地を走る斬撃が斬痕を残し地平線の彼方に消えて行く。
魔力を使わない単純な剣技にスヴェンは感嘆の息を漏らし、同時にこの鍛錬期間で果たして何処まで物に出来るのかが疑問として芽生える。
そして時の悪魔に対する有効手段は最後の.600GWマグナム弾のみ。時が遡る閉鎖空間内で良くも悪くも使えるのは一回限りだ。
一度外してしまえば以降は時の悪魔が警戒し、銃弾は通用しないっと考えるべきだ。
「遠距離攻撃手段に乏しい俺にとっちゃあ必要な技術、か」
射撃と衝撃波以外の遠距離攻撃ーー既に斬撃を飛ばすことは可能だがまだまだ練度が不足してるのは当然として、問題は時の悪魔に当てられるのかという課題も有る。
「キミは戦闘に関する筋は良い……うん、違うね才能に溢れてるって言うべきかな」
フィルシスの言う才能。それはきっと殺しに対する才能だ。
ただ生憎と自分は才能に溢れている訳では無い。観察眼から身体の動き、細かな筋力の運動を見極められるのも単純に傭兵として培った経験に過ぎない。
「俺には才能ってヤツはねえよ。ただ経験して得たもんだけだ」
「経験を糧に……それならキミはたったいま鋭い斬撃を経験したことになるね」
確かにフィルシスが放った練度の高い斬撃を眼にした。後はそこまで至るためにひたすら努力する他にない。
そうと決まればやる事はもう決まっていた。スヴェンはガンバスター構え直し、フィルシスに刃を向ける。
鍛錬の再会、そう受け取ったフィルシスも構えを取った。剣を中段に構えながら剣先をこちらに向けるーー構えの名前は知らねえが、確か隙を少なく振り抜けたな。
剣の振り方、構え方を色々試している内に身に付けた構えの一つだったが戦場で構えを取る必要性が薄い。
そもそも敵は上品に構えを取る隙など与えてはくれないのだ。
「これはアンドウエリカって子から聴いたんだけど、霞の構えって言うらしいね」
「なるほど? 前回の鍛錬じゃあ見なかったが……」
「私も色々模索するものさ……でもこの体制なら振り下ろしと斬り上げを瞬時に使い分けられるかな」
確かに構えからして見ればフィルシスの言う通り利点が有る。何よりも彼女の佇まいに隙など無い……いや、隙に関しちゃあ構えは関係ねえな。
フィルシスなら不意打ちだろうと対応する。スヴェンは確信を抱きながら地を踏み抜く。
高速で地を駆け、フィルシスの背後からガンバスターを左薙に払えばーーガキィーン! 彼女の剣の刃に弾かれる。
そのまま刃を一閃するもフィルシスが放つ薙ぎ払いに刃が弾かれた。
弾かれる度に刃を振り抜き、剣の刃に衝突し火花を散らしながら互いの刃が弾かれーーそんな応酬の繰り返しにフィルシスが笑みを零す。
ならばっとスヴェンはガンバスターを振り抜くタイミングずらした。
フィルシスの刃が振り抜かれた瞬間、スヴェンは身体を捻ることで彼女の刃を避けーー回転斬りを繰り出す。
「甘いよ」
刃を避けられたフィルシスは後方に跳躍するこでこちらの回転斬りを避けた。
彼女が難なく回転斬りを避ける。それも予測済みだ。
スヴェンはそのまま刃を強引に振り上げることで、まだ宙に居るフィルシスに孤月の斬撃を飛ばした。
騎士甲冑を装備した状態では空中で姿勢を変えることは難しい。難しいがフィルシスなら難なくやってのけるだろう。
それとも先程見せた斬撃で斬撃を両断するか。
スヴェンが彼女の行動に出る前に脚力に力を込める。
「良い狙いだ……ハァッ!」
フィルシスは剣を縦に音速で振り抜き、鋭利に飛翔する斬撃を放ち向かう斬撃を両断しーースヴェンは咄嗟に身体を捻ることで彼女が放った斬撃を避けた。
地面に刻まれる斬撃の痕に喉が鳴る。万が一まともに受ければ身体が容易く両断されていただろう。
スヴェンがフィルシスに視線を向けると、彼女は宙を蹴る様にーーおい、ちょっと待て……何をする気だっ!?
姿勢がまるでプールの壁を蹴るような状態だ。しかも空中で、蹴る物など何も無い空中でだ。
いや、アシュナが見せた魔法陣を足場にした移動方法。自分自身も魔力の力場を足場に加速したことは有るがーーフィルシスはまだ魔力を使ってすらいない。
嫌な予感にスヴェンは彼女を迎え撃つべくガンバスターを構える。
そしてフィルシスは弾けた。空気を両脚で蹴り加速力を加えてこちらに突進し刃を振り抜く。
「チィッ!」
ガンバスターを薙ぎ払うことでフィルシスの剣を受け止めも、彼女の全体重と騎士甲冑の重みがガンバスターを襲う。
スヴェンは力を込め刃を振り切るも、フィルシスは剣を軸にそのまま跳躍し背後に回り込んだ。
そして首筋に突き立てられる刃にスヴェンはわざとらしくガンバスターを落とす。
「これで1回死亡だな」
「ふふ、これで私の一勝だね」
いつのまにそんなルールになったのか甚だ疑問だが、スヴェンは先程フィルシスの取った行動に突っ込みを入れた。
「で? さっきの動きは何なんだ? 物理法則を無視された気分なんだが……」
「あれ? 空気を足場に蹴っただけだよ」
そもそも空気は力場でも無ければ単なる気体だ。それをさも当然の様に語る辺り、フィルシスも大概人を辞めている。
常識を非常識で打ち砕くことは良くあることだが、それにしても頭の痛い現象だ。
頭痛に襲われたスヴェンは額を抑えるっとフィルシスは不思議そうに小首を傾げた。
「キミの世界じゃ空中で突撃できないのかい?」
「できなくはねぇが……それだって重力力場発生装置の補助有りきでだぞ。アンタの場合はまだ魔力を使っていると言われれば納得も行くんだが、素でやられりゃあ誰だって混乱もする」
「そういうものかい? まあ良いや、さっき私が勝ったからお願い事を聴いてくれるかい?」
「いつからそんなルールになった!?」
「鍛錬中に思い付きで……ダメ?」
そんな小首を捻る様に頼まれても困惑しか生まれない。
しかしスヴェンは思い直す。鍛錬とは言え、冷静さを掻き背後を取らられた挙句に首筋に剣先を添えられた。
それは傭兵としては致命的な敗北、戦場なら殺されてもおかしく無い状況だ。
それに自分は口にしている。これで一回死亡っと。
「仕方ねえ、敗者は勝者の言いなりになるしかねぇな。常識的かつ人に可能な範囲内限定で」
「予防線を貼ったね? けどキミに無理はさせない範疇でお願いするよ」
「飯炊きか? それとも野盗退治か?」
「さっき温泉が有ったよね?」
「あ? あぁ、アンタが入浴中の見張りってんなら頼まずとも引き受けたが……」
フィルシスは昆虫系のモンスターが大の苦手だ。入浴中に襲撃されでもすれば彼女でも冷静に対応するのは難しいかもしれない。
そんな意味で告げたのだが、フィルシスは笑みを浮かべたまま違うっと首を横に振った。
「見張りじゃねえのか……? じゃあなんなんだよ」
「今から一緒に温泉に入る。たったそれだけだよ」
さも当然の様にフィルシスはそんな事を白昼堂々と告げた。