スヴェンはアトラス教会の執行者部隊に混じり、なぜ自身が此処に配属されているのか疑問視しながら会議を思い返す。
だが、いくら思い返した所で思い当たる節が無い。いや一つだけ心当たりが有るとすれば隣でクロスボウを片手に魔力を練り込むリノンか。
「なあ、なぜ俺はこんな場違いの場所に配属されてんだ?」
「スヴェンは何処に組み込んでも仕事するじゃない。それに此処は邪神眷属に近い場所よ、貴方の銃弾が届く射程範囲内……」
アトラス教会の執行者が布陣するこの場所は邪神眷属の魔力が届く範囲外にしてオルゼア王が放つという魔法の範囲外だ。
作戦では後方部隊のシルフィード騎士団が遠距魔法による支援を加え、アトラス教会の執行者が接近戦を仕掛ける。
その都度敵の動きによってシルフィード騎士団が突撃を仕掛ける手筈になっているが、後方部隊の配置は邪神眷属まで距離が有る。
恐らく戦闘開始からしばらく持ち堪えなければシルフィード騎士団の突撃は成功しないだろう。
スヴェンは作戦を振り返り、改めて邪神眷属に視線を移す。
それにしても当の邪神眷属は依然として動かない。
既に囲まれている状況下で邪神眷属が魔法の射程範囲に動かないことに違和感を抱き、警戒せずにはいられない。
「射程範囲ってのは分かるが、奴はなぜ射程範囲に動かない? それとも既に奴の射程範囲なのか?」
「可能性としては有り得るわね。でもそれは全員想定内の範疇よ、問題はセリア司祭が邪神眷属に捕縛されること。それだけは何がなんでも防がなきゃね」
リノンの口から出たセリア司祭に対して周囲のアトラス教会の執行者が眉を歪めていた。
無理もないつい先日まで敵対していた邪神教団が穏健派を名乗り協力しているのだ。戦場によって敵味方の立場が急変する事はザラに有り、スヴェンにとっては慣れたものだが彼等が折り合いを付けるには時間が足りない。
「連携にはまだ互いに蟠りが強過ぎる、か」
「当の部隊は遥か後方、レーナ姫達の防衛だからどの道突破される訳にはね」
「アトラス教会、シルフィード騎士団、レイ小隊長に邪神教団の部隊か。突破は困難だろうが相手は人外だ、人の常識は通じねえんだろうな」
モンスターとの戦闘経験は充分に有るが人外相手には経験が少ない。いや、人外級の覇王エルデ、不死のエルロイ、人間を辞めてるフィルシス騎士団長を考えれば多少は気が楽になるか。
思考を浮かべていたスヴェンは遠くから強大な魔力を感じ取りガンバスターを構えた。
そして全員がエルリア方面の上空に視線を向けると、ソレは空間を歪ませながら邪神眷属に向かって直進していた。
此処からでも判る魔力の圧力と圧縮された重力の球体ーー魔法で重力を操れんのかよ!
重力操作は特別な機器や演算処理が無ければとてもでは無いが人が単独で操れる力場じゃない。それを魔法として放ったオルゼア王にスヴェンとリノンの二人は絶句する他になかった。
ーーって絶句してる場合じゃねえっ!
刻々と迫る重力の球体に気付いた邪神眷属が、
「なんだこの魔法はっ!?」
困惑を浮かべ禍々しい障壁を展開し、重力の球体に対して防御を試みた。
アレが重力を圧縮した物なら防ぐことは悪手だ。その証拠に重力の球体が禍々しい障壁に接触した瞬間、障壁は空間ごと捻れ押し潰されーー歪んだ空間と重力の力場が邪神眷属を襲う!
邪神眷属が異形の右腕を突き出し重力の球体を抑えるが、異形の右腕が捻れ重力の力場に飲み込まれる。
ーーベキベキ、ベキョッ!
重力の球体に呑まれた異形の右腕から肉と骨が潰れる音が響き渡り、邪神眷属は呑み込まれた異形の腕を強引に動かすことで重力の力場を利用する事で自らの腕を切り離す。
このままではまともに魔法を受けると理解した邪神眷属が漸くその場から動く。
邪神眷属に向かって再び動き出す重力の球体。それならやるべき事は一つしかない。
スヴェンが邪神眷属に向けて銃口を向け、リノンがクロスボウを向ける。そして事前に詠唱完了されていた魔法が邪神眷属に一斉に放たれる。
「こ、小賢しいっ! 人間如きの魔法でっ!」
降り注ぐ魔法の矢が邪神眷属の動きを止め、重力の球体が背後に迫る。
邪神眷属は魔法を放つ部隊よりも背後から迫る重力の球体に意識を向けていた。
邪神眷属に対して殆ど効かない魔法よりもオルゼア王が放った魔法の方が脅威だ。故に邪神眷属は重力の球体を防ぐことに集中しているためそこが狙いどころだ。
スヴェンはリノンの呼吸に合わせ、魔力を流し込んで引き金を引く。
ズドォォーーン!! 銃声を隠蓑にリノンが光を纏ったボルトを放つ。
雷を纏った弾頭と光を纏ったボルトが背を見せた邪神眷属を貫く。
スヴェンとリノンは入れ替わり立ち替わり、波状に仕掛け邪神眷属の視界から逃れながら死角から立て続けに攻め込む。
「ぐぬっ!?」
全身を穿つ雷と光の柱が邪神眷属を襲い、邪神眷属が蹌踉めく中ーー目前に迫っていた重力の球体に肉体が呑み込まれ、重力の球体が地上に降りた。
重力の球体が大地に触れているにも関わらず、大地が魔法に巻き込まれる様子が見えない。
オルゼア王が大地に傷を付けないように魔法陣に術式を加えたのだろう。
それは判るが邪神眷属の悲鳴が聴こえない。暴れ狂う重力に人体など到底耐え切れない。いくら邪神眷属と言えども肉体の九割近くが人間の身体なら持たないだろう。
そう思いたいが、スヴェンとリノンは眉を歪めた。
普通なら身体を欠損させる.600LRマグナム弾が直撃したにも拘らず、奴に与えたのはせいぜいが銃頭程度の風穴のみ。
本来なら衝撃が拡がり、直撃した箇所を中心に肉体が損壊するのだがその様子は無かった。
「肉体の強度も魔力によって増してんのか」
「これも邪神の加護ってヤツね」
スヴェンとリノンが警戒を向ける中、突如重力の球体に亀裂が走る。
邪神眷属が内部で魔法を使い重力の力場に抵抗しているのか。
スヴェンが推測する中、ますます重力の球体に亀裂が拡がる。
「ま、拙い! 総員魔法用意!」
アトラス教会の執行者を指揮する司祭の指示に執行者が魔法を唱えた瞬間、重力の球体が弾け飛び血塗れの邪神眷属が魔力を激らせながらこちらを睨む。
漸く敵として認識されたが、邪神眷属が一瞬で距離を詰めーー空に左掌を翳し。
「死ね『汝らに滅びを』」
短い詠唱、魔法陣から禍々しい閃光が空に放たれた。
邪神眷属が距離を取る中ーーアトラス教会の執行者が居るこの場所に向けて降り注ぐ。
スヴェンとリノンは同時に駆け出し、降り注ぐ閃光の中を駆け抜けながら邪神眷属との距離を詰める。
だが駆け巡り中、執行者が次々に閃光に貫かれ地面に倒れ臥すーー肩を貫かれ、またある者は腕に掠っただかな即死していた。
そこから判るのは何処に当たろうとも即死する魔法だということだ。
掠るのも危険だと判断した執行者も閃光の雨を掻い潜り、邪神眷属との距離を詰める。
同時にシルフィード騎士団から放たれた魔法が邪神眷属に降り注いだ。
それは断続的に、魔法の終了と共に次々に魔法が放たれ邪神眷属の足を止める。
「鬱陶しい羽虫程度の魔法がっ」
だが、不完全とはいえ邪神眷属だ。そんな相手が何も出来ず一方的に集中砲火に曝されてるほど甘い手合いではない。
邪神眷属は頭部の角に圧縮させた魔力を集中させ、魔力の閃光を角から放つ。
魔法ごと薙ぎ払われるアトラス教会の執行者。スヴェンとリノンは跳躍する事で閃光を避け、互いの獲物で降り注ぐ閃光を防いだがーー邪神眷属を中心に薙ぎ払われた閃光が大地を燃やし、シルフィード騎士団の魔法を打ち消しアトラス教会の執行者部隊の大半が閃光に呑み込まれ跡形も無く消し飛ぶ。
死体さえ残さない魔法にスヴェンは戦意を高揚させ、殺意と共に魔力を練り込む。
縮地によって邪神眷属の背後に回り込んだスヴェンは竜血石製のガンバスターを薙ぎ払う。
魔力で形成させた刃が邪神眷属の背中を斬り裂き、リノンが放ったボルトが邪神眷属の右眼を射抜きーー彼女の左手から放たれた光の光弾が邪神眷属の角を折る。
まだだ、まだ邪神眷属の魔力は減っているが再封印に至る様子は見えない。
スヴェンとリノンは入れ替わり立ち替わり、波状に仕掛け邪神眷属の視界から逃れながら死角から立て続けに攻め込む。
魔力消耗の影響か、確実に邪神眷属にはこちらの攻撃が効いている。
その証拠に憑代から鮮血が流れ、傷口から瘴気が抜け出る。
確実に効いているがアトラス教会の執行者部隊の大半が消滅してしまった。
「……脆弱な人間がっ。邪神様に生み出された我に傷を付けるなど!」
どうやら安っぽいプライドを傷付けてしまったようだ。
スヴェンとリノンは同時に邪神眷属の視界から外れるように動き、死角から再び攻め込む。
ガンバスターに形成された魔力の刃を袈裟斬りに振り、邪神眷属の障壁によって刃が防がれ魔力と火花が散る。
「貴様から死ね」
障壁から刃を遠ざけ、その場から離脱する。
本来なら可能な動きが障壁が生む力場によって身体が吸い寄せられ思うように動けない。
魔力による引力とも言うべきか、不自然な力の流れが身体を引き寄せている!
邪神眷属の左腕に集まる禍々しい魔力、それで貫いてやると言わんばかりに邪神教団が舌を舐めずる。
動けないならやる事は一つだ。スヴェンはガンバスターに魔力を送り込み、魔力の刃を巨大化させ押し斬るように振り抜く。
次第に障壁に亀裂が走り、
「……間に合わんよ」
スヴェンの目前に禍々しい魔力の光が集う。やるだけの事はやったが、それでもまだ死ぬ訳にはいかない。まだ目的を達していない状況で死ねるか。
スヴェンは諦める事なく邪神眷属に殺意を宿した眼孔で睨み、
「き、貴様! 我に殺気を向けるとは!」
禍々しい魔力の光が放たれんと膨張を始めた瞬間、スヴェンの身体を鎖が巻き付き。
「「「せいやぁ!」」」
リノンとアトラス教会の執行者達の掛け声と共にスヴェンの身体は引っ張られ、宙を舞う。
寸前の所で禍々しい魔力のレーザーが虚空を穿つ。あとほんの僅かに遅ければ心臓が貫かれていたことだろう。
しかしこの程度の危機は戦場では常だ。スヴェンは宙から銃口を向け、邪神眷属に引き金を引いた。
今度は圧縮した魔力を.600LRマグナム弾に込めて。