長いスクロールに描かれたルーピン所長からのメッセージ。不在が続き長くエルリア城に戻らず、なおかつこの時間軸には居ない存在からのメッセージにスヴェンは眉を歪めながらメッセージを頭に叩き込む。
一つ、時の悪魔は過去に存在する魔法や物理的手段が通じない。
二つ、フィルシスの懸念しているレーナが過去に司祭から受けた呪いがいつ発現するのか、それとも発現しないのか。それは判らないが対応する為には時の悪魔との契約が必要になる。
三つ、時の悪魔を討伐し魔道具の中に封じ込め契約にもちこむこと。
四つ、エンケリア村は一定時間を過ぎると時獄に閉ざされた瞬間に戻る。ただし時獄内の人々は記憶は保有し、時間の巻き戻りによって死を回避できる。
スヴェンは最後の項目は自身の専門外かつクルシュナの分野だとして目を逸らす。
「これがアンタの故郷の現状か」
逸らした先に居るミアに問えば、彼女は拳を握り肩を震わせていた。
時の悪魔に対する怒りの感情に塗れた瞳ーーアンタがそんな眼をするなんてな。
「うん、スヴェンさんには過去って言っていいか判らないけど、時獄内部に侵入して貰うことになるけど……帰って来れる保証なんて無いの」
時獄に侵入という事は時間が隔離された閉鎖空間に入るということ。
果たしてそれが時間跳躍となるのかは判らないが、確かにミアの言う通り何の影響も無く帰還できるとは限らない。
「構わねえさ、時獄を解除してアンタの故郷を解放する。それが依頼なんだろ」
少々一人で請けるには荷が重い依頼だが、時獄に入れるのは三年前のテルカ・アトラスに存在しない人物に限る。
現状で侵入可能なのは二、三歳の幼児ーーこれは論外だ。
それ以外となると時獄発生以降からこの世界に召喚された異界人だけ。
「他の異界人は、その頼れないから」
「まあ、時獄内部で余計なことされても困るしなぁ」
異界人には顔見知りは居る。しかし連携を取れるかと問われれば厳しい。
それこそフィルシスとの鍛錬期間中に他の異界人を同行させたとしても厳しいものだろう。
「うん、これはきっちり鍛錬して成功率を上げないとね」
フィルシスの言葉にスヴェンは深妙に頷く。
時獄内の村人は死と生を繰り返し精神の磨耗を引き起こして廃人化している者も居るが、それは最初から時獄内に閉じ込められたからなのか。
仮に自分が時獄内で死亡した場合、果たしてループの影響を受けて死が無かったことになるのか。どう影響を受けるか判らない以上、入念な鍛錬で少しでも成功の可能性を上げなければならない。
「鍛錬期間は2週間と見て……魔道具はどの程度で完成すんだ?」
「うむ、今はアトラス教会に協力を募り悪魔を封じ込める魔道具を基礎理論から構築中ですな……我輩はラピス王が構築した基礎理論に変わる新しい基礎理論で開発しなければならぬ」
「……時間が掛かりそうだな」
「いや、既に基礎理論の構築は半分ほど終わってるところでしてな。諸々含めて10月に入るか入らないかで完成予定ですな」
今日は九月十八日だ。魔道具完成まで十月一日まで掛かるならそれまでフィルシスとの鍛錬期間に充てても良いだろう。
「っとなればギリギリまで鍛錬した方が良さそうだが、長いこと騎士団長を拘束するってのはどうもな」
「鍛錬期間中は当然キミに私の仕事を手伝ってもらおうかな」
「そりゃあ妥当な提案だな。こっちはエルリアの最高戦力を貸切にして貰うってんだからよ」
「うんうん、鍛錬ついでにモンスターと野盗討伐。出来ることは多いんだ」
時の悪魔は魔力伝導率が悪い元々の相棒を使う必要がある。その為鍛錬中は相棒を使った方が為になるだろう。
スヴェンは持って行く相棒を決め、含みのある笑みを浮かべるフィルシスに眼を向ける。
何だと言うのか。彼女が何かを企んでいるのは明白だ。此処は敢えて聞くべきかそれとも無視するべきか。いや、彼女に至っては突っ込んでおいた方が身の為かもしれない。
「随分と含みのある笑みだな……何を企んでんだ?」
「いやぁ、よく使う修行地に天然の温泉が沸いていたことを思い出してね」
「……守護結界の範囲外だよな」
「? 当然じゃないか」
モンスターを警戒しながら温泉に浸かる余裕など果たして有るのか? いや、フィルシスに限ってはどんな時でも油断しないのか。
ならば入浴中であろうとも警戒心を最大限に研ぎ澄ませるのも鍛錬の一つだ。
鍛錬に必要なことを頭で纏めていると、ミアとフィルシスの話し声が耳に届く。
「えっと、混浴ですか?」
「見張りを立てたりお互いに気を使うのは疲れるだろうからね。それに師弟とは裸の付き合いをするものだと聴いた事が有るんだ」
それは違う気がするし、恐らく裸の付き合いは同性だからこそ成り立つことだ。
「フィルシス殿、それは些か違うように思えますな。それに貴女は騎士団長という栄誉有る重職に就く身、少しは慎みを覚えたまえ」
スヴェンが突っ込むよりも先にクルシュナの苦言がフィルシスに放たれた。
だが、彼女は意に返した様子も無く聴き心地良い口笛を吹くしまつ。
「スヴェン殿、この通りフィルシス殿は自由人ゆえに気を付けたまえ」
「あぁ、覚えておこう」
「それで2人はいつ出発するの?」
当然早い方が良いが、フィルシスは騎士団長だ。そんな彼女が今月一杯留守にするとなれば引き継ぎやら細かい整理が必要だろう。
スヴェンがフィルシスに視線を向けると彼女は眼を輝かせながら答えた。
「当然明日に決まってるじゃないか! 移動は転移クリスタルだから現地で鍛錬三昧さ!」
「……騎士団長として引き継ぎやらあんだろ」
「ああ、それなら今日中に終わらせるよ」
彼女に頼る身としてあまり強くは言えないが、ラオには後日酒でも奢ろう。
スヴェンが密かにそう決め、
「で? 他にエンケリア村に関して必要なことはあんのか?」
確認の為にクルシュナとミアに訊ねる。
「ふむ、我輩から何も無いが……スヴェン殿は死ぬ覚悟が有るのですかな?」
「戦場に出るとなりゃあいつでも死と隣り合わせ、その意味では死ぬ覚悟は出来てるが、死ぬ気なんざねえよ」
死ねば目的が達成できずに無意味に終わる。それだけは避けたい。
なによりもデウス・ウェポンに帰還して確認とケジメを付ける必要が有る。その為にもエンケリア村は生還前提で解放する。
「そっか。じゃあ正式な依頼書は後でスヴェンさんの所に持って行くね……あ、それと夕飯は私が作ってあげようか?」
「契約の手続きだけして帰れよ」
「……辛辣ぅ〜」
ミアにはまだ仕事が有る。それに彼女を待つ患者は医務室にも多く居るのだ。それを一個人で拘束する訳にはいかない。
フィルシス騎士団長を一個人で拘束することになるが、彼女の場合は言葉の表現に困るがーー何つうか、配慮するだけ無駄に思えんだよなぁ。
スヴェンはそんなことを内心で思いながら確認事項を済ませてからクルシュナの部屋から退出するのだった。