蝋燭の火が薄暗い空間、壁に二人の影を写す。対面に向かい合う二人の人物--片方は顔に刻まれた縫い傷に精巧な顔付き、緋色の髪に紅の瞳に宿る狂気を宿した眼差しでテーブルに置かれた金袋に眼を向けず対面の老人に嗤う。
「言われた通り生贄は用意してやったんだぜ? それがたったこれっぽっちの端金で……舐めてんのか?」
男の態度に老人は意に介した様子を見せず、落ち着き払った態度を返す。
「こちらの要求は人攫いだ、それも1人じゃない。10人だ、なのに貴様らが連れて来たのは6人ではないか」
依頼に対する報酬として出せるのは精々が一人分の報酬だと老人--邪神教団のヘルギム司祭は毅然と言い放つ。
そればかりか無駄にエルリア騎士団を刺激する結果となった。恐らくこの場所に既にエルリア騎士団が向かっているかもしれない。
エルリア国内に潜伏させた邪神教団は壊滅、他国の同胞も次々に討伐され過激派の戦力も既に風前の灯火。
特に過激派の司祭は自身を含めて残り二人だけ、責めて二体の邪神眷属だけでも解放したいところだがそれも難しい。
ヘルギム司祭は如何にしてこの暴れん坊を上手く使うか思考を並べながら告げる。
「正当な報酬が欲しいのならば相応の成果を出したまえ」
それに対して野盗の男--グレンは口元を吊り上げた。
「わざわざエルリア魔法騎士団を刺激してやったんだ。成功すれば生贄は10人どころじゃあない、いや寧ろアイツが出て来れば……そいつは生贄何人分になるだろうな?」
グレンの不敵な笑みにヘルギム司祭は眉を歪めた。
「まさか、エルリア魔法騎士団のフィルシス騎士団長を捕縛すると? 無謀な、奴の恐ろしさを知らぬ訳ではあるまい」
野盗の多くは突如ふらりと現れるフィルシス騎士団長に討伐され、今では野盗にとってエルリアは地獄の地として恐れられ踏み込む野盗団はごく僅かだ。
ゴスペルでさえ魔王アルディア人質時の条件下で漸くこちらに協力した程、それが何の後ろ盾も無い状態でフィルシス騎士団長を狙うなど無謀過ぎる。
仮に野盗がエルリアに踏み込むとすればそれは過信から来る愚か者か余程の自殺願望者だ。
ヘルギム司祭はグレンの無謀で狂気染みた瞳に肩を震わせ、
「貴様、正気か? 正気で彼女を捕縛すると言うのか?」
正気を疑うように訊ねる。
「こちとら正気だ。ジジイ、良いか? 騎士団長と言えども女だ、それ以前にお優しい騎士様は人質の安全を第一に考えるだろ?」
確かにエルリア魔法騎士団は国民を護る刃であり盾だ。それは何処の騎士団や軍隊も--いや、それ以上だ。エルリア魔法騎士団は王族と国民に忠義を尽くし己を捧げている。
そんな彼らなら人質は有効な手段と言える。言えるが、エルリアには不特定ながらも特殊な戦力が存在していた。
以前魔王城で遭遇、交戦した少女も恐らくその一人なのだろう。
ヘルギムは以前に対峙した少女から受けた腹部と腕の傷に眉を歪める。
「どうかな、貴様の企みは確かに騎士団に有効では有る。しかし油断はできぬだろう? そもそも貴様はフィルシス騎士団長を捕縛できると?」
彼女の恐ろしさは身を以て経験しているからこそ理解している。
魔法を使わずとも単独で邪神教団と魔族兵を相手に剣一本で無双できる程の実力、そんな化け物を野盗の中でもイカれた魔剣使い、狂戦士と呼ばれたグレンが捕縛できるのか。
不可能に近い。不可能に近いがどの道この場所にフィルシス騎士団長が来るなら--もう老耄に逃げ場など無い。
「まともにやれば勝ち目は無いねぇな。だからジジイも手を貸せ、オレ達が知らないヤツの弱点も知ってんだろ?」
フィルシス騎士団長に弱点と呼べるものは果たして有るのか? 巨城都市エルデオンの下層に放った亡者の群れを前に彼女の進撃が鈍った気もするが撤退に急ぐ中で見た光景だ。恐らく気のせいだろう。
ヘルギム司祭は弱点は知らないっと答えながら、
「無尽蔵に亡者を召喚することは可能だ。これを使いつつ人質を盾に魔法で攻め、貴様が接近戦を仕掛けるか」
現状の戦力で可能な作戦を口にする。
「オレ達は全員で20人、使える作戦はそれぐれぇだろうよ。もう一つ手は打って有るが……まあ、ソイツはお愉しみにな」
狂った笑みを浮かべるグレンと部屋の外から聴こえる喘ぎ声にヘルギム司祭は肩を竦めた。
彼らは掠奪することでしか生きられない野盗だ、掠奪の過程で慰み者を連れて来たとしても何ら可笑しなことでもない。
寧ろ、精神的責め苦は魂に絶望を与え生贄を上質な供物へと昇格させる。
ヘルギム司祭は彼らの行動に何も言わず、それでフィルシス騎士団長の冷静さを削ぎ正常な判断力を奪えるならっと薄ら嗤う。
「本当なら十字架に張り付けた騎士共でも見せてやりてぇところだったが……チッ、連中も中々やりやがる。少なくともドラセム交響国の聖歌隊とは大違いだ」
グレンは右腕の傷が痛むのか忌々し気に腕を抑えた。拠点から最も近いシェルノーグ村の襲撃と掠奪は駐屯していたエルリア魔法騎士団に損害を与え、生贄を始め食糧から鉱石資源の掠奪にも成功した。
後はフィルシス騎士団長がやって来るのを待つばかり。仮に別の部隊なら捕縛して生贄に使っても構わなとさえヘルギム司祭は嗤う。