九月四日。邪神眷属復活から既に三日が経過し、スヴェン達とレーナ達はそれぞれのルートで巨樹都市ユグドラシルに到着しーー息つく暇も無く樹宮ミルディの会議室に通されることに。
大円卓を囲む面々にスヴェンは視線を向け、シャルル王子とカルトバス森王が放つ威圧感に気押されるラウルの背中を軽く叩く。
「今は気迫に呑まれてる暇なんざねぇよ」
「……アニキ、そ、そうは言うけど平民のおれがこの場所に居るのって場違いなんじゃ?」
まだ子供のラウルが弱気になるのも無理は無い。状況は決めて最悪中の最悪、邪神眷属と竜系のモンスターはしばらく睨み合っていたが昨晩に交戦を開始ーーその結果、破壊されたユグドラ空洞周辺地域はとてもではないが人が住むには厳しい環境へと成り果てた。
たった数時間の交戦で竜系のモンスターは大地に及ぶ負荷を考慮したのか、自ら心臓を貫くことで果て。今もなお邪神眷属は悠然と上空に停滞している。
あんな戦闘を遠目で見せられて心が折れても仕方ない。むしろ生きる為にわざわざあんなものに関わらずさっさと逃げ出した者は懸命と言えるだろう。
「まあ会議つってもアンタらガキ共が前線に出る事なんざねぇよ、責めて避難民に対する配給の手伝いだとかそんなところだ」
ラウル、エルナ、ロイに視線を向けながらそう口にするとシャルル王子が語り出す。
「当然、未来有る子供達に邪神眷属封印作戦に参加させる事はしない。それは幾ら特殊作戦部隊であったとしてもだ」
シャルル王子の決定にスヴェンは何も言わず従うように肯定した。
彼の決定が正論であり、特殊作戦部隊もラウル達も化け物を相手にするには幼過ぎる。
決して彼らの実力を侮ってる訳では無いが、今回ばかりは相手が悪過ぎた。
「そ、それは分かるけど……どうして会議の場に呼ばれたんだ?」
「緊急事態では有るが、若い子供達に経験を積ませるためさ」
シャルル王子は笑みを浮かべながら穏やかな口調でそう言ってるが、恐らく自分達が倒れた時の保険も意味してるのだろう。
彼の言葉に納得したラウル達はそれぞれ話を聴く姿勢を見せ、カルトバス森王が立ち上がる。
「さて、みなもの……如何にしてあの化け物を封印するか。その会議を始めるとしよう」
会議の開催を宣言したカルトバス森王は大円卓の中心に水晶玉を転がし、水晶玉が中心で止まると魔法陣が浮かび上がり宙にオルゼア王の姿が投影された。
それはまるでデウス・ウェポンで使われている天体モニターのような物で、スヴェンはリノンに視線を移すと彼女は笑みを浮かべながら片目を閉じて見せた。
ーーなるほど、デウス・ウェポンで使えそうな技術を魔法で再現させたのか。
『ふむ、全員無事のようだな。こちらはいつでも魔法を使う準備は調っておるが使用は一発限り、それ以上は大地が持たん』
一体何をする気だ? オルゼア王の発言にレーナを除いた全員が宙に投影された彼を凝視する。
『簡単こと、遠距離魔法を邪神眷属に喰らわせるだけのこと。しかしまぁ、一撃で片が付くとは限らん』
一撃で片付くなら是非ともそうして欲しいが、オルゼア王が言った通りミルディル森林国の大地が持たない。
既に最強種の竜がモンスターとして生み出された後だ。万が一更に大地が傷付けば死域を展開するモンスターが数体同時発生する事態になりかねない。
「オルゼア王の助力だけでも心強いものだ……して、問題は如何にして奴を封印するかだがーー」
本題に移ろうとしたその時、背後から物音と騒ぎ声が扉越しから響く。
『な、何者だ!? ぁ……ぅっ』
スヴェンはガンバスターを瞬時に引き抜き、扉の側に移動した。
状況的に招かざる客が襲撃に来てもおかしくは無い。狙いは此処に居る王族か。いつでも襲撃者を討ち取れるようにスヴェンが扉の右壁に背を付ける。
ゆっくりと開かれる扉に会議に参加していたシルフィード騎士団、レイ小隊とミアがそれぞれの武器を構える中、長い緑髪の女性が堂々と姿を現す。
スヴェンはそんな彼女の首筋にガンバスターの刃を当て、
「動くな」
脅しの意味とこれは本気だと殺気混じりの声で警戒した。
「ふぅ、エルロイ司祭の言う通りでしたね」
嫌な名前にスヴェンの眉が動き、エルナとロイが驚愕を浮かべながら彼女の名を呼んだ。
「「セリア司祭!?」」
「はーい、2人とも元気でしたか? って悠長にあいさつしてる場合でもありませんね」
セリア司祭から敵意は無い。それにエルナとロイの安心し切った表情を見るに彼女は穏健派に所属する司祭なのは明らかだ。
スヴェンはガンバスターを彼女の首筋から退け、背中の鞘に納める。
「ってことはアンタがアシュナを保護した司祭か」
「あの子から貴方のことは聴いてますよ、それに安心してください。ルイとアシュナも安全な場所に避難済みですから」
「安全な場所? 今の状況で安全な場所って此処以外に有りますかね?」
ミアの疑問にセリア司祭は微笑む。
「えぇ、ユグドラシル避難所に置いて来ましたよ。考えられる限り安全な場所はそこでしょうし」
樹宮ミルディ内に併設されたユグドラシル避難所。確かにあそこは何重の防御結界に護られている。
ミルディル全国民を収容した比較的安全な場所。だが、そこが地獄に変わるのは巨樹都市ユグドラシルが邪神眷属の手によって陥落した時だ。
「……セリア司祭っと言ったかしら? 貴女に何か秘策が有るの?」
「はじめましてレーナ姫。えぇ、万が一邪神眷属が復活した際の封印方法をエルロイ司祭から聴いています」
封印方法が有る。全員セリア司祭の発言に息を呑んだ。
「方法は三つ。まず現実的では無い方法から……アトラス神の限定召喚です」
その方法にいの一番に反応を示したのは、アトラス教会代表の一人として会議に出席していたリノンだった。
「本当に現実的じゃないわね……現状アトラス神を地上に召喚できるのは肉体の一部だけ。それも僅か1秒だけの召喚よ」
「1秒か……1秒ありゃあ奴に拳を叩き込めそうだが?」
「可能でしょけど、アトラス神の限定召喚には先ず国内に居る全アトラス教会の信徒を掻き集めて漸く魔力が足りるかどうかなのよ……むろん全魔力を使うことになるでしょうから戦闘参加は不可能になるわ」
「おお!」
「可能性が有るなら!」
「神の一撃だ、掠るだけでも相当のダメージが期待できそうかっ!」
オルゼア王の魔法を合わせれば一撃で片が済む。大円卓会の会議所で安堵した声が次第に上がり始めるが、それはあらゆるリスクに眼を逸らした楽観的な思考に過ぎない。
強大な一撃には当然大量の魔力が必要になる。そんな魔力をミルディル森林国、邪神眷属の探知範囲内で行使しようものなら確実にバレて阻止されるかアトラス教会の者達が全滅する恐れすら有る。
それこそ一番避けるべきだ。おまけに一秒という制限時間かつ地上には放てず、狙うなら邪神眷属が停滞している上空に限られる。
アトラス神の一部、その神の全長がどれ程かにもよるがーーやはり確実に当てるには近距離になってしまう。
スヴェンはあらゆるリスクを想定した上で首を横に張った。
「リスクが高過ぎるな」
「えぇ、国内に居る450名の戦闘不能は痛過ぎるわ」
レーナの同意を示す声にリノンも頷く。
「では、二つ目の方法を。……こちらの方法を話す前に先ず邪神眷属の現状をお話ししませんとね」
そう言えば自分達は邪神眷属の現状を知らない。
「エルロイ司祭曰く、今の邪神眷属は過去最低クラスで弱いようです。というのも司祭を憑代に復活した邪神眷属は本来の姿に戻るのですが、一体どうやって復活したのか……不完全な方法による復活で本来の姿に戻っているのは極一部のみ」
「あ、だから右腕と頭部の角だけなんだ」
「察してる者も居るかもしれませんが今の邪神眷属の魔力は、そうですね……エルロイ司祭の話を統合すると一割未満でしょうか」
不完全な復活で本来の魔力の一割にも満たない。それは正に化け物と呼ぶに相応しい存在だ。
「ですので二つ目の方法は、邪神眷属の憑代を壊すことです。恐らく封印の鍵が体内に取り込まれているでしょうが、弱れば弱るほど邪神眷属の魂は封印の鍵に引っ張られ始めるはずです」
そこは恐らくエルロイでも確証が持てないのだろう。
「うむぅ……二つ目の方法が最も現実的だが、三つ目の方法を聴いても?」
カルトバス森王の促しにセリア司祭が静かに答えた。
「最後の方法ですが、邪神眷属を異空間の最果てに追放することです」
それはテルカ・アトラスでは無い何処かに飛ばすと言ってるようなものだ。
無関係な何処かの異世界に邪神眷属が現れ被害を齎す。だが、テルカ・アトラスは厄介な爆弾の一つを物理的に排除した上で邪神復活を完全に阻止できる。
しかしスヴェンは理解していた。第三の方法を良しとする者がこの場に誰も居ないことを。
「……三つ目の方法は論外だ」
「こちらの世界の問題を異世界に押し付けるのはなぁ」
「異界人を召喚したレーナ姫には耳の痛い話でしょうが、やはり異世界を犠牲にして得られる平和など……」
会議に参加した者達が次々に第三の方法を否定する中、カルトバス森王が告げる。
「では我々は邪神眷属と戦い、奴を封印しよう! セリア司祭よ、邪神教団という立場を抜きに我々に助力してくれるかね?」
邪神教団の穏健派である彼女にカルトバス森王が助力を求めたが、善意だけで助太刀はできないだろう。セリア司祭は元々邪神教団の司祭だ、穏健派が所属する組織の利になる交渉を持ち込むはず。
スヴェンは静かに事の成り行きを静観すると、セリア司祭がカルトバス森王に告げる。
「条件を呑んで頂ければ構いませんよ」
「条件? 邪神教団を国教として認めることはできぬぞ」
「我々は邪神教団です、それは当然でしょう。我々、穏健派の要求……我々ミスト帝国を来月に開催される国際会議に参加させて欲しいのです」
フェルム山脈の向こう側。濃霧が広がる大地の何処に存在していると言われているミスト帝国。
スヴェンはミスト帝国に付いて何も知らないが、驚愕する王族やミアとレイの様子を見るにその国に属する者がこの場に居ること事態が可笑しいのだろう。
「待って、貴女はミスト帝国の国民だと言うの?」
「まぁ存在を知ったのも国籍を得たのもアルディア様が解放された後ですけど」
魔王アルディア救出後に存在を知り国籍を得た。それは離脱したエルロイ司祭と合流後、ミスト帝国に匿われたということなのか?
思案するスヴェンを他所にと隣に座っていたエルナが、
「あ、エルロイ司祭が大昔に建国したって話し本当だったんだ」
そんな事を口にした。
「……はぁ〜色々と疑問は多いけれど、ミスト帝国が邪神教団の穏健派の拠点という認識で良いかしら?」
「その認識で構いませんよ」
『ふむ、お主の要求は理解したが参加するには他国の同意が必要ゆえ、こちらの一存では決められぬ』
「各国に書状を送るが、セリア司祭よ。我々は証明して欲しいのだ、邪神教団……いや、ミスト帝国が我々を脅かす存在ではないかどうかを」
「もちろんそのつもりですよ。その前に邪神眷属を封印しないことには始まりませんか」
「協力してくれるというのだな? それならばこちらも誠意を待って対応しよう」
カルトバス森王はセリア司祭の元へ歩み、セリア司祭に握手の手を差し彼女は握手に応じるのだった。
ふとスヴェンがオルゼア王の方に視線を移すと、一瞬だけ彼の背後に目の前に居る筈のカルトバス森王が映ったように見えた。
ーー見間違いか? いや、王族なら影武者は用意しておくもんか。
まさか公的な約束をした相手が影武者。ということは幾ら何でも考え過ぎだ。
スヴェンは浮かんだ推測を捨て、
「思わぬ協力者も得たところで、会議を続けよう」
カルトバス森王の宣言に耳を傾ける。
邪神眷属をどうするのか具体的な方針は決まったが、まだ封印の過程は何も決まっていない。
何処の部隊が先陣を切って攻めるのか、防衛戦力をどの程度残すのかも。
スヴェンは会議が長引くことを予感しながら会議に臨んだ。