傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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21-5.ユグドラの地底湖

 八月二十四日、ユグドラ空洞探索から既に三日が経過した頃。

 スヴェンとリノンは星の魔力が溶け込んだ地底湖に到着していた。

 土の地面に囲まれた地底湖の水面に映り込む魔力の源流、そして星空を見上げた際に映り込む星々の海が水面に映る。

 こんな光も届かないユグドラ空洞の下層で星々の海を見ることになるとは、スヴェンにとって予想外なことだった。

 しかし眼に映る星々の海は星の魔力だ。人類には到底利用できない星の魔力、そしてこの場所に残された子供サイズの靴跡から此処にジギルド司祭が居たのは間違いない。

 スヴェンは地底湖から視線を逸らし、最奥に続くであろう通路に視線を向ける。

 

「奴はこの奥か」

 

 魔力と狂気を含んだ気配、獲物はこの先で準備を整え待っている。

 問題は一人分の魔力と気配だけで悪魔らしき気配が無いことだ。

 少なくともユグドラ空洞に入った時には悪魔の気配も感じていた。単なる不在なのか、それとも……。

 スヴェンはガンバスターを引き抜き、リノンに視線を向ける。

 

「アンタの魔法で此処から狙えるか?」

 

「ちょっと威力が高過ぎて崩落を招くわ、それに殺せたという確証が持てないのは……」

 

「ああ、それは避けるべきだな」

 

 此処からの狙撃は対象を確実に殺したという確証が得られない。

 それにリノンの言う通り、魔法の威力で崩落を起こし殺し損ねる恐れも有る。

 ガンバスターで狙撃するには通路は薄暗く対象の姿が見えない以上は不可能だ。

 そもそも射程内で届く距離に居るとも限らない。

 

「このまま直進するしかねぇか」

 

「……彼は初日の罠以外は大した罠を仕掛けて無かったわ。魔力を温存してるのかしら?」

 

 魔法による罠、術者はその日の魔力を使うだけで済み、消費した魔力はその日の内に回復する。

 だからこそ想定以上に魔法の罠が少なかったことが逆にスヴェンとリノンに一つの推測を立てるには充分だった。

 

「魔力の温存ってよりは油断を誘うための布石だろ」

 

「だよね、魔力って個々人の生成能力と貯蔵量を超えた魔力は貯められないものね……となると非情な対応が必要、か」

 

「……ガキを殺したくねぇならアンタは退路の確保に回っても良いんだぞ」

 

「此処まで同行して今更待機なんて嫌よ、それにわたしは躊躇わない……それは()()()()()()()()()()()()()()

 

 戦場を経験している相棒(リノン)なら相手が少年兵だろうと躊躇わない。

 しかし目の前に居るリノンは相棒(リノン)じゃない。それは間違いないがーーいや、邪神教団の対応任務。その経験を信じてみるか。

 スヴェンはわざとらしく肩を竦めた。

 

「知る訳がねぇだろ、俺とアンタがこうして行動すんのは今回が初なんだからよ」

 

 敢えて突き放すような態度を見せれば、リノンが悲しげな顔を見せた。

 

 ーーやめてくれ、アンタのその顔は見たくないんだ。いや、俺の態度が原因なんだよなぁ。

 

 非が有るのはこちら、戦闘を前に要らぬ感情を抱えたくない。スヴェンが口を開きかけた時、リノンの人差し指がスヴェンの唇に当てられた。

 

「あんまりこういう話は良くないんだけど、終わったらゆっくり話さない?」

 

 人差し指を離した彼女にどう返答するべきか。

 スヴェンは瓜二つの顔を殺した外道だ。本来彼女とは関わるべきでもなければ、協力も今回限りの方が互いのためだ。

 アトラス教会のツテを一つ失うことになるが、ツテはまた時間をかけて信頼を得ながら得ていけば良い。

 しかし本音を言えば彼女が何を話したいのか気掛かりでも有る。

 

「……無事に終わったら考えておく」

 

 酸味に返すとリノンはクロスボウを片手に微笑んだ。

 

「期待しておくわ……おっと、()()はヘマをしないようにしないと」

 

 今回、それはいつの事を指すのか。スヴェンはリノンの言動に戸惑いに似た感情を浮かべながらも思考を戦闘に、傭兵の思考に切り替える。

 足音を消し気配を殺し、下丹田の魔力を極限まで抑え歩き出す。

 リノンが背後から全く同じ方法で付いて歩く。然程難しくない歩術だ、彼女が使えてもおかしくは無い。

 スヴェンは最奥の通路と距離を縮め、壁に身を隠す。

 そして改めて通路を覗き込んだ。

 燭台の灯りが無い真っ暗な通路、魔力の気配が感じられない。

 この中を進むには灯り無しでは危険が伴う。しかし敵に接近を勘付かれるよりはマシか。

 

「この中を灯り無しで進むって言うの?」

 

 不意に空いている左手に細長い指がグローブ越しに握られた。

 

「これなら逸れないわね」

 

「両手を塞ぐのは好ましい状態じゃないんだが……仕方ねえ、アンタが俺の左腕代わりになれ」

 

「もちろん、クロスボウの片手撃ちなんてお手のものよ」

 

 リノンの頼もしい返答を受けたスヴェンは迷うことなく通路に踏み込み、風の音を頼りに真っ直ぐと歩き出す。

 

 二人は互いの手を取りながら足元に細心の注意を払いつつ通路を二時間ほど歩き進んだ。

 何処まで歩いても暗い通路にスヴェンは何も感じず、ただ左手にリノンの手の感触を感じるばかり。

 更に二人が無言で進むこと二時間、漸く視界の先を緑の炎が照らす。

 出口から漏れる緑の炎にスヴェンとリノンは眼を細め、二人は壁際に背中を密着させた。

 そしてゆっくりと出入り口に近寄り、通路の先を覗き込む。

 根が複雑に絡み合うことで出来た広間を緑の炎が照らし、地面に刻まれた大規模な魔法陣と人骨によって組み立てられた祭壇、そして祭壇に祈りを捧げる子供の背中が見えた。

 大規模な魔法陣から放たれる異様な気配、それは言葉で表すなら死者の怨念が渦巻くような感覚と死の気配だ。

 此処で死んだ者達の怨念が大規模な魔法陣に留まり、儀式の準備をしているのは明らか。

 特注された司祭用のローブを身に纏う白髪の子供、腕の袖から見える色白の肌。彼がジギルド司祭だと認識したスヴェンとリノンは、互いに顔を見合わせ頷く。

 封印の鍵らしき物は見えないが、連中の企みは迅速に阻止する必要が有る。

 スヴェンは通路の地面を蹴り、ジギルド司祭に駆け出した。背後からリノンの支援魔法を受けながら。

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