23-1.帰還と
九月十七日の昼下がり。エルリア城内に到着したスヴェン達は荷獣車から降りるレーナとリノンを見送っていた。
「報酬の支払いは貴方の事務所での方が良いかしら?」
「ああ、近日中に頼む……」
スヴェンはリノンに視線を移しては内心で眉を歪めた。
エルリア城を目指す道中、リノンは毎晩に腹部の傷が疼くのか魘されることが多く不自然な魔力の流れも有った。
邪神眷属から受けた魔法の影響なのは明白だが、やはり体内に直接受けたのが良く無かったのだろう。
「あら、珍しく心配してくれてるのね」
心の内を見透かすようにリノンとレーナが向ける笑みにスヴェンはわざとらしく肩を竦めた。
「毎晩苦痛に魘されてる姿を見りゃあな」
「たぶん、気付いてたのアニキだけなんじゃ? 2人は知ってたか?」
「「全然気付かなかった」」
まだ経験の浅いラウル達には大人の痩せ我慢は見抜けないようだ。
「護衛対象の容態を観察すんのも今後必要なことだ、よく覚えておけ」
「お兄さんってたまに無茶言わない? ねぇお姉さん、お兄さんは昔からそうなの?」
「観察眼を養うと色々と便利なのよ。ちょっとした隠し事を見抜くのにもね」
エルナは興味深そうにラウルとロイを見渡し、にやりっと笑った。
ただでさえ二人はエルナにレポートの作成や課題を手伝ってもらってる立場だ。そこにレーナとリノンのような観察眼を修得してしまえば二人の立つ顔が無くなる。
「便利そうだね、今度教えてよ」
「良いわよ、しばらくはエルリア城でお世話になることだしね」
笑い合う二人にスヴェン達は肩を竦め、待機しているレイ達に視線を移す。
彼らもレーナが中に入るまで護衛任務が解けないのだろう。
特にミアは依頼の件が有るからなのか、落ち着かない様子を見せレイに睨まれてる始末だ。
「そろそろ城内に入ったらどうだ? オルゼア王には報告もあんだろ」
「そうね、あまり長居し過ぎるとレイ達も戻れないわね」
そう言ってレーナは自身の荷物とリノンの荷物を持ち、
「流石に姫様を荷物持ちに使うなんて恐れ多いわ」
それでもレーナはリノンの身体を気遣って荷物を渡さず一人歩き出した。
その姿は身なりこそ気品に溢れているが、行動は他者を思い遣る優しい少女という印象が強まる。
それもまたレーナを表す印象なのだろう。スヴェン達は二人が城内に入ってから黒いハリラドンと共に自宅に帰った。
▽ ▽ ▽
自宅の購入から早くも二十日近くも家を空けることになったが、合鍵を預けたエリシェが管理していたおかげで自宅内は以前のまま清潔な状態を保たれていた。
事務室を見渡せば埃一つ無く、代わりにテーブルの上に紙が。
「埃一つねぇとは……しかし留守中の依頼数ゼロ、か」
紙には小さくエリシェの文字でこう記されていた。
『訊ねる依頼人は居たけど、スヴェン不在が影響して踏み切れなかったみたい』
こればかりは仕方ないことだ。何せ自身を含めた護衛が全員不在となれば、いつ帰って来るとも判らないボディガード・セキリュティに依頼するのは躊躇うのも無理はない。
「もしかしてお兄さんの主な収入源って王族からの依頼?」
「……考えたくもねぇことだが、現状主な収入源はまさにそれだ」
しかし次の依頼は既に決まっている。それこそラウル達を連れて行けないような依頼が。
後日、詳細を話すことになっているがミアの依頼を達成するには鍛錬が必要だ。
それこそフィルシスを頼ってでも短期で集中的に鍛える必要が有る。
スヴェンはソファに座り、
「近々ミアから依頼を請けることになってるが、アンタらは学業に専念しておけ」
依頼の話を切り出すと三人から不満の表情と声を向けられた。
「お兄さん……今回はあまり役に立たなかったから?」
「いや、次の依頼も長期的になる可能性が高い。流石に何度も事務所を空けておく訳にもいかねえだろ」
さっきは学業に専念しろと口にしたが、来た依頼を請けるのもラウル達次第だ。
「代わりに俺が留守中の間、来た依頼の対応は任せる」
「あ、アニキが頼ってくれてる!」
そもそもいつまでも三人をボランティアとして使い続ける訳にはいかない。
三人は少なくとも自ら考え行動し、エルナに至っては作戦立案は元より的確な助言もしていた。
それに三人なら手を汚さずとも護衛を果たせるだろう。しかしバイトとして雇うにも先ずはミアの依頼を達成するのが先だ。
まだその時ではないっと結論を出したスヴェンは、
「そういや、アンタらはレポートと課題は終わったのか?」
ミルディル森林国の混乱も有ったが、課題を熟す時間は充分に得られたーーエルソン村の宿屋に置いたままの課題や荷物は全焼してどうにもならないが。
「……全焼した課題以外は終わってるよ。あとは明日の登校日に提出するだけだよアニキ」
ソファに座るラウルとロイの背後で深い笑みを浮かべるエルナにスヴェンは静かに視線を逸らす。
彼らにはこれだけは教えて置かなければならない。
「あ〜あんま借りは作んなよ? 特に女のは高いからよ」
それだけ静かに告げるとエルナが笑い、ラウルとロイの二人がげんなりと肩を落とすのだった。