ユグドラ空洞の儀式の間に立て篭もった邪神教団の信徒達は飢えを耐え、出入り口を塞いだ結界をいつ破られるか判らない状態に精神を磨耗し虚な眼で儀式魔法陣を中心に平伏していた。
儀式魔法陣の中心に置かれた指輪の形状をした封印の鍵、祭壇に置かれた頭骨。捧げる供物と封印の鍵を用意した、それなのに一向に封印の鍵から邪神眷属が解放される様子が無い。
「い、一体如何すれば……」
「そ、そうだ、ここに居る全員で殺し合い魂を捧げるのは!?」
「それで解放できなかったら無駄死によ」
精気を失った声が響く。もう全員限界だ、このまま司祭が救援に来なければここに居る信徒は全滅してしまう。
封印の鍵を手に入れ、それでここで全滅してしまけば鍵は回収されるだけ。
それでは完全な無駄死にだ。いくら死後の魂は邪神の贄になるとは言え、責めて死に際に意味を持たせたい。
封印の鍵をここまで運んだ信徒は倦怠感に襲われながら身体を引き摺り、儀式魔法陣の中心にゆっくり歩く。
「何をするつもりだ」
信徒の問いに信徒は答えず、ただひたすらに前に進む。
邪神眷属には器が必要なら何も司祭でなくとも良いでは無いか? 信徒は浮かんだ疑問に突き動かされるように封印の鍵に近付く。
そして信徒は手を伸ばし、掴んだ封印の鍵を手に取りーー信徒は封印の鍵を飲み込んだ。
気が狂った。誰しもが信徒の行動に気が狂ったっと蔑みの眼差しを向け、封印の鍵を飲み込んだ信徒が吐血する。
「カハッ!」
普通の血とは異なる赤黒い魔力を帯びた血が儀式魔法陣に降りかかる。
信徒が何をしても発動しなかった儀式魔法陣が漆黒の光りを放ち始め、黒い瘴気が信徒達に纏わり付く。
身の毛がよだつ、身体の奥底から何かが、失ってはならない何かが魔力と共に吸われている感覚に信徒達は一斉に儀式の間から逃げ出そうと走り出した。
だが、彼らが動くよりも早く黒い瘴気が信徒達から魂と魔力を抜き出す。
事切れたように斃れる信徒達、そして儀式魔法陣の中心で佇む信徒に黒い瘴気が手の形を作り魔力と魂を差し出した。
信徒は差し出された魔力と魂を掴み、口を開けて豪快に齧り付く。
信徒の絶望と恐怖が染み込んだ魔力と魂を噛み締めるように味わう。
ごくり、魔力と魂を飲み込んだ信徒は儀式魔法陣に向けて唾を吐き出し、
「不味い……久方振りの外、久方振りの食事……不快なり」
心底冷たい声が儀式の間に響く。
「それにこの憑代……脆い、脆弱、不足。司祭では無いな? エルロイの小僧でもない」
憑代として信徒の身体は脆すぎた。故に邪神眷属は自身の魔力を憑代に流し込む。
邪悪な魔力が憑代を呑み込み、やがて頭部に禍々しい角が生え右腕が異形の腕に変貌する。
「……変化はここまで。これ以上は憑代が崩壊する」
邪神眷属は忌々しげに天井を睨んだ。これでは封神戦争時代、全盛期の一割にも満たない。
これでは残りの同胞を解放し、邪神の復活を成し遂げられないではないか。
不甲斐ない邪神教団、不甲斐ない憑代。故に邪神眷属は八つ当たりの如く天井に膨大な魔力を解き放つ。
▽ ▽ ▽
スヴェン達が黒いハリラドンが引く荷獣車でエルソン村を目指している頃、それは突如起こった。
ユグラドラ空洞の方向から禍々しい魔力の螺旋が守護結界魔法を貫き、守護結界がガラスのようにバリーンっと音を奏でながら崩壊したのは。
スヴェンは異常事態に黒いハリラドンを止め、ガンバスターを片手に地面に飛び出した。
「何が起きた?」
禍々しい魔力の螺旋、離れたこの場所からでも判る憤怒を宿した魔力。
方角と位置から発生源はユグドラ空洞ーーそれはつまり、最悪の結果を引いてしまったのだと。
スヴェンは額から冷や汗を流しながら舌打ちした。
「お兄さん! ど、如何するの?」
邪神眷属の対処も必要だが、何よりも守護結界が破られたのだ。結果如何なるか分かり切っていること。
「先ずはモンスターの警戒だ……むっ!?」
スヴェンは見た。禍々しい魔力の螺旋を昇る異形の人間、いや邪神教団のフードを着た信徒ーー禍々しい角と異形の右腕。
それが邪神眷属を憑代にした人物が受ける影響なのか、単なる肉体の最適化による変化なのか。いずれにせよ行動に出るべきだ。
スヴェンが荷獣車に乗り込み、再び手綱を打ち黒いハリラドンをエルソン村に向けて走らせる。
「あ、アニキ! ヤバいよ!」
「背後が見えねぇが、確かにヤベェな」
荷獣車の後方から先程まで感じなかったモンスターの気配が複数感じる。
恐らく守護結界によって抑制されていたモンスターが星によって生み出されたのだろう。
それも無理もないユグラドラ空洞から空に向けて破壊を振り撒かれれば星の怒りを買うのも道理だ。
問題は対象が邪神眷属ではなく、人類全てに向けられていることだが。
「ラウル、ロイ、エルナ、魔法でモンスターを迎撃しろ!」
「お、おう!」
ラウルの返事にスヴェンは手綱を打ち、黒いハリラドンをより速く走らせる。
そして討つべき敵ーー邪神眷属を睨むのだった。