月明かりと星々がエルソン村を照らす中。
スヴェンは大木の根に腰掛け、今後のシルフィード騎士団の動きや残存する敵対勢力の討伐について思案していた。
既にエルナ達が打った対策とセシル達の行動の速さ、何よりも柔軟で軽いフットワークは何処ぞの腰の重い国連とは大違いだ。
テルカ・アトラスに召喚されて四ヶ月余り、時間の流れが同じなら覇王エルデは企業連盟の一角を落としている頃合いか。
それとも時間の流れが違い、こちらの想定以上に彼女の進軍が進んでいるなら企業連盟が落とされていてもおかしくは無い。
もしも戻った時、戦争が無くなっていたら。戦場でしか生き場所のない自分は何処へ行き何をすれば良いのか。
「……先の事なんざ考えても仕方ねえか」
「将来を見据えるのは良いことよ」
声の方向に視線を向ければ、シスター服からラフな服装に着替えたリノンがこちらを覗き込んでいた。
なぜわざわざ着替えたのか、そんな疑問をグッと飲み込んだスヴェンは隣を空ける。
迷う事なく隣に座ったリノンは、
「今のデウス・ウェポンはどんな状況なの?」
取り繕うこともなくそんな質問を。
まだ話していない自身が暮らしていた異世界の名と状況、それを迷う事なく質問した彼女にスヴェンは視線を向ける。
疑わずにはいられない。例え単なる瓜二つの思わせ振りな女性だとしても、彼女がデウス・ウェポンのリノンの記憶を持っていることを。
「……俺はアンタにデウス・ウェポンの存在を口にした覚えはない筈だが?」
「あ〜そうだったわね。……うーん、これはわたしが話したいことと直結しちゃうんだけど、落ち着いて聞いて」
戸惑いと言葉を選ぶリノンにスヴェンは頷く。
「わたしは確かにこの世界、テルカ・アトラスの生まれだけど5歳の頃かな。デウス・ウェポンのリノンの魂がわたしと混ざり合ったのは」
リノンから告げられた言葉。それは困惑を与えるには充分なものだった。
殺した筈の
自身が彼女を殺した瞬間の記憶、共に戦場を駆けた記憶も。
困惑と滅多に鳴らない鼓動が激しく高鳴る。
「……冗談だろ」
自身の戸惑いを隠すためにそう告げればリノンは違うと首を横に張った。
「冗談じゃないのよ。いや、まあ急に言われても信じられないわよね……うーん、何か証拠になることは」
人差し指を顎に添えるリノンにスヴェンは無性に嫌な予感に駆られた。
殺したことを咎められるのか、それは別に罵られても仕方ないことだと割り切れるがーーどう受け止めるのが正解なんだコレ?
記憶を共有しているリノンに喜ぶべきか、それとも彼女の記憶を勘違いだと否定するべきか。
どう対応するべきか適切な判断が浮かばず迷うスヴェンに彼女は思い出したように、
「あっ! ホテルで一夜を共に過ごしたわ!」
そんなことを平然と口走った。
以前に
あの性悪な女が一方的に求める行為とは違うが、かといって受け入れたかと問われればそれも違う。
向けられるあの感情がスヴェンにとっては得体の知れないもので未知のものだった。自身の何かに変化を齎しかねない猛毒のような何か。
戦場を求める自分が変わってしまいそうなあの感覚は今でも恐くて仕方ないものだ。
同時に理解する。リノンは間違いなく彼女の魂と混ざり合い記憶を共有しているのだと。
納得せざる得ない事実だ。だからこそ問うべきだ。
「……理解した。アンタがアイツの記憶を持ってるってことは、俺が最後にしたことも覚えてんだな」
「えぇ、ウィルスによって化け物になり掛けたわたしを貴方が殺してくれたこともね」
「あの時、使えるワクチンは一本だけ。俺も感染し肉体細胞の変異が起こっていたが……アンタも投与すれば助かる筈だった。なのに何故だ? なぜ俺を生かす真似をしたんだ」
「決まってるわよ。わたし、いえ、彼女は貴方を愛してたからよ」
愛などという不確かな感情で自身を生かすことを選んだ? たかが一種の感情のために自らの死を選んだと言うのか。
「愛だとか、んな感情のためにか」
「愛情を知らない貴方が困惑するのも戸惑うのも無理はないわね。けど好きな人に生き残って欲しいと願うのは間違いかしら?」
「……他人が向ける愛情だとかそんな感情は表面でしか、見た情報を繋ぎ合わせてなんとなく察してるだけで理解してる訳じゃねえ。アイツがんな感情を向けて来ることにも正直戸惑いと困惑ばかりだった」
スヴェンは眼を瞑った。考えをまとめるために。
結局のところリノンが自身を生かしたのは、好意の対象だったから。それは理解しよう。
だが、そんな感情を向ける相手に殺しをさせるのはーースヴェンは言葉に詰まった。
戦場に向かう傭兵が時に友人と殺し合うのも、恋人同士で殺し合うのも常だったからだ。
それが自身にも訪れていただけのこと。しかし
スヴェンにとってリノンは肉体関係を結ぼうとも、戦場を共に駆け巡り命を預け合うに相応しい相棒だ。
相棒は何処まで行っても相棒。単に自身の欠落した感情と感性がリノンが抱く好意を受け止められないだけかもしれないが。
スヴェンは眼を開け、改めてリノンを見る。
紅い瞳に映るのはテルカ・アトラスで産まれたリノンだ。もうかつての
「あ〜あの時の俺が生き残った理由は理解したが、アンタも記憶にあんま引っ張れ過ぎるなよ。今の人生はアンタのもんなんだからよ」
「スヴェンって不器用で真面目よね。瓜二つのわたしと彼女を明確に分けて見てくれてるのは嬉しいのだけど、それでもわたしは彼女と混じり過ぎてるのよ」
「……俺に如何しろと?」
「うーん、時折り連絡を取り合って欲しいの。それでたまに時間が合う時には出掛けたり、ね」
リノンはどっちの感情を優先してるのだろうか? 同一の存在だから抱く感情も同じなのか、それとも単に記憶に引っ張られ過ぎた影響なのか。何方かは判らないが、同じ世界を知る者との会話は良い息抜きになるのは間違ない。
「俺にも息抜きは必要だからな、時間が合えばアンタに付き合うさ……ま、依頼が無ければの話だがな」
「スヴェンの職場に転職しようかしら?」
「辞めとけ、俺は3年経てばデウス・ウェポンに帰んだからよ」
「折角恵まれた環境、美味しいご飯ばかりのテルカ・アトラスに召喚されたのに帰っちゃうの?」
それだけテルカ・アトラスは誘惑が多過ぎる。それこそ長いし続ければ傭兵としての自分が死んでしまう。
それは傭兵以外に生きる道を知らないスヴェンにとっての耐え難い死、完全な死だ。
「俺は傭兵で外道だ。一つの存在が与える影響ってのは存外微々たるもんだが、俺はこの世界に戦争を持ち込みたくはねえ」
これは紛れもない本心だ。国家間同士の戦争が無い世界に部外者が悪影響を及ばして良い筈が無い。
それに以前から答えは変わらないが、やはり自分自身はこの世界にとってノイズの一つに過ぎない。だから傭兵としてあるべき場所に戻るのが互いのためだ。
「やっぱり戦場が貴方にとっての居場所なのね。うん、相変わらずバカで安心したわ」
「あぁ、俺はバカなんだよ」
自嘲気味に笑い、それに対してリノンが笑い出す。
やがてスヴェンは彼女の笑みに釣られるように笑った。
たまにはこういう不思議な関係も悪くは無い。
だからこそ彼女には一生を真っ当に生きて欲しい。今度は外道に殺されない人生を。