翌日の朝。準備を済ませ、留守をラウル達に任せたスヴェンはエルリア城の地下広間に来ていた。
宙に浮かぶ大型転移クリスタルの前で待っていたフィルシスが静かに笑みを浮かべる。
「早速行くかい?」
「あぁ、出発は速い方が良い」
非常に短い問答でフィルシスは大型転移クリスタルに手を触れ、そして念じるように眼を瞑る。
大型転移クリスタルが輝きを放ち、眩い光が二人を包み込む。
転移は一瞬の内に終わり、スヴェンの鼻に土と草木の臭いが届く。耳に流れる水源の水音、モンスターの遠吠えが聴こえる。
肌に纏わり付く湯気にスヴェンは眼を開け、目前に広がる広々とした温泉とそこに浸かる大猿、狼、野生のハリラドンが映り込む。
エルリア国内の何処かに位置するフィルシスの修行地、星の魔力が溶け込んだ天然温泉に動物が浸かっているのも驚きだが、モンスターの気配が今まで訪れた生息地域よりも多い。
「モンスターが多いな」
「これぐらいじゃなきゃ鍛錬にはならないよ。それにキミは魔力伝導率の低いガンバスターで、魔力を使わずに相手にしなければならないんだ」
今まで相棒のガンバスターで戦っていた従来通りの戦闘スタイルに戻す。
魔力を纏わせれば余計な消耗を強いられるなら最初から魔力を使わずに戦った方がマシだ。
「そっちが本来の戦闘スタイルだ」
「うんうん、私と基礎を重点的に使った鍛錬と魔力を使った鍛錬、襲撃に来るモンスターの相手を繰り返すけど構わないよね?」
モンスターとフィルシスを相手に戦い続ける。それも傭兵として戦場では良くあることだ。違いが有るとすれば鍛錬を挟むという点だ、それも強者であるフィルシスとの鍛錬だからこそ望むところだ。
しかし時の悪魔には魔法が通じない。それは既にこの世界に存在する魔力も通用しないことを意味する。
自身は異界人だ、下丹田に生成される魔力はデウス・ウェポンの魔力。理論上ではこの世界に存在しない魔力として認識してされ通用するかも知れないが、時の悪魔が概念で無効化するならやはり魔力そのものは通じないのかもしれない。
魔力を宿す武器が相棒のガンバスターではそれも無意味だ。
無意味と理解しながら魔力を扱った鍛錬を怠って良い理由にはならない。それはそれで今後の依頼の為にも必要な技術だ。
だからこそ魔力の鍛錬も必要で決して欠いてはならない。
「あぁ、望むところだ……で? 今から野営地の設営か?」
「温泉の近場は湿度が高いからねぇ。此処から少し離れた場所に良い場所が有るんだ」
そう言ってフィルシスは荷物を片手に歩き出した。
▽ ▽ ▽
三十分ほど平地を歩くと座るには丁度良い丸岩が並ぶ岩場に到着した。
以前から使われていた焚き火の跡にスヴェンは眼を向け、近場に荷物を降ろす。
そこにフィルシスが荷物を置き、懐から一つの宝石を取り出した。
魔力を宿した宝石をフィルシスが地面に放り込むと、宝石から魔法陣が展開され、荷物の周辺を魔法陣が包み込む。
「コイツは?」
「野盗も出没する場所だからね。荷物の所有者を識別して弾く結界……安置結界を張ったんだ」
「へぇ、そんな便利な魔道具が有ったんだな……簡易的な守護結界はねえのか?」
「有れば便利だけど、まだ開発に至って無いよ」
「ってことは俺とアンタで交代で見張りか」
「え? 楽しい鍛錬に睡眠時間は必要かい?」
意気揚々と告げるフィルシスにスヴェンはげんなりとした表情で肩を落とした。
寝ずに戦闘継続は可能だが、それでも限界はやはり訪れる。
スヴェンが寝ずに戦闘可能な日数は十日間だけ。そこにガンバスターに魔力を纏わせた鍛錬も入れば恐らく五日も保たないだろう。
「今回の魔力を使った鍛錬は消耗も激しい。五日保つかどうか怪しいところだな」
「丸一日保つだけでも御の字だけど……ああ、忘れるところだったよ。キミは鍛錬を終えた後にエンケリア村に向かう事になってるんだった」
「ああその予定だな」
「うん、それなら休息はしっかり摂った方が効率的だね」
確かに今月一杯鍛錬に費やすとなれば身体を酷使し続けても効率が悪いだけだ。
フィルシスの言う事に同意し、頷くスヴェンに彼女は思い出した様に告げる。
「忘れるところだったよ。さっきの温泉は星の魔力を含んでるからなのか浸かるだけで傷が癒やされるんだ」
傷を癒す温泉。確かに鍛錬地としては持ってこいの場所だ。何よりも治療や傷を気にする必要が無いのは有り難い。
「癒しの温泉か、ソイツは持ち帰りたいもんだな」
「以前試してみたんだけどダメだった。詳しい原理は判らないけど、温泉から離れると普通のお湯になるんだよ」
「土地由来、いや星の魔力が関係してそうだな」
「恐らくはそうなんだろうね……さてそろそろ鍛錬を始めるかい?」
同意を求めている割には既に剣を抜刀している。
もうやる気で今直ぐ始めたいっと眼で語るフィルシスにスヴェンは背中のガンバスターを引き抜くことで答えた。
二人はその場から離れ、遠くから斬撃音が響き渡ることに……。