安置されてる? 流石に考え過ぎかもしれないけど、複雑で広大に入り組んだ空洞なら隠し場所としては最適かも」
そもそもジギルドの頭はそこまで良いとは言えない。むしろ自身の欲求に従って忠実に動く男だ。
エルナは不安を祓うように頭を振ってから机に近付く。
まだ片付けてないレポートが有る。不安に駆られるより何かに集中した方がずっと建設的だ。
同時に不安感を放置しては危険だと訴えかける理性にエルナは、レポート用紙に羽ペンを走らせながら正午にセシルに相談することを計画した。
その前にいつまでも寝てる二人を起こさなくては、二人の課題とレポートが終わらないのも事実。
ーー本当はだらだら寝て過ごしたいのにぃ。
いつもならしっかり者のロイが自身の面倒を見るのだが、やはり昨日の疲れが出ているのか。
「もう少しだけ寝かせてあげよ」
そんな結論を出したエルナは提出するレポートを進めるのだった。