過去から
スヴェン達がエルリア城に向かっている頃。技術研究部門の研究所の最奥に安置された羅針盤型に付けられた振り子式の針が突如独りで動き出した。
それを目撃した一人の研究者は抱えていた書類を投げ出してでもクルシュナ副所長の下に駆け出した。
「副所長! つ、遂にあの魔道具が動き出しました!」
書類に羽ペンを走らせていたクルシュナは研究者が告げた吉報に手を止め、椅子を蹴るように立ち上がり、
「メッセージが送られて来たか!」
ルーピン所長が遺した魔道具の起動にクルシュナは歓喜した。
そしてルーピン所長が送ったメッセージを受け取るべくクルシュナもまた研究者と共に最奥の部屋に駆ける。
独りで文字を書き続ける遠距離文通魔道器に駆け寄ったクルシュナは未だ文字を書き続ける様子に眉を歪めた。
長いスクロールに淡々と刻まれるメッセージ、今もルーピン所長が持つ魔道具と連動して機能している。
過去に、ミアとレイの故郷、鉱山村の一つーーエンケリア村で今も村を解放する糸口を捜し続ける彼の過去から送られたメッセージ。
「所長……不幸か幸か貴方は事件に巻き込まれ、過去に取り残された。そんな貴方が送ったメッセージを我輩が活かそう」
クルシュナはルーピン所長も解放するためにスクロールを持ち上げる。
まだメッセージは刻まれているが、エンケリア村を時獄から解放し時の悪魔を討伐する方法に期待したクルシュナは文字を読み上げた。
『クルシュナ君、このメッセージを読んでる頃には何年経っているか判らないけど先ず一つ分かったことを此処に記す。時の悪魔には既存する魔法、物理的な手段は通用しないことが分かった』
時の悪魔などどの国も遭遇した例がない。そもそも時の悪魔が誰に召喚され使役されてるかも問題だと云うのに、既存する魔法が通用しないのであればレイの計画は成功しない。
いや、時獄を突破する手段は判っている。時獄発生時点から過去に存在しているものは通れないが、現代か未来のものなら通れる。
レイの計画では十数年の時を待ち、若い騎士を育てながら新しい魔法で討伐に臨むというものだった。
だが、天才のレイを持ってしても過去の偉人は遥かに天才だ。
実際にラピス王は数多の魔法の開発に飽き足らず、現代に既存する魔道具の基盤を設計し、国土魔法陣や守護結界を完成させた偉人にして天才。
「既存する手段では倒せないか……」
スヴェンの持つ武器はこの世界に存在しない。
しかし問題は.600LRマグナム弾はこの世界の技術で製造した銃弾ということ。
おまけに現在スヴェンが使用している武器が竜血石製のガンバスターだ。
時の悪魔に通用するのはスヴェンが元々所持していたガンバスターだけ。
ならば他の異界人も導入して戦力を調えばっと考える輩も出るだろうが、騎士団の訓練に混じった異界人や先日大会を開催した異界人同士の戦い方を遠目で見学していたがーーやはり頭数にはなり得ない、むしろ無駄に死なせてしまうだけ。
そもそも時獄を通過させるだけでも生きている保障も無ければ無事に帰還できる保障も無い。
それでもクルシュナは無情と言われようともスヴェンに託す他に無かった。
エンケリア村の村人百人全員と鉱石産出量、エルリア最高研究者のルーピンという存在と異界人を天秤に掛けた時、自身の心は冷たかったのだ。
スヴェンと交流し、彼が待つ技術と傭兵としての技量。何よりも魔王アルディアを救いレーナを手助けした恩義も有る。
それに報告ではスヴェンはアトラス教会のシスターと協力しジギルド司祭の討伐と邪神眷属の再封印に関わり、生存したと云う。
それでもクルシュナは一研究者としてエンケリア村とルーピンの救出を選ぶ。
「ならば我輩はミアの計画に賭けよう。例え姫様が反対してでも」
クルシュナの決意に研究者は無言で頷き、メッセージの続きを黙して待つ。
『もう一つ時獄内は一定時間を過ぎると4月10日の9時に時間が巻き戻る……これは時間の螺旋と言うべきかな。まあ興味深い現象では有るけど、君も既に察してると思うけどこうしてメッセージを遺しているということは僕の記憶は残っていることが判るだろ?』
時間の螺旋、時の流れが逆に進み戻るということは本来記憶や状況も戻るはず。
それなのに何故時の悪魔は隙とも言える方法を取っているのか。
クルシュナは時の悪魔の行動に疑念を持ちながらメッセージを読み進める。
『それとね、時獄内の時間は確かに進むけど僕達の歳は取らないんだ。だけど村には老衰間近のピナ老婆が居るけど、彼女は死と生を繰り返している状態だ』
歳を取らない。いや歳も戻るということか。
ピナ老婆ーー我輩の実家に住む妹夫婦はピナ老婆の刺繍入りの織物が好きだったな。
そんな老人が死と生を繰り返しているという事は、精神の磨耗を引き起こすのは必須だ。
いや、そもそも時獄から解放してもピナ老婆の老衰は確定している。
もう一つ、巻き戻る時間の繰り返しは正常な人物の精神までも磨耗させてしまう。
『此処は地獄だよクルシュナ君。まだ耐えている村人も居るけど、廃人になった村人も居る。恐らく10年も保たない、いやあと2年も保たないよ』
エンケリア村の村人全員の廃人化まで二年も猶予が無い。
『それとね、姫様の件にも繋がることだけど時の悪魔は何としても捕獲したい。此処に具体的な方法や設計図も描けないし僕の頭の中に浮かべることもできない……だから方法は君に任せたよ!』
クルシュナは目眩に襲われ、倒れ掛けた体をなんとか耐え思考を巡らせる。
ーー悪魔を捕獲っ!? 瑠璃の浄炎は性質と概念利用の封印だったが、我輩は悪魔を捕獲する魔道具を基礎理論から作れるのか?
いや、作る他に無い。幸いにも城下町には双子の悪魔が居る。
悪魔の知恵を借りれば時獄に弾かれるが、悪魔を閉じ込める方法を携帯可能な魔道具に抑え込む。
そこまで考えたクルシュナはアトラス教会の協力が必要だと悟り、クルシュナは城下町のアトラス教会に向けた手紙を手早く書き上げた。
「キミ、オルゼア王から許可を得てからこれをアトラス教会のカルファ神父に届けてくれたまえ」
「分かりました! オルゼア王にはエンケリア村の件で必要になると伝えておきます!」
手紙を受け取った研究者はそう言い残してその場を立ち去った。
あとは徹夜してでも理論を確立させ魔道具の製造、研究所をフル稼働させても完成しなければならない。
それにミアのことだ、もう彼に依頼の話をしてるかもしれない。
となればスヴェンは準備完了と共にエンケリア村に移動し行動するだろう。
だが、少しでもフィルシス騎士団長と鍛錬して貰い万全に備えて貰わなければ困る。
クルシュナは次のメッセージを読み進め、書き記された村の状況。解決に向けて集った協力者と行動していること。
だが時の悪魔の潜伏場所と契約者の特定には至らないという。
突入後の問題は多々有る。それでもクルシュナはスヴェンという個人に頼る他、道は無いと断言できた。
彼一人に村に住む国民の生命とルーピン所長を託す事にクルシュナは心苦しさを胸に秘めながらルーピン所長の最後のメッセージに沈黙した。
止まる思考と悲鳴を上げる胃の音が耳に響く。