傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-9.死者と生者

 長い螺旋階段を降りた矢先、地下遺跡全体を激しい揺れが襲った。

 突然の揺れにスヴェンは動じず、揺れに動揺しこちらの腕を掴むミアに視線を向ける。

 

「この国は地震が多いのか?」

 

「ごく稀に起きる程度だけど、ほら此処は地下だから」

 

 彼女が何に動揺し、怯えているのかはすぐに理解が及ぶ。

 メルリアの地下遺跡、その真上は町が建っているが町と地下遺跡の間に存在する魔法によって町全土が崩壊することは無い。

 だが地下遺跡は地震によって崩壊する恐れは有る。そうなれば自分達は愚か、邪神教団と人質に囚われた子供達まで生き埋めだ。

 推測を立てている間に持ち直したミアが腕から離れる。

 スヴェンは周囲を見渡し、想像していた以上に開放的な地下遺跡内部に内心で驚きながらも目前に続く複数の通路に視線を向けた。

 遮蔽物が何一つ無い開放的な通路、傭兵としてそんな場所を進むことは避けたいが、

 

「意図的にせよ、急いだ方が良さそうだな」

 

 地下遺跡内部から天井まで伸びる支柱ーーあれがいつ邪神教団の手によって崩されるか分かったものではない。

 

「うん、アトラス教会も独自ルートを使って侵入してる頃合いだろうし」

 

 侵入口が他にも有るなら是非とも紹介して欲しいものだが、今更言っても仕方ないと思い直したスヴェンが薄暗い通路に足を踏み込む。

 すると何処からか、それとも地下遺跡全土からか。広範囲に声が響き渡った。

 

「うぁぁぁ」

 

 まるで生気を感じさせない呻き声にスヴェンは眉を歪め、隣りに立つミアが肩を震わせ顔面蒼白に息を荒げる。

 

「い、今のは……亡者の声」

 

「連中は死者を操る魔法を使うって事は姫さんから聞いちゃあいたが、こうも速く遭遇するとはな」

 

 スヴェンはガンバスターを引き抜き、薄暗い通路を歩き出す。

 

「アンタは現在地を確認しつつ、連中が潜んでそうな場所に目星を付けろ」

 

 言われたミアは受付の男性から受け取った地図を広げ、

 

「一番怪しいのは中央区画の礼拝堂かな。入り口の通路を北東にずっと進んだ場所に在るね」

 

 すぐさま潜伏場所を検討した。

 そんな彼女にスヴェンは感心した様子を浮かべ、根拠を求める。

 

「アンタの推測を裏付ける根拠は?」

 

「死霊魔法を発動させるにも事前の仕掛けは必要だし、何よりも一度に仕掛けを発動させるのに全体に魔力が届き易い場所が好ましいんだ。特に亡者を遺跡内部に発生させるならね」

 

「つまり連中は間抜けにも居場所を曝した訳か」

 

 スヴェンの呟きにミアは頷き、背中に背負っていた杖を引き抜いた。

 

 邪神教団がわざわざこのタイミングで魔法を発動させたとなれば、既にアトラス教会の突入は知られていたことになる。

 また一つ気掛かりな点も有った。

 

「さっきの地震は教会諸共道連れにする算段か?」

 

「うーん。仕掛けた魔法陣の発動時に生じた揺れかもしれないし、判断が難しいかな。……それにエルリア全土は広大な地下通路で繋がってるから何とも言えないわ」

 

 地下遺跡の下に更にまだ地下通路が存在している事に色々と質問したい事もできたが、スヴェンはその件を気に留めつつも中央区画を目指し薄暗い通路を進む。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 中央区画に続く薄暗い通路を抜けた先、石壁に壁画が刻まれた広い通路に出た。

 デウス・ウェポンでも見慣れた単なる絵とは違う、観る者に何かを訴えかける情熱が篭った絵を前に、スヴェンは此処が敵地という事を思わず忘れて絵に足を止めた。

 

「コイツは……AIで量産され尽くした絵とは全然違えな。なんつうか『祈りを捧げてる人』つう単純な構造だが、描き手の情熱が伝わってきやがる」

 

「えーと、急ぐんだよね? というかスヴェンさんの世界の絵って感動も感じられないの?」

 

「あぁ。AI……人工知能による絵が何千年も昔に流行しちまった影響で、当時の絵描きは才能を示す場から放逐されちまったんだ。そのおかげで絵を描く人間が居なくなっちまって、感動も何もねえ似た絵ばかりが量産され続けた」

 

「虚しいね。古代のエルリア人はこの地で起きた歴史を残そうとして石壁に刻んだんだけど、そんな想いも残されなくなちゃったんだ」

 

「文明の発達ってのはそんなもんだ。いちいち何かを犠牲にして進歩してんだよ……いや、場合によっては退化と破滅を生む」

 

「……食べ物とか?」

 

 腹立たしい笑みを浮かべるミアにスヴェンは苦虫を噛み潰したような表情で頷く。

 スヴェンはこの遺跡に刻まれた偉人の想いは後でゆっくり鑑賞すれば良い、そう思い振り向くと。

 広い通路の真ん中に足音だけが響く。

 足音だけで人の姿は無い、だが確かに何者かがそこに居る気配が有る。

 同様にミアも何者が居ることを察して警戒心を向けていた。

 スヴェンはガンバスターを片手に様子を窺うーー敵がどんな得物を所持しているのかまでは判らない。今はまだ迂闊に仕掛けられない状況だ。

 

 鞘から刃を引き抜く音。やがて風を斬り裂く鋭い音が響いた。

 敵の得物は鋭利な刃、スヴェンは石畳みの床に刃を擦った跡が生じたのを見逃さなかった。

 敵は推定160センチの身長、得物の重みに石畳みの床を擦ったのか、それとも刃渡りが長い類いの武器か。

 姿が見えず間合いを計り辛いが、血糊を掛けてやれば容易に居場所も特定できるーーだが、この先の戦闘と亡者の敏感な嗅覚を考えれば血糊を使うのは下作だ。

 思考を浮かべるスヴェンに対し、ゆったりと近付く足音に焦ったさを感じ、

 

「オラァァ!!」

 

 怒声と共にガンバスターを薙ぎ払った。

 隣りで驚くミアの視線を他所に、ガンバスターの刃が鋭利な刃に防がれたのか、金切り音が二人の耳をつん裂く。

 

「うわっ! なんて不快な音!」

 

 不快感を顕にするミアの反応に、通路から声が響くーー同時に這いずり何かを引きずる足音も近付いていた。

 

「次は肉を断つ音を聴かせてあげようか、何処が良い? 腕? 足か。それともその愛らしい顔がいいかな? あぁ、亡者に生きたまま食われることを望むのかな」

 

 優越感に浸り狂気を剥き出しにした言動にミアが眉を歪めた。

 

「うげ、スヴェンさんを無視して私を狙ってきた? はぁ〜かわいいって罪作りだよね」

 

「単にアンタが一番殺し易いからじゃねえか? その証拠に奴は姿を隠さねえとまともに戦えねえ臆病者だ」

 

 スヴェンのわざとらしい挑発に、殺意を宿した眼差しが向けられる。

 最初の位置から依然として動かない敵。恐らく戦闘に関しては素人だが背後から刻々と近付いている集団が厄介だ。

 姿が見えない敵と同士討ちも考えられたが、恐らく邪神教団が放った亡者は敵味方を識別してる可能性も有る。

 そうでもなければ敵は悠々とこの場所に立っては居ないだろう。

 スヴェンは妙な期待を捨て、再度ガンバスターを構えた。

 すると先程の安い挑発が効いたのか、敵がその場から動き出す。

 

「姿無き刃に怯えろ!」

 

 そんな威勢のいい声と共に見えない刃が振り抜かれるーーよりも速くスヴェンの膝蹴りが敵の腹を穿つ。

 

「ぐえぇ……」

 

 たたらを踏む足音にスヴェンは畳み掛けるように、ガンバスターを薙ぎ払うと刃が折れる音が響く。

 どうやら敵は咄嗟に武器を盾に防ごうとしたが、ガンバスターの重量に耐え切れず折れたようだ。

 まだ姿が見えない敵が放つ確かな動揺と怯えの感情ーーそんな感情を前にしたスヴェンは躊躇も無くガンバスターの腹を横薙ぎに放つ。

 骨が軋み、バキバキッーー折れる音が通路に響き、まともに食らった敵が石壁に衝突した。

 亡者が刻々と迫る中、石壁に横たわる人物にミアが眉を歪める。

 

「この人……確か異界人のナルカミタズナだったかな」

 

 鳴神タズナと呼ばれた黒髪の少年にスヴェンは目も向けず、迫る亡者を叩き斬った。

 既に大多数の亡者に埋め尽くされた通路。この状況で気絶した鳴神タズナを担いで運ぶ程の余裕は無い。

 そう判断したスヴェンは迫り来る亡者にガンバスターの一閃を叩き込む。

 グチャリっと頭部を潰された亡者が一体倒れるが、通路の前後から数えるのも馬鹿らしい亡者が迫る。

 スヴェンの隣で、ミアは掴みかかろうと躍り出る亡者を相手に杖を巧みに操りーー杖の先端で打撃を与え、亡者を吹き飛ばした。

 そのままミアは亡者の群れを杖で捌く。だが、依然として数は減らない。

 

「このままじゃあジリ貧だよ」

 

「通路で全員を相手にすんじゃねえよ。こういうのは進路上の亡者だけ排除すりゃあいいんだ」

 

 スヴェンは進行方向の亡者を蹴り飛ばし、邪魔な亡者だけを排除しつつ進路を作り出す。

 二人は亡者の群れに生じた進路を駆け抜けることでどうにか通路を抜け切ることに成功した。

 しかし漸く切り抜けた通路の先ーー崩れた噴水付近に群がる亡者がひと息付く暇を与えず待ち構えていた。


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