晴れ渡った空が嘘のように雨雲に隠れた頃、スヴェンとミアの二人はーーアシュナが密かに付いて来ている事を確認しつつ地下遺跡の入り口に到着していた。
入り口付近に二人組の男が立っているが、二人がお構い無しに入り口に近付くと。
「待った! 悪いけど本日遺跡ツアーは休業だ」
二人組の男、その片方が淡々と事務的に語る。
男の言い分にミアは可笑しいと首を傾げた。
「可笑しいですね、メルリアの地下遺跡ツアーは年中無休の筈ですよ。それが何の告知も無く突然休業だなんて変です」
パンフレットをチラつかせた彼女の指摘に二人組の男の肩が僅かに強張るのをスヴェンは見逃さなかった。
地下遺跡が邪神教団の潜伏先なら彼らは邪神教団の手先か。それとも子供を人質に取られた従業員の可能性も高い。
前者なら幾らでも脅しようが有るが、後者は人質の安全の為に如何なる脅しにも屈しないだろうーーそれが子を愛する親という存在なら。
思案するスヴェンを他所にミアが任せてと言わんばかりにこちらに視線を向け、一先ずこの場を彼女に任せることにした。
「ツアーを休業しなければならない理由を是非とも教えてくれませんかね?」
ミアは男に愛らしく片目を瞑ると、
「……り、理由か。あまり表沙汰にできない事件が起こったんだ」
男は瞳を泳がせ額に汗を流しながら答え、隣で控えていた男が突如声を荒げる。
「おい! なに勝手なことを!」
叫ばれた男は肩を震わせ、強い緊張感から苦し気に息を乱す。
つまり、事件に付いて話した男は子供を人質に取られたこの町の住人だと判断できる。
そしてミアは声を荒げた男に対して論ずるように笑みを向けた。
「まあまあ、つい守秘義務を口に出しちゃうほど緊張してるようですし? あなたもあまり怒鳴らない方が良いですよ、異界人風に言えばパワハラで訴えられるとかなんとか」
「よく分からんが、兎も角ここは立ち入り禁止だ!」
「そうなんですか。私の調査によれば地下に子供達が居ると通報も有ったんですがね……それも三千人も」
これは動揺を誘う為のブラフだ。
確かに地下遺跡に町の子供達が集められ、人質に取られている事はノルエ司祭との会話でも察する事ができる。
その証拠に緊張に苛まれていた男はミアに安堵した様子を浮かべ、片や殺意を剥き出しに懐から短剣を取り出した。
男が今にもミアに斬りかからんと動き出す。
こうなればスヴェンの行動は迅速だった。
ナイフを引き抜き、素早く短剣持ちの男の短剣を叩き落とす。
突然の事に怯んだ男が咄嗟に魔法の詠唱に入る為に、口を開いた瞬間ーースヴェンは背後に周り込み、背後から羽交締めにナイフを喉元に突き付ける。
ついでに男の首を締め上げながらスヴェンは声に殺気を込めた。
「言え、お前は何者だ?」
彼が魔法を唱えるよりも早くナイフが喉元を掻き切る。
男もそれを理解したのか、魔力を引っ込め詠唱を中断した。
「ぐ、ぐぇ……こ、こんなことして……タダで……」
しかし、どうも拘束した男は状況を把握していないようだ。
スヴェンは敢えてナイフを喉元から離し、
「おっとうっかり手が滑った」
男が一瞬安堵した瞬間ーー刃を頬に突き刺した。
そしてナイフの刃で頬を抉り、血が刃を通たい床にポタリと落ちる。
スヴェンはわざとらしく戯けた態度で男の頬からナイフを引き抜く。
「〜〜〜〜っ!?!?」
男は声にならない悲鳴を上げ、激痛と突然の状況から額に脂汗を滲ませ、そして歯茎が見える程の穴が空いた頬から血が流れ出る。
それを目撃していたミアと男が正気を疑う眼差しをスヴェンに向けていた。
スヴェンはそんな視線を気に留めず平然とミアに告げる。
「おい、コイツの傷を癒やしてやれ」
「えっ? わ、分かったーーかの者に癒しの水よ」
ミアは杖を羽交締めにされた男にかざし、呪文を唱えると淡い緑の光が瞬く間に男の頬の傷口が綺麗に癒える。
頬に穴が空く程の怪我を一瞬で治療してしまえる魔法ーーミアが自負する通り治療魔法はスヴェンが舌を巻くほど素晴らしいものだった。
「もう一度質問する。お前は何者だ? あぁ、警告しておくが、アンタが間違えれば俺は何度も刃を突き立て、そこの女が傷を癒すぞ?」
スヴェンの警告に男の顔が恐怖に染まる。
彼は想像してしまったのだ。何度もナイフで身体の一部を斬られ突かれ苦痛に苛まれ、治療魔法によって傷を綺麗さっぱり癒される拷問を。
男は口元を震わせ、ようやく答える。
「お、オレは……邪神教団の信徒。その一人だ」
「地下遺跡に潜伏する教団の人数は?」
「し、知らない! 他に何も知らないんだ! オレはただ、此処で誰も入れるとだけ命じられてただけなんだ!」
「捕まえたガキ共、捕縛方法は?」
「だから知らないんだ! だいたいオレがこの町に呼ばれて来たのは昨晩のことなんだ!」
男は必死に訴えるように叫んだ。彼の言葉にスヴェンはナイフの刃をゆっくりと喉元に近付けた。
その行動に男は息を飲み、やがて死を覚悟したのか眼を瞑る。
「あぁ、我らが邪神様。敬虔なる信徒がいまそちらに!」
先程までの恐怖と焦りが嘘のように消え、幸福に満ち溢れた表情で邪神に対する忠誠とも取れる言葉を口にした。
どうやら男は本当に何も知らないようだ。
一人脅せば情報が幾らでも得られると鷹を括っていたが、邪神教団は並の兵士とは違うらしい。
スヴェンはナイフの柄の先端を男の側頭部に強く打ち付け意識を刈り取る。
気絶した男をもう一人の男に預け、
「そいつを厳重に拘束しておけ」
言われた男は頷き、
「あ、あなたはなぜあんな事を? 異界人は大抵平和な世界から来たと聞いていたが……」
「中には平和とは縁遠い奴も居るってことだ。……地下遺跡の地図かなにか持ってるか?」
「あ、あぁ。観光に訪れた客人に案内図を渡すのも仕事の内だからね」
そう言って男は懐から案内図を取り出し、ミアに手渡した。
「確かに預かりました……いま見たことと私達の事は他言無用でお願いしますね」
「わ、分かったよ。……地下遺跡には邪神教団が蔓延ってる、くれぐれも子供達に危害を及ぶような真似だけはしないでくれよ」
男の忠告にスヴェンとミアは頷き、地下遺跡に続く螺旋階段から遺跡に入り込んだ。
▽ ▽ ▽
太陽の光も届かない螺旋階段を壁の至る所に設置された魔法による照明の灯りが、足下は愚か螺旋階段全体を照らす。
お互いに無言のまま魔法と気配に対する警戒を最大限に長い螺旋階段を降り進む。
行動を前に非常に良くない空気がミアから発せられ、漸くスヴェンが観念したように口を開いた。
「何か言いたけだな」
恐らく彼女は先程の拷問に付いて言いたいのだろう。半ば予想を立て足を止めず聞けば、
「さっきの行動、いくら相手が邪神教団でもやり過ぎじゃないの?」
想定内の鋭い棘を含んだ言葉、声量は抑えられているが今のミアは感情的だ。
「ガキ共を人質に取るような連中相手に甘えは許されねえよ。下手をすれば奴から俺達の侵入が露呈する、そうなりゃあガキ共はどうなる?」
「確かに子供達は危険に曝されちゃう。だけど、拷問なんてせず気絶だけで良かったじゃない」
「何の情報も無しに突入する馬鹿はいねぇよ。だがまぁ、期待通りの情報は何も得られなかったがな」
拷問の結果で得られたのは邪神教団の不気味なまでの信仰心だけだった。
死さえ恐れない手合いは非常に厄介だ。傭兵として戦場を駆け抜けた経験にーー死こそ安寧と洗脳された少年兵達による自爆特攻を受けた経験も有る。
「代わりに連中の信仰心を知れた、あれは十分に警戒するべきだな」
あの場を眼を背けずに見ていたミアも同意を示すように頷く。
「噂には聴いていたけど、間近で見ると一種の狂気すら感じたわ。だけどスヴェンさんはあの方法をこれからも続けるの?」
視線から感じる先程の男に対する同情心にスヴェンは肩を竦めた。
「俺が傭兵である以上はそうするさ。だが、アンタが敵に対する同情心や情けを持とうがそいつは別に構わねえ」
意外に思ったのかミアは小難しいそうに眉を歪める。
「如何して? 普通なら敵に情けをかけるなって言う所でしょ」
戦場に立つ傭兵をはじめとした兵士になら情けをかけるな、同情するなと教えるがーーミアは兵士以前に傷付いた者を癒す治療師だ。
一応彼女も治療部隊に所属する人間ではあるが、聞くところによれば治療部隊は、傷付いた者達の救護及び治療を最優先に編成された部隊だ。
そこに慈悲の心も有れば、傷付いた者に対する同情心も生まれる。
そんな感情を捨てろとまで言う気にもならなければ、そもそもこの場で外道は一人で事足りるからだ。
「外道は一人で充分だ」
「スヴェンさんはそうやって一人でやろうとしてない?」
「勘違いすんなクソガキ、互いの得意分野を活かしてるだけだ」
不満気な視線がガンバスター越しに背中に突き刺さるが、幾らミアが相手に打撃と治療魔法を繰り返す運用方法を使えたとしてもスヴェンの答えは変わらない。
魔法学院の実習、すなわちルールが明言された実習と戦闘や拷問は違うからだ。
スヴェンはミアの視線を無視して、螺旋階段を降り進んだ。