終焉のタワー
迫撃砲が敵軍を吹き飛ばし、上空を飛ぶヘリが荷電粒子砲によって撃ち抜かれる。
国連の部隊に対して優位に立つ覇王軍が勝利するまであと一押し。
「私が出た方が速いわよ?」
端末を弄るリサラにそう問い掛ければ彼女は視線を向けず、
「確かにあなたが出た方が速いですよ。ですがせっかく仕上がった軍隊、その最後の活躍を奪っては平和は遠くものです」
覇王軍の兵士に任せると譲らない。
彼女の言う事にも一理有り、最後の戦争に向けた軍議でもエルデは後方待機を余儀なくされ、前線はシャルナが指揮を執ることに。
シャルナとジンが部隊を支える事に何一つ文句は無いが、隣に居る腹黒のリサラは未だに信用ならない。
彼女の経歴は調べば調べるほどドス黒い。かつて生物災害を引き起こした国家ととある研究機関に関わり、研究所主任人にスヴェン達の潜入情報をリークした張本人が彼女だ。
リサラが味方部隊に何か仕掛けていないとも限らず、なおさらこの女から眼を離すのは危険過ぎる。
特に今も端末から眼を離さずキーボードを打つ手も止まらない。
一体何をしているのか気掛かりだ。
「平和が遠くかぁ……貴女が訪れる平和を壊さないとも限らないわ」
「如何でしょうね? いずれ戻って来るスヴェンの身柄を譲ってくれるなら大人しく引き下がりますけど」
何処までもスヴェンに固執している。帰って来る保証が無いというのに。
--デウス神はスヴェンが異世界に居ると言っていたけど。
流石に異世界に居るスヴェンにリサラは手を出せないと思うが、彼女の狂愛は常軌を逸脱している。
それこそ覇王軍の一部隊か傭兵部隊を雇って異世界に侵攻しかねないほどだ。
それでは結局のところ自分達がたちまち侵略者として扱われ、戦争経済脱却を謳っていた自身の信念が無駄にされてしまう。
だからエルデは誰にもスヴェンの所在を告げず胸の内にしまった。
そもそも異世界に居るなら彼は、異世界の文明に触れ食文化にも触れている可能性が高い。
平和な世を築くためにはスヴェンが見知った情報も必要になる。
尤もスヴェンが協力してくれるとは限らないし、その為にはいずれ隣に居るリサラを排除しなければならない。
「……それはスヴェン次第よ、私に他人の自由を奪う権利は無いわ」
「国家を解体寸前まで追い込んでいるあなたがそれを言いますか」
現在攻め込んでいるのは国連最後の国、覇権戦争に向けて軍備を蓄えて来ただけは有るがそれでも兵の練度は低い。
既に総崩れになりつつ有る前線を支える程の敵将は向こうには居ない。
あと一時間も経たない内に降伏するだろう。エルデが戦局からそう推測すると耳元の通信機が鳴る。
『こちらシャルナ、敵兵が投降開始してるわ』
シャルナの声にエルデは凛とした眼差しで武器を落とし両手を挙げる敵兵達に視線を移す。
「此処からでも確認したわ。捕虜は規定通りに、ただし大統領の投降は認めないわ」
『了解〜じゃあ派手に吹き飛ばしあげるわっ!』
楽しげなシャルナの笑い声と共に大統領が立て籠っているタワーにグレネード弾と迫撃砲が放たれ、タワーが爆破される。
シャルナのグレネードランチャーから何発も放たれるグレネード弾がタワーの装甲を砕き、露出された壁を破壊していく。
まだあのタワーには何千もの兵士が立て籠っているが、全員を相手にする余力も無ければ敵軍には迎え討つ勇気も無い。
そうこうしている内にシャルナが壁の穴に向けて小型クラスター爆弾を投擲し、大爆発が巻き起こる。
通常なら建物内部から爆破された程度ではタワーは崩れないが、エルデは視界に映るシャルナが片手に小型化端末を取り出しスイッチを押す瞬間を眼にした。
すると覇王軍の数人が背負っていたコンテナが開かれ、百発の小型ミサイルがタワーに向けて一斉掃射される。
ギリギリモンスターが吸収しない程度の威力に留めた兵器だが、それでもタワーを倒壊させるには充分な火力だ。
国連が戦争経済で築き上げた叡智のタワーが倒壊を始め、轟音と砂塵が戦場を呑み込む。
「相変わらず派手ですねぇ〜というかよく許可しましたね、小型ミサイルの携行」
「徹底的に叩くならこれぐらいしないとダメよ。……あぁ、だけど漸く始められるわね」
国連を倒して漸く戦争が無い世界に向けて計画を進められる。
統治下に治めた都市は既に戦争経済から脱却を始め、緑化計画に伴う星の魔力回復計画が始まっている。
それに人々は情報統制、情報操作から解放され国連や企業連の道楽によって戦争が行われていた真相を知った。
真相に戸惑う者こそ多かったが、次第に事実が受け入れられ戦争経済からの脱却を促すことに成功。
間違いなく人類は戦争が無い平和に向けて進み始めている。
しかし平和に成りつつあるが圧倒的に食糧が足りないのだ。
責めてスヴェンが帰還する前に計画を進め、食糧問題解決まで進めなければならない。
これからまだまだ忙しくなるだろうっとエルデは倒壊したタワー、戦場に散らばる敵味方の死体。そして戦場に巻き込まれた市街を眼に刻み込みながら振り向く。
「予定通り住民の救助及び抵抗勢力の撃滅に移るわよ」
「既に全軍に指示は出してますよ〜」
「有能な秘書ね……これで綺麗だったら気苦労も無いのだけど」
「おやおや、何を言うんですか綺麗な顔してるじゃないですか」
誰も顔の話はしていないが、腹黒のリサラに何を言っても無駄だ。
それに彼女はもしかしたらこちらで手を下さなくともスヴェンに殺されるかもしれない。
それはそれで案外双方にとっては最善の未来なのかもしれないなっと、エルデは歩き出すリサラに視線を向けながら次の行動に移るべく動き出した。
▽ ▽ ▽
仕事を終えたリサラは自室に戻るなり机の粒子端末を起動させ狂愛に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「あぁ、異世界に居たのねスヴェン」
スヴェンが消えた場所に遺された微弱な魔力反応から座標データと空間データに様々な計算式を用いて漸くスヴェンが居る異世界を特定した。
彼が戻って来る場所も既に把握済み。
となればリサラの行動は決まっている。
「ふふっ、スヴェンに怨みを抱く傭兵は多いですからねぇ」
傭兵部隊を率いて異世界に攻め込み、改めて彼に教え込まなければならいのだ。
スヴェンは自分のものであり、完璧な傭兵として完成された彼を歪める者達は始末する。
かつてスヴェンが殺した伝説の傭兵と謳われた二人。
一度戦場に現れれば敵は甚大な被害を被り味方は最低限の被害だけで勝利を確約される存在。
彼の両親は世界が幾度も滅び再生する中で生き残り続けた傭兵一族の産まれだ。
それがスヴェンの出自であり一族の血を色濃く引き継いでいる。
だがスヴェンは傭兵として高い実力を有しているが、一族の血。両親の才能は一切引き継げなかった凡人だ。
無意識のうちに本当の家族を求めていたスヴェンは、戦場で実の両親と知らずに死闘を繰り広げた末に殺害。
同時五歳のスヴェンがあの二人に勝てたのは奇跡に等しいが、自身を含めた誰にもスヴェンがあの二人を殺せた理由は判らない。
埋め尽くせない力量と経験の差をどう覆したのか判らないが結果が物語っている。スヴェンが二人を殺し所属している傭兵団を勝利に導いたと。
心の欠落を抱えた単なる殺戮マシーンに成り果てたのは皮肉とも言えるが。
だがスヴェンの心が欠落したのは自らの手で両親を殺した事実を彼を育てた傭兵団のボスに告げられた時だ。
愛情を知らず表面上でしか理解できない彼は戦場で淡々と敵を孤独に葬り続ける姿を見た的味方は、いつの日か孤狼と呼ぶようになったのだ。
リサラはスヴェンの遺伝子データから身体能力データを全て端末に映し出し笑みを浮かべる。
自分の思い通りに従うクローンの作製準備もすでに整っている。
「エルデにバレないように上手く事を運ばないとなりませんね。はぁ〜面倒ですが望みのためには仕方ないですね」
あとはスヴェンの帰還が先か、自ら部隊を率いて異世界に侵攻するのが先か。
どっちに転ぼうともスヴェンが困ることに変わりはない。
万が一事が上手く運べばスヴェンを手中に納め子を成すことも夢ではないし、心を持たない完璧なクローン兵の量産目処も立つ。
リサラは自身の野望に狂愛に溢れた笑い声を挙げ、端末を操作し潜伏中の傭兵達に一斉に依頼を発注するのだった。