眼を開けたスヴェンの目前に幼い子供が居た。辺りを見渡せば焼け爛れた戦場の広場だ。
なぜ自分は此処に居るのか、直前の記憶を探るも記憶に霞みがかかったように思い出せない。
何か重要な仕事の途中だった。そんな感覚が胸に巣喰い違和感に眉を歪める。
この胸に宿る違和感を放置して良いものか、スヴェンが考え込むと。
「お兄さん、お願いだよ。家族の仇を取ってよ」
涙ぐみながら殺された家族の仇を取って欲しいと訴える幼い子供。
彼が指差す方向に振り向けば、クロスボウを片手に村人を射抜く赤髪の女性の姿が映る。
何処かで見た覚えの有る容姿と身なり、戦場の何処かで遭遇した傭兵か。
それ以前にこの状況が解せない。村人を殺害する女性もそうだが、辺りは焼け爛れ死体の山が築き上げれているにも関わらず炎の温度や蒸し暑さなど感じない。
おまけに血の臭いが戦場にしては薄過ぎる。
ーー何かの幻覚か、幻覚? 俺はまんまと幻覚にかかってるのか?
スヴェンは試しに子供の頭に手を伸ばすーーすり抜ける子供の頭に眉が歪む。
「どうしたのお兄さん、早くあの異端者をやっつけてよ」
なぜ子供は赤髪の女性を異端者と呼ぶのか。デウス・ウェポンの神はデウス神だけだ。
仮に傭兵の中で極め付けの外道なら外道と呼び、異端者とは呼ばない。
目の前の子供は何者なのか、スヴェンは相棒のガンバスターを構えーー赤黒い剣身に眉が歪む。
ーー俺の相棒はいつの間にこんな色になったんだ?
相棒の形状が若干違う。何よりも腑に落ちないのは、相棒の剣身パーツと銃身パーツを変更した覚えがないことだ。
傭兵にとって武器は商売道具と同時に己の身を守るための物だ。それを知らない間に変わっているなど有り得ない。
そもそも自身が携行している装備の数も可笑しい。戦場に向かう傭兵としてはあまりにも装備が少な過ぎる。
武器はナイフとガンバスターの二つ、最低限の装備でモンスターが蔓延る戦場を生き残ることなど不可能だ。
なのに武器はアサルトライフルは愚か予備のハンドガンやヒートナイフも無ければグレネードの携行数も少ない。
スヴェンは不信感と違和感を抱きながら赤髪の女性に視線を移す。
クロスボウ一本で村人を射抜く彼女の行動は可笑しい。
外道と呼ばれる傭兵にもルールは有る。逃げ惑う民間人を無闇に殺害してはならないルールが。
「奇妙な状況だ」
「何が変なの? 早くアイツを殺してよ!」
「……」
この状況では悲痛に訴える子供の声など早速ノイズでしかない。
そもそも彼女はこちらの存在を認識しながら村人だけを射抜くばかりでこちらにクロスボウを向けて来ない。
スヴェンは理解が追い付かない状況に眼を瞑り、ふと下丹田から感じた覚えは無いが、なぜか知ってる気がする存在を感じる。
意識を下丹田のソレに向け、全身に流し込む様に意識を傾ければ慣れ親しんだ様に全身にソレが行き渡る。
--この感覚、何処でだ? 記憶に無いが身体は理解している。
おかしな戦場と子供、村人を射抜く赤髪の女性。そして変わった相棒と下丹田の奇妙な力。
スヴェンは自身の記憶が抜け落ちていることを加味し、一つ結論を導く。
何らかの方法で幻覚を見ている。しかも訴えかける子供は赤髪の女性を殺させたいようだ。
つまりこの子供が敵なのだと結論付けたスヴェンは、問答無用で子供にガンバスターを薙ぎ払う。
上半身から下半身にかけて斬り裂かれた子供が困惑と戸惑いの表情を浮かべながら消えていく。
▽ ▽ ▽
スヴェンがハッと眼を開けば、忌々し気に睨むジギルド司祭と歓喜している複眼の悪魔の顔が映り込む。
--確か瞼の裏に展開された魔法陣をまともに見てしまったんだったな。
直後の記憶を思い出したスヴェンはリノンに視線を向ける。
「戻ったようね、1分近く幻覚に囚われてたみたいだけれどわたしが判る?」
「あぁ、アンタはアトラス教会のシスター・リノンだ。で、敵はクソガキと悪魔だろ」
「正解よ。でもまさかあんな方法で強引に魔法を仕掛けてくるなんて思わなかったわ……危うく貴方を背後から撃ち抜くところだったのよ」
「そりゃあ危ねえところだったな……アンタはどうやって気付いたんだか」
「わたし? わたしは心の自分の訴えに耳を貸しただけよ。スヴェンは敵じゃないってね」
それは直感の類いだろうか? いずれにせよ殺し合いが始まった状況にも理解が及ぶ。
複眼の悪魔による魔法が原因だったのだと。
眼を合わせた瞬間、対象は幻覚に囚われ味方を敵として認識し殺し合わせる。
タチの悪いことに眼を閉じようが防御不可能の魔法だ。複眼の悪魔が本気で殺すつもりなら恐らく違和感など感じさせなかったのだろう。
「悪魔、どういうこと? どうして殺し合いが始まらないんだよ!」
「事前に小僧が払った対価が底を尽きたのだ、直前に張った魔力障壁でな」
既にジギルド司祭を護る魔力障壁は無い。いつの間に消えたのか、そんな疑問が過るが殺すなら今だ。
スヴェンはジギルド司祭に向けて銃口を向けた途端、
「もういい、しばらく身を隠すことにするよ。だから悪魔、ぼくの寿命を対価にそこの2人を酷くたらしく殺し、玩具に作り替えろ」
ジギルド司祭が寿命を対価にそんな命令を言い放つ。
警戒心からリノンとと共に複眼の悪魔に武器を向ける。しかし複眼の悪魔は拍子抜けするような間抜けな表情で、
「寿命が足りぬ。小僧の寿命では足りぬよ。それほど小僧との力量差が有り過ぎる」
まだ幼いジギルド司祭の寿命では足りないと通告した。
単に複眼の悪魔がジギルド司祭が気に食わないから難癖を付けている様にも聴こえるが、複眼の悪魔に動く様子が無ければ最早敵意すら感じられない。
「……ぼくの寿命でこの2人から永遠に逃すことは?」
「可能では有る。
「寿命を対価にぼくを逃がせ」
「承知『汝の寿命を代償に、かの者らから遠ざけよ』」
複眼の悪魔が唱えた詠唱、ジギルド司祭の口から白い光りが抜け出し--複眼の悪魔の口に吸われていく。
アレが寿命なのだと理解したスヴェンはガンバスターの銃口をジギルド司祭に向け、引き金を引く。
銃口から放たれた.600LRマグナム弾がジギルド司祭の目前に迫るも--銃弾が捻じ曲がった空間に吸い込まれ消滅した。
おまけにジギルド司祭の姿も空間と共にこの場から姿を消してしまう。
気配を探れば遠くの方向から複数の気配が、そしてその近くにジギルド司祭と思われる気配を感じる。いずれにせよ此処からでは遠く到底追い付けないだろう。
「チッ、逃げられたか」
「追いかけてもわたしとスヴェンではもうジギルド司祭を害せないわ」
先程のジギルド司祭の言葉、確かに寿命を払う代償に見合う内容では有る。
だが、複眼の悪魔の解釈次第では他の脅威から意味を成さない契約にも聴こえる。
--ああ、なるほど。俺とリノンではどう足掻いてもジギルド司祭は殺せないが他には可能だ。
ジギルド司祭は影の魔法と複眼の悪魔が厄介で、彼単体ではそう脅威にはならない。
そもそも遊ぶことばかり気を取られている限りジギルド司祭の寿命はもう長く無いだろう。
スヴェンはそう理解しながら静かに問い掛ける。
「悪魔、アンタはどうするつもりだ?」
「小僧が死ねば我は地獄に還る。ただそれだけのことよ」
静かに穏やかな口調で語る複眼の悪魔が眼を細め、突如身体が消えかけた。
「ほう、存外早かったな」
それはジギルド司祭の死を暗示しているのか、複眼の悪魔は愉悦が宿った眼差しでほくそ笑みながらこの場から消えた。
その場に残されたスヴェンとリノンは、互いに顔を見合わせ息を漏らす。
どうにも不完全燃焼だ。既にリーシャはシルフィード騎士団とエルナ達によって救出されているはず、この国で残された仕事はもう無い。
そう理解したスヴェンはまだ国内の何処かに居るアシュナを思い浮かべ、
「あ〜次は行方不明中のガキ捜索か?」
何処に居るのやら。そうぼやくスヴェンにリノンが静かに語り掛ける。
「忙しいのね。無事に生き残ったのだから約束は忘れないように」
「村に戻るまでが仕事だ」
「そうね、ジギルド司祭の死体も確認したいわ」
確かに複眼の悪魔は立ち去ったが、ジギルド司祭が確実に死んだという保証は無い。
スヴェンとリノンは最後にジギルド司祭の気配を感じた方向に進み--スヴェンは広場に残された祭壇と大規模魔法陣に後ろ髪引かれ足を止めた。
「あの魔法陣と祭壇は如何する?」
「ちょっと規模が大き過ぎるのよね。それに邪神教団に伝わる秘術みたいだから解析と解体にはアトラス教会の動員が必要なのよ」
「なるほど、この件は姫さんにも報告を入れておくが対応の方は専門家に任せる」
「はぁ〜帰っても此処に戻ることになるって考えると転移魔法の使い手が欲しいわぁ」
確かに片道三日で辿り着くこの場所に往復は面倒だ。
スヴェンは項垂れるリノンを横目に、帰路に付くのだった。