スヴェンが眼を覚ますと何処かのベッドの上で、月明かりが差し込んでいた。
一体どれだけ気を失ったのか、少なくともベッドの側でうつ伏せに眠るミアとラウルを起こさず現状を把握しなければ。
特に邪神眷属の魔力を込められた槍に貫かれたリノンは治療を受けて一命を取り留めたのか。
一刻も早く確かめたいところだが、看病疲れで寝ている二人を起こす訳にも。
「どうしたもんか」
一人ぼやくっとミアが唸り声と共に身体を起こし、眠たげな瞳で眼を擦った。
「んー? あ、スヴェンさんも目が覚めたんだね」
「あぁ、さっきな……リノンや他の連中は?」
何か知ってる筈のミアに訊ねると、彼女は深妙な眼差しを向けて来る。
まさかリノンに何か遭ったのか。邪神眷属から受けた傷の影響が思わしくない方向に悪化してしまったのか。
スヴェンは嫌な予感を感じながら冷静にミアに耳を傾ける。
「先ずはスヴェンさんの容態から説明させて」
「俺の容態? アンタの治療魔法なら傷付いた内臓も臓器も元通りだろ」
「それはそうだけどさ、酷い状態だったんだよ? 折れた骨の破片が臓器に貫通してたり、内蔵はぐちゃぐちゃで……」
スヴェンは自身の腹部に触れ、痛みも無くミアの魔力残滓が体内から感じることから完璧に治療されているのだと理解した。
「邪神眷属相手にその程度で済んだって喜ぶべきか。奴が放った魔法に執行者が大分殺されちまったからなぁ」
「そう、だね……400人以上の戦死者だって」
四百人以上の戦死者。それ以前に少なくとも守護結界の破壊によって民間人に大多数の犠牲者も出ている。
不完全な復活を遂げた邪神眷属一人が齎した被害は重く受け止めるべきだ。
「今回の件で受けた被害は相当だろ……アンタらはしばらく支援活動で残るのか?」
「この国にも優秀な治療師や医者、それこそ闇医者を含めて揃ってるよ。それに守護結界は既に修復が完了してるから後は結界内部に取り残されたモンスターの掃討で今回の一件は一応の落着と言えるかもね」
「そうか……俺の容態も犠牲者も聴いた。リノン、アイツはどうした?」
「リノンさんの傷事態は塞がってるんだけだ、体内に邪神眷属の魔力残滓が残った影響でしばらくエルリア城で集中治療が必要なの」
邪神眷属の魔力残滓。あの禍々しい魔力から放たれる魔法はどれも即死級のものだった。
リノンが受けた魔法は、邪神眷属の魔力が消耗した際に放たれたもの。その影響で大事に至らなかった考えれば不幸中の幸いか。
それとも魔力残滓を取り除かなければ悪影響を受けるのか。
「邪神眷属の魔力残滓の影響ってのは?」
「邪神眷属の魔力は闇と瘴気、それから今回無数の魂を取り込んで生成された魔力なの。簡単に言えば常人にとって猛毒よ」
「……大丈夫なのか?」
「普通は発狂するか、最悪即死しても可笑しくは無いんだけど、リノンさんは事前に治療魔法の中に浄化魔法も仕込んでいたから助かったみたい」
そういう抜け目のない所も
なにはともあれリノンが無事ならそれで良い。スヴェンが息を吐くと、何か聞きたげなミアの視線に気付く。
「何だ? あぁ、そういえば姫さん達は?」
「姫様ならシャルル王子の手伝いで今も避難民に寄り添ってるよ。あとレイ達は明日から始まるシルフィード騎士団と合同でモンスターを掃討するって」
「寝てる間に色々と決定してんだな。そこで爆睡してるラウルはともかく、ロイとエルナはどうした?」
「あの子達は別の所で休んでるよ。でも2人ともスヴェンさんのことすごく心配してたから気に掛けてあげてよ」
「あぁ、善処はする。アンタの世話にもなったな」
「私のことは別に良いよ。治療が私の本文だからさ」
ミアが治療なら任せろっと胸を張る様子は、頼もしいものだった。
実際に治療魔法一つで損壊した内臓や臓器を完全に再生できる者はミアを置いて他に居ないだろう。それこそ後遺症も無く治療してしまえるのだから、ある意味で再生治療装置以上だ。
「アンタの治療魔法には何度も助けられてんな」
「助けられついでにさ、聴いても良いかな?」
聴いて良いのか迷いを見せるミアにスヴェンは眉を歪めた。
「俺が答え難いことなのか?」
「そりゃあね、スヴェンさんの過去も聴きたいけど。それ以上にリノンさんとの関係が気になるかな。姫様も気にしてるみたいだったし……」
リノンとの関係を改めて問われ、スヴェンは答えに詰まった。
その筈だったのだがテルカ・アトラスのリノンと相棒の魂は融合し、リノンはデウス・ウェポンの記憶を有している。
それこそ不可分無く完全に記憶が有る状態だ。
そのリノンに対してどんな関係かと問われれば、やはりどう答えるのが正解なのか。いや、答えなど明白で迷う必要も無い。あの時、相棒を殺した時から。
テルカ・アトラスのリノンはリノンであり、一時的に共闘した間柄に過ぎない他人ーーいや、他人ってよりも知人の方が適切か。
「あー、アイツはかなり複雑な状態だが関係性で言えば知人だな」
「リノンさんが言ってた通りの返答だぁ〜」
「つまんねえ解答で満足したか?」
「つまんなくはないよ。スヴェンさんにも思う所は有ると思うし、それにリノンさんとはエルリアでいつでも会えるようになるからね」
「……アイツがんな状態なったのは俺が原因のようなもんだからな、時間を作って見舞いぐらいはする」
「それが良いよ、私もスヴェンさんに依頼出すってやっと決断できたことだし」
唐突に切り出されたミアの依頼の件にスヴェンは苦笑を浮かべた。
「随分唐突だな」
「……邪神眷属を見て思ったんだ、いつどんなきっかけで故郷を救う糸口を失っちゃうかもって。そう思った時にはね?」
果たしてミアの期待通りに故郷を救えるのか。それに関して迷う必要は無い。
いつも通り準備を進め仕事に臨むだけのことだからだ。
「アンタの悩みは判ったが、先ずは具体的なことを話して貰わねえと正確な判断はできねえぞ?」
「依頼の事は一度エルリア城に戻ってクルシュナ副所長と詳しく話すよ。スヴェンさんには危険性も隠し事無しに全部話したいから」
「ああ、正確な情報を頼む。ま、アンタは存外嘘を付けねえ性格だ。その辺は何も心配しちゃぁいないさ」
時獄に閉じ込めれたというミアとレイの故郷。故郷の内部がどんな状況で何をすれば解決するのか、そこは入念に話し合わなければならない問題だ。
「うん、詳細は後でね。……そろそろ私も行くね。あっ、依頼の件を言っておいてなんだけど、絶対安静にね!」
ミアの念を押す言動にスヴェンは静かに頷き、彼女が部屋を立ち去るとラウルの寝息が室内に響き渡る。
スヴェンはラウルを叩き起こし、彼を用意された部屋に帰してから眠るのだった。