スヴェンは左手に包みの入った紙袋をぶら下げながら鍛冶屋スミスを訪れ、笑みを浮かべて出迎えるエリシェに普段通りの表情で告げた。
「久しぶりだな」
「うん、久しぶり! 丁度頼まれていたロングバレルと倍率スコープも完成してるよ!」
それは有難い事だが、恐らく修行期間中に使う事は無いのかもしれない。スヴェンがその事を告げるべきか迷うと、エリシェは不敵な笑みを浮かべた。
「ふふっ、今回頼まれていたロングバレルと倍率スコープはスヴェンが以前使っていたガンバスターにも合うように製造したんだ!」
「アタチメントパーツに互換性って最高かよ」
その辺りの事は特に何も言わなかったが、エリシェは自ら判断して互換性の有るロングバレルと倍率スコープを製造した。
職人としても専属としてもエリシェは充分に働いている。ましてや長期の留守までも……。
だからこそ正直に言わなければならない。これからの予定を含めた全てを彼女にだけでも。
「あー、実は明日から預けてた相棒が必要にってな。それにまた2、3週間ほど留守にする」
「おー? ガンバスターなら手を加えずに整備してたけど、改良してた方が良かった?」
「いや、寧ろ今回の依頼はそれなりに厄介な案件でな……まず、この世界で製造された武器は恐らく通用しねぇ。だからガンバスターが必要なんだ」
まだ全てを話した訳では無いが、エリシェは思い当たる節が有るのか考え込む素振りを見せる。
やがて一つ結論に至ったのか、彼女の表情から笑みが消え憂いを含んだ眼差しを向けた。
「それってミアの故郷のこと? えっと、じゃあスヴェンは1人であの結界を超えるって言うのっ?」
「まあ入れるのが俺や異界人しか居ねえからな。それに3週間程はフィルシス騎士団長と鍛錬することになってんだ」
「……2人きっりで?」
「そうなる。今回の件の留守番はラウル達に任せてるしな」
「えっと、昨日ミアが言ってたけどさ。いまエルリア城に居るリノンって人もスヴェンと深い関係なんだって?」
深いようで浅いが複雑な関係に変わりはない。その辺の事情も歳頃の少女にとっては気になる話題なのか、エリシェから向けられていた憂いを含んだ眼差しは嘘のように好奇心を宿した眼差しを向けられていた。
しかしミアから何処まで事情を聴いているのかは判らないが、
「まあ複雑な関係ってのは確かだな。って言っても会ったのはミルディル森林国になるがな」
「そうなの? そう言えば説明が難しい複雑な関係って愚痴ってたかも」
「愚痴? アイツが何か悩むことでもあんのか?」
「えっ? それ本気で言ってるの……あ、本気で言ってるんだ」
ミアが何に対して悩む必要が有るのか。
生きて戻って来れるか確証も無い依頼、そしてリノンと自身の関係性に関する悩み。
そこまで考えたスヴェンは肩を竦めた。
「アイツが俺とリノンに付いて悩んだ所で、俺は請けた依頼を遂行するだけなんだがなぁ」
「スヴェンならそう言うと思ってたよ。でもこれだけは忘れないでよ? あたしとミア、それからレヴィもスヴェンのこと……えっと大切に思ってるからさ」
エリシェの眼差しから感じる感情は友愛に近い感情だ。向けられる感情にスヴェンは内心でため息を吐く。
まだ友愛を向けられるほど交流を重ねたとは思えないが、彼女の自宅に招待されミートパイをご馳走になった。その事を考えれば確かに友情を向けられてもおかしくは無いのかもしれない。
いずれ別れることになるが、今はブラックとの契約に従って悲しませないように努力するべきだ。
「そうかい、それなら今回も生きて帰還しねぇとな」
「そうだよ? 帰って来て貰わないとせっかく契約を結んだ意味も失くなっちゃうんだから」
「あぁ、それよかガンバスターを持って来て貰って良いか?」
これから三週間分の準備もしなければならない。その意味を踏まえて彼女に告げると、エリシェはパタパタっと慌ただしくカウンターから奥の扉に駆けて行く。
一人残されたスヴェンは棚に並べられた武器を見渡す。
魔力を含んだ長剣、観るだけで全てを貫けそうな槍、重々しく分厚い。それでいながら洗練され研ぎ澄まされた刃を持つ大剣の数々。
ブラックとエリシェは職人としても相変わらず腕が良い。これだけの武器を鍛造できる腕を持ちながら、店内はスヴェン一人だけ。
奥から聴こえる鉄を打つ金槌の音、エリシェがドタドタっと走る音が響くばかりで思いの外静かだ。
鞘に納まったガンバスターを両手に抱えたエリシェがカウンターと頼んでいたロングバレルと倍率スコープを重そうに置いた
「ふぅ、重かったぁ」
「まあ、ガンバスターは少女が運ぶには確かに重いわな」
「流石に魔力を活性化させないと持ち運べなかったよ」
「無茶はすんな、次から言えば運ぶ」
「えっ!? そ、それはちょっと……」
なぜ赤面するのか。そう言えばガンバスターの保存場所は何処だったか。
彼女の反応を見るにガンバスターはエリシェの寝室に保管されていると推測できる。
でなければ彼女が赤面して狼狽える理由が無い。
「あー、悪い配慮が足りなかったな」
「や、確かにあたしの部屋に保管してるけど……別にスヴェンに入って貰っても困ることは無いよ。ただ、もっとガンバスターの重みと感触を堪能したいの!」
少女の部屋に男が入る込むことに対する配慮のつもりで詫びれば、返答は全然異なるものだった。
しかし、武器好きのエリシェなら無理もないことなのかもしれない。
スヴェンは敢えて何も突っ込まず、代わりに周囲に視線を向け、
「そう言えば客が居ねえな」
失礼だと思いながらその事を問えばエリシェは笑みを浮かべる。
「ウチはけっこうオーダーメイドが多くてさ、完成した品はデリバリー・イーグルで配送して貰ってるの。でも遠路はるばる買いに来るお客も結構居るんだよ」
「へぇ、わざわざ遠くからか。ま、確かにアンタらの腕は良いからな……危険を犯してまで買いに来るってのは理解できる」
「嬉しいこと言ってくれるね。あ、背中のガンバスターもウチで預かる? 結構ヤバい敵と戦ったて聴いてるし」
確かに使わない間は竜血製のガンバスターを預け、整備して貰った方が効率的だ。
スヴェンは迷う事なく背中のガンバスターを鞘ごとカウンターに置き、替わりに相棒を背中に背負う。
竜血製のガンバスターよりも相棒は軽い。その分だけ背中が僅かに軽くなったような気がするが、すぐに感覚も元に戻るだろう。
ガンバスターの次にロングバレルと倍率スコープを手に取り、程良い重量でいながら丈夫な造りに感心が浮かぶ。
ロングバレルと倍率スコープを装着して試し撃ちしたい衝動を抑えながらサイドポーチにしまい、
「整備費の代金は?」
竜血製のガンバスターに掛かる整備費に付いて訊ねる。
だがエリシェはこちらの意に反してこう告げた。
「あたしはスヴェンの専属だからそれぐらいタダで良いよ」
少なくとも整備に手間暇掛かるガンバスターをタダで整備すると。それは幾ら何でも悪い。
職人が手間暇掛けるならそれに見合った報酬を支払うのがスヴェンの心情なのだが、エリシェの眼から絶対にタダでやるっと鋼の意志を感じる。
何か礼をしたい。そこまで考えたスヴェンは彼女に手渡す予定で買ったスイーツを思い出す。
「っと忘れるところだった……コイツは留守番の礼だ」
ずっと左手にぶら下げていた紙袋をエリシェに手渡すと、彼女は不思議そうな眼差しで小首を傾げた。
本来ならばミルディル森林国の土産を買って渡すべきなのだが、生憎と買っていた土産物は全て燃えてしまった。
仕方なく『女性にも人気!』『本日数量限定!』 そんな謳い文句を掲げた【ペ・ルシェ】のシュークリームとエクレア、数種類のショートケーキを購入したのだが、正直甘い物はあまり好みじゃない。
だから何が正解なのかは分からない。
「えっと【ペ・ルシェ】の紙袋……っ! ね、ねぇ! 中身を聴いても良い!?」
捲し立てるように問うエリシェにスヴェンは気押されながら静かに答えた。
「あー、何が良いのかよく分かんねえから人気らしいシュークリームやらエクレア、それと何種類かショートケーキを買ったな」
「それっ今日数量限定のヤツだよ! 実はね! 店番が無かったら買いに行こうと思ったんだけど、でも閉店時間だと売り切れてるから買いに行くのも諦めてたの!」
「思い付きで買ったんだが、正解だったのか」
「でもよく買えたね!」
「偶然、一つずつ残っててな」
それだけ告げるとエリシェは嬉しそうに、そして大事そうに紙袋と竜血製のガンバスターを抱えた。
「もうこれだけで整備も頑張れるよ! 今日のご褒美に食べちゃおうっと!」
そう言ってエリシェはまた奥の扉に駆け出した。
用事も済んだスヴェンはスミスから静かに立ち去り、三週間の鍛錬に必要な物資を買いに市場に歩き出した。