メルリア到着から二日目の朝。
スヴェンとミアは本来の予定を変更して礼拝堂に足を運んでいた。
招かれた談話室で目前で食えない笑みを浮かべるノルエ司祭にスヴェンが話しを切り出す。
「ラオから渡された紙には此処に向かえ。そう一言だけ書かれていたが、何か知らねえか?」
「我々はラオ殿から異界人の旅行者と協力しろと要請を受けている」
ノルエ司祭は協力と口にしているが、彼の視線には明確な警戒心が表れていた。
幾ら副団長経由の協力要請であろうともスヴェンは異界人だ。これまでの異界人の行動、引き起こした事件を考えれば信用されず警戒されて当然に思える。
スヴェンは面倒半分と納得した様子を浮かべ、
「異界人の行動が姫さんの評判を落としてるとは思っちゃいたが、露骨に警戒されるとはな」
ノルエ司祭がわざとらしく肩を竦めた。
「悪く思わないでくれ、こちらも貴方を判断する材料が不足しているのでね。それに万が一救出作戦が異教徒共に漏れる恐れも有るだろう?」
彼の言う言葉は正論だった。
裏切りかねない異界人を誰も信用できない。レーナが召喚したという肩書きだけでは最早異界人はこの世界に受け入れ難い存在になりつつ有るーー前任者達に文句の一つも言いたいところだが、まだ実績も無いスヴェンにそれを言う資格が無い。
だからこそスヴェンは敢えて旅行者という姿勢を崩さず、
「ま、元々指示に従っただけで協力だとかガキの救出に興味はねえ、俺達は勝手に地下遺跡の観光に向かうだけだ」
あくまでも観光だと強調する。それに対してノルエ司祭はお互いに表立って協力する必要性が無いと判断したのか頷いて見せた。
「勝手に地下遺跡に向かうのは構わないが、子供達を如何する考えだった?」
元々囚われた三千人の子供は突入前にミアを経由してエルリア城に保護を要請、アシュナに転移クリスタルを預け救出を任されるつもりだった。
その際にスヴェンは陽動役に徹しつつ邪神教団を叩くーーしかしそれでも子供に及ぶ被害は免れない。
子供を護りつつ、転移クリスタルを起動させ誘導するには戦力が圧倒的に足りない。
現状採れる手段では子供の無事を保証出来ず、かと言って部外者に協力を求める訳にもいかなかった。
部外者を経由してスヴェンの行動が邪神教団に知られては拙い。まさに孤立無縁の状態。
そしてそこに来て今日、アトラス教会が救出作戦を計画していると知れたのはある意味で朗報だった。
明らかに人数がこちらよりも多いアトラス教会なら子供を任せられる。
そう判断したスヴェンはサングラスを外し、ノルエ司祭の眼を真っ直ぐ見つめた。
「迷子のガキ共を導くのも聖職者の仕事だろ」
「……瞳の奥底に秘められた底抜けの冷たさはさて置き、確かに貴方の言う通り迷子を導くのも我々聖職者の役目だ」
眼を見て意図を察したノルエ司祭にスヴェンがサングラスをかけ直すと、静観していたミアが胸を撫で下ろす。
「スヴェンさんの三白眼で余計に話が拗れるかと思ったけど、眼を見て真意を判断するなんて流石はノルエ司祭ですね!」
称賛の言葉を向けられたノルエ司祭は笑みを浮かべた。
用事は済んだと判断したスヴェンが椅子から立ち上がると、
「あぁ、少しミア殿と話したいのだが、貴方は先に出てくれないかね?」
ノルエ司祭がミアにどんな要件が有るのか容易に察しが付いたスヴェンは、何か言いたげな彼女を置いて先に談話室を出た。
▽ ▽ ▽
礼拝堂の外でミアを待つこと一時間。空を眺めていると西の方角から羽ばたき音に視線を向けーースヴェンは言葉を失った。
突風を撒き散らしながら礼拝堂の上空を通過する大の大人を二、三人程度は乗せられる大鷲の姿に漸く声を絞り出す。
「……マジかよ」
その大鷲が地上に降下し、滞空を始めると大鷲の背中からゴーグルをした少女が飛び降りた。
脇に荷物を抱え、スヴェンの目前で華麗に着地した少女が愛想笑いを浮かべ、
「毎度〜空が繋がる限り何処でも最速でお届けに参る【デリバリー・イーグル】のご利用ありがとうございます!」
営業文句を上機嫌に奏でた。
「あなたがスヴェン様で間違いない?」
「あぁ、間違いねぇよ。……にしてもデケェ大鷲だな」
「およよ? 大鷲を見るのははじめて?」
少女の問い掛けにスヴェンは頷く。
デウス・ウェポンでは既に動物が絶滅し、大鷲もアーカイブに記された記録だけの存在だった。故にスヴェンは内心で密かに本物の大鷲に感動していた。
スヴェンの様子に少女は愛想笑いを向けながら受取り票と羽ペンを差し出す。
「こちらにサインをお願いします!」
手早く受取り票にサインを記し、スヴェンは少女から荷物を受け取る。
そして少女はその場から跳躍しては大鷲の背中に飛び移り、
「それではまたのご利用をお待ちしております!」
そう言って大鷲が土煙りを派手に撒き散らしながら北へ飛び去って行った。
早速スヴェンは備え付けの椅子に座り、荷物からガンバスターの整備用道具、潤滑油と二本の鉄棒ーーそしてブラックからの手紙を取り出した。
「『お前さん、武器構造……内部に空洞、鉄棒二本……』なるほど、武器関係はブラック・スミスに限るな」
辛うじて読める箇所を読み進め、内容を理解したスヴェンは今後もブラック・スミスを贔屓にすると決意する。
そして早速鞘から引き抜いたガンバスターの腹部分に固定されたボルトを外し、腹部分を取り外した。
ガンバスター内部に装着された銃本体とは別に、ひび割れた荷電粒子モジュールを外す。
「見事にコイツだけぶっ壊れてんな」
ガンバスターの内部はご丁寧に荷電粒子モジュールだけを破壊されているが、他の箇所には一切の損傷が無い所を見るに覇王エルデがどれだけの使い手か窺い知れる。
次にスヴェンは銃本体を柄ごと取り外し、シリンダーを開く。
シリンダーから装填していた.600LRマグナム弾を取り出し、手慣れた手付きで素早く銃本体の整備を済ませる。
続いて銃本体を元の位置に装着し直し、銃身を挟んでいた二本の電極を外し、代わりに二本の鉄棒を嵌め込んだ。
そして最後にガンバスターの腹部分をしっかりと固定させ、懸念していた応急処置を済ませるのだった。
▽ ▽ ▽
丁度ガンバスターの整備を終えた頃、ミアが浮かない表情でスヴェンの元に戻って来た。
真っ直ぐとこちらに向ける瞳ーー何か言いたげな眼差しにスヴェンは視線を向け椅子から立ち上がった。
彼女の視線を前にスヴェンは、
「観光案内役を降りるか?」
突き放す態度で接した。
ノルエ司祭にミアが何を話したのか興味は無いが、レーナの依頼に支障をきたすなら此処で彼女を切り捨てるのも選択の一つだ。
しかしミアはスヴェンの考えとは裏腹に取り繕った笑みを浮かべ、
「お給料も良い案内役を降りるとか冗談!」
そう答えた彼女にスヴェンは歩き出し、
「ならさっさと行くぞ」
「早く終わらせて美味しいご飯を一杯食べよ! もちろんスヴェンさんのお金で!」
既にミアから浮かない表情は消え、いつも通りの愛想笑いに戻っていた。
切り替えの速さを見習うべきか。それはそうと一つ訂正しなければならない事が有る。
「そいつは実績を示した後でだ」
「そういう所は変に真面目だよね」
「信頼で成り立つ傭兵稼業だからな、当然のことなんだよ」
こうして軽口を叩き合いながら二人は地下遺跡の入り口へと向かう。