グレン率いる野盗集団が根城にしている廃墟に到着した頃には、空は星空に包まれ月明かりと篝火の灯りが廃墟を照らす。
数人の見張り、守護結界の範囲内に位置する廃墟だがフィルシスを相手にするには見張りは不十分だ。
不十分だが連中の目論みは廃墟の中心に磔にされた一糸纏わない少女--恐らく彼女は捕まった新米騎士なのだろう。
身体の痣、虚で空虚な瞳。彼女の身体に刻まれた痕跡から既に野盗に慰め者にされた後ということが嫌でも判る。
女性であるフィルシスに対する精神攻撃、わざと怒りを買うための見せしめ。
連中の計画はこうだ。新米騎士の悲惨な姿を見せることでフィルシスから冷静な判断力を奪い罠に嵌める。
廃墟内から感じる気配は全員で二十七人。その内の人質は全員で六人となれば殺すべき人数は二十一人だ。
グレンがどれほどの実力を有していようが、ヘルギム司祭が隠し種を用意しようともそれだけの戦力でフィルシスの相手にはならない。
スヴェンは遠目から確認した廃墟からフィルシスに顔を向け--背筋が凍り付く。心の奥底から生じる寒気にすスヴェンは冷汗を垂らす。
目の前に居るのは無表情で静かに佇むフィルシスだ。そこに感情の色など一切、殺意も魔力も何も感じ取れない。
ただそこに居る。目の前にフィルシスが居る状態だが、それでもスヴェンは明確な死を鮮明に浮かべていた。
「……スヴェン、背中は任せるよ」
それだけ言い残したフィルシスは瞬きせぬ間に忽然と目前から消えた。
「音も無く移動しただと? いや、驚いてる暇は無いか」
スヴェンはその場から急ぎ廃墟に向かう。
▽ ▽ ▽
廃墟の中心に到着するとフィルシスは五人の村娘を盾に陣形を組む十九人の野盗を前にして剣を抜かず、ただその場に立っていた。
あぁ、彼女と少なからず鍛錬を重ねた今だからこそ理解できてしまう。
例え人質を盾に陣形を取ろうともフィルシスをその程度で止めることなど叶わない。
「なんだなんだぁ〜? 騎士団長様ともあろう者が人質を前に動けませんてかぁっ!!」
三流の挑発。そんな言葉を強者に吐く者は大抵短命だ。
いや、フィルシスが動いた瞬間、連中は死に見舞われるだろう。
「おい待て、想定外の奴が1人居るぞ」
一人の野盗が冷静にこちらに警戒心を浮かべ、注意を促すも。
「1人増えたところで関係ないだろ。こっちには数を上回る人数と人質、それに磔にした憐れな騎士様も居るんだからよ」
なぜ起爆寸前の爆発物と地雷原を全裸で踊る真似をするのか。
スヴェンがため息混じりにガンバスターを引き抜こうと柄に手を伸ばした時。
「構わないよ」
静止の声にスヴェンは手を止めた。
「あぁ、大切な国民と部下に手を出したんだ」
瞬きせず彼女に注視した途端、
「
瞬間フィルシスは音も無く歩き去り、悠然と野盗に背中を向ける。
「
彼女が言い終えるのが速いか、同時に十九人の野盗が肉片に変わった。
フィルシスが斬ったのは野盗だけ、助けるべき村娘達は何が起きたのか理解できず呆然と野盗だった肉片を見つめるばかり。
目の前の惨状に対して新米騎士は心が壊れた影響でただ虚空を眺めているだけ。
その中でスヴェンは眼にした光景を思い出す。
まず最初にフィルシスは踏み込みと同時に抜刀、一太刀で野盗の首筋に一撃。
そのまま背後に回り込みながら四十にも及ぶ剣戟を放ち、村娘を拘束していた縄を斬りながら十九人の野盗に斬り刻んだ。
そして声を掛け、自然な流れのままこちらに歩んだ。
フィルシスの一連の行動は音を置き去りに神速とも呼べる速度で終えている。それもたった一呼吸の内に、魔力も使わずに。
スヴェンは今まで戦闘中に感じた事がない感情。歓喜、戦慄、焦がれに自身でも驚きながらフィルシスに一声掛けた。
「俺は必要無かったな」
フィルシスに対して抱いた感情を心の奥底に封じ込めながら告げると彼女は、
「いやぁ、キミは必要だったよ。それに……はぁ〜私もまだまだだなぁ、野盗如きに心乱されるなんて」
ため息混じりに肩を竦め、いつも通りの表情を浮かべていた。
「神速って表現すべきか……あれで心乱されてたなんて言われても誰も信じねえだろ」
「む、私も女なんだ。卑猥な視線は嫌なものだよ、それにあの子が受けた屈辱を想うとね?」
それは無理も無いことだ。幾らフィルシスが強いからと言って嫌悪感を受けない訳が無い。
そもそも人の心は幾ら鍛えようとも悲惨な出来事に対して無関心では居られない。
自身のように狂った感性を持った外道でも無い限り。
「無理もねぇが……っと、動き出したか」
廃墟の地下から感じていた二人の気配が地上に向かって動いている。
それはフィルシスも感じていたようで、彼女は村娘と新米騎士を護るように剣を抜き構えた。
魔法の発動に伴う魔力の流れ。どんな魔法を唱えたのかは判別が付かないが、地下から臭う腐臭から亡者が召喚されたのだろう。
「うげぇ〜如何して邪神教団は亡者召喚なんて好んで使うんだい?」
「戦力差を埋める為にだろ」
地下の入り口から大量の亡者が地上に溢れ、新鮮な肉に嬉々として喰らい付く獣のようにこちらに殺到した。