傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-8.邪神教団

 スヴェン達が螺旋階段を降り進んでいる頃。

 地下遺跡には入口から各区画に続く通路が有るが、そこを通り抜ければかつて繁栄を築いた町の名残が出迎える観光地だ。

 だが、本来観光客で賑わう地下遺跡は何処で啜り泣く子供達の声が絶えず響き、怪し気な集団が徘徊していた。

 そんな地下遺跡の何処かの部屋ーー紫色の炎が灯る暗がりの部屋に二つの影が揺らめく。

 どちらも邪神教団の紋章を刻んだ白いフードを目深に被り、正体を隠しながら華奢な体格の方が口を開いた。

 

「報告を。昨日メルリアに入った異界人に付いて」

 

 淡々と男性とも女性とも判断が付かない中性的な声が響く。

 報告を受けた銀髪の男ーーランズはメルリアに入った二人組の顔を思い起こしながら耳を傾ける。

 同時に昨日街道で行われた戦闘もランズは、荷獣車の中で見ていた。

 可憐な青髪の美少女が手綱握るハリラドンの荷獣車に並走していたのもランズが乗っていた荷獣車だった。

 

「タイラントを助太刀有りとはいえ、単独で相手にする異界人に監視を付けた所。昨日の昼頃に数人の監視員が消息を絶った」

 

 この場を預かる身として自身の預かり知らない所で監視員が消息を絶つ。

 むろん目の前の信徒が取った行動に何も間違いは無い。エルリア城から出発した異界人は警戒するに越したことはないのだから。

 ましてや単独で、しかも魔法を使わずに戦闘経験と身体能力だけでタイラントを相手に切り抜ける人物を警戒しない方がおかしい。

 しかし、気配遮断に長けた監視員が行方不明になった点に引っ掛かりを覚える。

 邪神復活を誓った同志は、恐らく始末されてしまったのだろう。

 ランズは溢れ出す怒りを抑え、冷静に確認するように問うた。

 

「なに? 我々が保有する監視員がか?」

 

「そうだ。定時連絡の時刻を過ぎても彼らは誰一人戻って来ることは無かった」

 

 気配遮断に長けた監視員を感知するには、相応の感知魔法や技量が必要不可欠だ。

 あの異界人は魔法を使えない、それはタイラントとの戦闘を見れば一目瞭然だ。

 なら同行していた青髪の少女か。いや、それも無いだろう。あの少女はエルリア城に潜む内通者によれば治療魔法しか使えないと聴く。

 二人の何方でも無いなら自ずと彼らの姿が浮かぶ。

 

「エルリア魔法騎士団が動き出したのであれば魔王を砕くしかないが……」

 

 万が一エルリア魔法騎士団が動いたとなれば、こちらは見せしめに魔王アルディアを砕く。

 だがそれをしてしまえば人質を失い、あの召喚魔法に長けたレーナの手によって邪神教団は想像以上の痛手を被ることに。

 ランズは空に召喚される無数の竜、精霊を想像して顔を青褪めさせた。

 

「……騎士団は誰も我々に対して動いていない。いや、昨日は今朝から路地裏を根城にした泥棒を拿捕した程度かな」

 

 それでは誰が監視員ーー同志を始末したというのか。

 

「もしや監視対象が何か行動を? それとも誰か協力者が居る可能性も」

 

 協力者の存在。確かにその線は濃厚と言えるだろうが、果たしてレーナの依頼を断った異界人に対して誰が協力するのか。

 

 ーー確実に居る。異界人に協力してもおかしくない勢力が。

 

 メルリアには忌々しいアトラス教会が我が物顔で活動している。

 二週間程前に町の子供を全員攫い、エルリア王家に対する交渉及び戦闘の準備を進めてきた。

 町の子供が全員誘拐されるという大きな事件を起こしたのだから教会が異界人の出発に合わせて動くのも必然とも思えた。

 しかし教会が動くと言うことは殲滅戦に移行する準備が既に完了しているに違いない。

 敵対しているとはいえ、教会の調査能力も決して侮れない。

 

「異教徒共が動き出したか。拠点の防備を固めた所でもう遅いのだろう?」

 

「アトラス教会は今日中に攻め込むだろう」

 

 報告を受けたランズがため息を吐く。

 エルリア城に内通者を忍び込ませ、内部事情を探らせつつ子供を盾に攻め込む段取りだったが儘ならないものだ。

 まだ攻め込む為の準備が整わず、集う筈の戦力も各地に分散したまま。

 それも仕方ない。本来の目的は封印の鍵の探索と回収なのだから。

 優先事項の違いにランズが眼を伏せると、暗がりの部屋にコツコツと足音が響く。二人が警戒を向けると、

 

「折角協力してやってるのに、いちいち警戒されるのは心外なんだけどなぁ」

 

 紫色の灯りに照らされ、腰に一風変わった武器を携行した黒髪の少年の姿が顕になる。

 彼もまた邪神教団に降った異界人の一人だ。

 

「今から侵入者が此処に来るが、お前にも戦ってもらうぞ」

 

「へぇ? 侵入者って同じ異界人かな」

 

「アトラス教会の執行者達だ。お前と同じ異界人は今は何をしてるのやら」

 

 監視員が消息を絶ったため、二人組の足取りが追えなくなった。

 タイラントを単独で相手に出来る奴など野放しにしていい理由も無いが。

 

「ふーん? なら異界人の方は俺が始末してこよう。ほら愛刀にも血を吸わせてやりたい所だったし」

 

 そう言って黒髪の少年は自慢げに得物を引き抜いた。

 異世界の刀と呼ばれる武器をエルリアの鍛治職人に鍛造させた物らしいがーーランズは思考を打ち切る。

 彼の実力であの異界人を倒せるとは思えないが、気分を害しては余計な事を話される可能性も高い。

 ランズは取り繕った笑みを浮かべ、褒めるような口調で

 

「ほう……お前の剣ならば敵はそうそう居ないだろう。ならば異界人同士、存分に殺し合ってくれ」

 

「そう来なくちゃ。敵に音もなく殺される恐怖を存分に味合わせてやるさ」

 

「……お前の魔法には邪神様も期待している」

 

 その言葉に気を良くしたのか、黒髪の少年は意気揚々と出て行った。

 彼の気配が遠かったのを確認したランズが改めて訊ねる。

 

「時に某国で活動している同志から何か連絡は?」

 

「あぁ、それに付いては朗報が届いている」

 

 期待を胸に膨らませ、朗報に耳を傾ける。

 

「『計画は上手く行った。八月には行動を起こせるだろう、成功すれば教団の懸念は幾つも解決することになる』と」

 

 ここ一番の朗報に胸が弾む。

 

「わたしにこの場を任せてくださったあのお方にもいい報告ができるな」

 

「……あぁ、最後に異教徒共にも我々の意地と執念を見せて付けてやろう」

 

 二人は覚悟を持った面構えで互いに頷き合う。そしてそれぞれの得物を手に、地下遺跡に施した魔法を発動させた。

 それから程なくして地下遺跡全土を激しい揺れが襲い、亡者の叫び声が反響する……。


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