傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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23-9.温泉で語り合い

 フィルシスの言った言葉にスヴェンは眩暈に襲われながらも彼女の正気を疑った。

 

「野朗とモンスター蔓延る生息地域で混浴を? 正気か?」

 

「正気さ、それに私はあそこの温泉を何度も利用しているから判るんだ。水が苦手な昆虫系のモンスターは絶対に近寄らないって」

 

 正気だと言わんばかりに真っ直ぐな眼で答えられてしまえば何も言えない。

 言えないが何事も絶対など有り得ない。だが、この地に熟知したフィルシスが言うのだから昆虫系のモンスターは寄って来ないのかもしれない。

 逆に言えば他のモンスターは襲撃に来るということになるが……。

 温泉に浸かりながら襲撃に備える。それ自体はデウス・ウェポンで常に経験してきたことだ。

 

「これも鍛錬の一つ、か?」

 

「納得した様だし早速行こうか!」

 

 既に鍛錬を続ける空気でも無い。むしろ内に秘める闘争力は彼女の発言の前に萎えてしまっている。

 ここは一つ温泉にゆっくり浸かり、時折り襲撃に来るモンスターを討伐する事で切り替える他にない。

 スヴェンは意気揚々と歩き出すフィルシスに着いて歩く。

 そして野営地から入浴に必要なタオルを取り出してから温泉に向かうことに。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 朝に来た時同様、動物が温泉に浸かりゆったりと寛いでいる光景にスヴェンは息を漏らす。

 人間が近寄っても野生動物は騒ぎ立てることは愚か無反応だ。人に慣れている様には見えないが、警戒されていないという事なのだろうか?

 スヴェンは動物の様子に疑問を懐きながら岩場に衣服を脱ぎ、腰にタオルを巻きガンバスターをいつでも手に取れる位置に置く。

 そして温泉の湯にゆっくりと浸かり、湯の心地よさと身体の疲労が抜け出る感覚に息が漏れる。

 気を抜けない状況だが、それでも自然と力が抜けてしまうのは温泉の抗えない力の影響か。

 スヴェンがそんな事を内心で考えていると、入浴の準備を終えたフィルシスが隣に座りーー彼女の姿に疲労感がため息と共に漏れる。

 なぜ全裸なのか、なぜタオルを巻かない? お前に恥じらいは無いのか? そんな疑問が浮かんでは泡の様に消えた。

 もうこれは下手に指摘する方が可笑しい。これはその領域の話なのだ。

 スヴェンが一人勝手に結論付けると、フィルシスは何を考えているのか、腕に絡み付き胸を押し当てて来る始末。

 胸の感触。彼女の対応に自身の心は何も感じずただ冷めた感情だけがそこに有る。

 

 ーーコイツ、羞恥心を何処に置いて来た?

 

「これでも無反応なんだね」

 

 気安い行動に不快感しか浮かばない。いや、不快感を通り越して呆れた感情しか浮かばないのだ。

 

「アンタの行動に呆れて何も言えねぇよ」

 

「ど、どうしてだい!? 男性はこうすると喜ぶって本にも書かれてたのに……」

 

 一体どんな本を参考したのか。いや、世間一般の男性ならフィルシスの行動は喜びに値するのだろう。

 

「……俺は喜ばねぇ、むしろ不快だから離れろ」

 

「……キミに嫌われてしまっては元も子もないね」

 

 フィルシスは残念そうに離れたが、どうやらタオルを巻く気は無いらしい。

 

「……一応聞くが、アンタは他の連中と混浴時にタオルを巻かねえのか?」

 

「普通に巻くよ……私はキミになら見られても問題ないのさ」

 

「意味が分からねえな」

 

 本当に意味が分からない。フィルシスの行動、表情から読み取れない感情。リノンが向ける感情とも違う。

 かと言ってエリシェが向ける友情とも全然違う。

 

「私はキミを手放したく無い、側に居て欲しいっと思ってるんだ。多分、この感情は姫様達が言う恋愛感情とは違うけど」

 

 恐らくはそうなのだろう。彼女の読み取れない感情は正に複雑だ。

 歓喜、哀れ、興味に加え闘争本能も含まれている。

 それにフィルシスは自身の事を弟子と呼ぶ。それを踏まえればスヴェンはフィルシスにとっての弟子なのだ。

 師匠が弟子に向ける愛情は恋愛とは違うが、これも複雑で自身にとっては到底理解できない感情の一つだ。

 

「……師弟愛ってヤツか?」

 

「あぁ、多分それだね。私はキミを弟子として認識しているからこそ裸を見せても平気なんだ」

 

「俺にとっちゃあ師弟愛ってのも理解できねぇ感情の一つだな」

 

「キミの凍った心には愛情、恋愛感が欠如している。いや、寧ろ与えられずに育ってられたかな?」

 

 確かに感情が、心が欠如している。それは彼女が突き付ける前から自覚していた自身の欠落だ。

 だが、こうして面と向かって他者に指摘されるのはいつ以来だろうか?

 

「……アンタには心を見透かす技術でもあんのか?」

 

 純粋な好奇心から訊ねれば、フィルシスは何食わぬ顔で答えた。

 

「剣を交えれば判るものさ」

 達人は相対した相手の闘気から何手先も読むという。実際に覇王エルデがそうだった様に、フィルシスもその領域ーーそれ以上の領域に居るのかもしれない。

 いずれにせよ、

 

「それで内面を理解されたら堪ったもんじゃんねぇな」

 

 内面を理解されると言うことは、心の内側に土足で入り込まれるということだ。

 それに対して不思議と、自身でも驚くほどに不快感は無い。むしろ不快感とは真逆の感情がーーいや、気の迷いだな。

 温泉が与えるリラックス効果が精神に作用しているからか、スヴェンは自身に浮かんだ感情から眼を逸らすように気の迷いだと切り捨てた。

 スヴェンが自身の感情から眼を逸らし、ふとフィルシスに視線を向けると彼女は心無しかしおらしい様子を見せ、

 

「……少し強引だったかな?」

 

 そんな事を口にした。

 

「混浴の状況が、か?」

 

「そっ、キミとは徐々に距離を縮めようと計画していたんだけどね。でもダメだったよ、キミと刃を交えれば交えるほど理性を置いて感情が走ってしまうようだ」

 

 感情を優先して動きたい気持ちは良く判る話だ。頭で考えた所で人は結局感情を優先する。

 例え巧妙に計算し、未来視に近い結果を予測した所で人の感情という変数が与える影響は大きい。それが一個人なら軽微だが複数、団体となれば大きな渦を生み戦争に繋がるケースも有る。

 それでもスヴェンは敢えてこの言葉を口にする。自身よりも遥かに格上の強者であるフィルシスに対して。

 

「次からは自戒を利かせてくれよ」

 

「努力はするよ……はぁぁ〜それにしてもキミは本当に硬派というか、裸の私を前にしても欲情一つしないんだね」

 

 確かに目の前には全裸のフィルシスが肩まで湯に浸かっているが、ここの温泉の湯は殆ど透明で星の魔力を含んでいる。

 星々の海を映し出す水面の下に視線を向け様ものなら観てはならないものまで見えてしまう。

 普通なら刺激が強過ぎる光景だが、生憎と女性の裸体一つで理性のたがが外れることは無い。

 

「馴れの問題だな」

 

「キミは経験豊富……いやぁ、厄介な女性に付き纏われて耐性でも付いたのかな。キミから進んで女性の身体を求めるようには思えないし」

 

 厄介な女性、思い当たる人物は一人しか居ないが、その顔すら思い浮かべる事を理性が拒む。

 故にスヴェンは沈黙することでフィルシスにそれが正解だと告げる。

 

「……そんな嫌な相手が居る世界にキミは帰りたいのかい?」

 

「たかが性悪女1人の為に異世界に永住を決めるほど弱くはねぇよ。それにこっちにも付けるべきケジメがあんだよ」

 

 こればかりは曲げられない。どんなに美味い食事が有っても自身が居るべき居場所に帰る。

 だが、テルカ・アトラスに召喚されて今日に至るまで確かに心境の変化は訪れている。

 邪神教団や邪神眷属など厄介な存在は居るが、それを除けば戦争が無い平和な世界だ。

 覇王エルデが謳う戦争経済から脱却した戦争の無い世界、彼女がどの様にして夢物語を実現するのか興味も有る。

 いや、もしかすると既にチェックメイト間近まで差し迫っているのかも知れないが覇王エルデに対するケジメも付けなければならない。

 スヴェンが呆然とデウス・ウェポンに帰還した後の事を考え込んでいるっと、

 

「キミが帰るその日まで心変わりすることを私は祈るよ」

 

 不敵にそんな事を言った。

 

「姫さんにでも……いや、姫さんのことだ、それは無いな」

 

 レーナがフィルシスに頼んでこの世界に永住方向に誘惑させる。一瞬でも頭によぎった到底有り得ない、むしろレーナに対する侮辱と同義の思考にスヴェンは自身に底知れない嫌悪を抱いた。

 

「悪い、一瞬でも姫さんを疑っちまった」

 

「どんな推測をしたのかは判らないけど、姫様は約束を違えることは無いさ……でもその前に懸念事項を取り払わないとねぇ」

 

「ミアの依頼はアンタにとっちゃあ渡りに船か」

 

「問題はキミが時の悪魔を撃ち破れるかどうかにかかっているけど、これは私の人生を賭けても良い」

 

 簡単に人生を賭けるなっと言いたい所だが、彼女の眼は本気だ。本気で自身の人生を賭けるっと語っている。

 あまりにも真っ直ぐで眩しささえ感じる意志が宿った瞳にスヴェンはただ無言で頷く。

 同時に過去に渡るために必要な対価も往復分を含めて支払う用意が既に有る。

 レーナの件は杞憂で終わればそれに越した事はないが、万が一の備えは必要だ。

 そもそもルーピン所長がわざわざ悪魔を封じ込める魔道具の製造をクルシュナに頼んでる辺り、彼もフィルシスの懸念を確証を持って対策を講じているのだろう。

 

「時の悪魔、か。ソイツを撃ち破れる程には力を付けなきゃ意味がねぇな」

 

「じゃあ鍛錬の再会と行くかい?」

 

「そうだな、そろそろ上がって鍛錬再会と行くか」

 

 同意を示したスヴェンはフィルシスと同時に立ち上がり、やがて妙に軽い身体に首を傾げながら着替えるのだった。

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