目覚めたスヴェンは自身の腹部に馬乗りで衣服を乱したフィルシスに眉を歪めた。
シャワーでも浴びた後なのかシャンプーの香りが鼻に漂う。
なぜ彼女は馬乗りなのか? シャツ一枚姿のフィルシスがわざわざ寝てる他人に馬乗りになるとは考え難い。
となればこれは自身の癖が原因か。
寝てる時は誰かが近付けば無意識の内に対象を問答無用で組み伏せるか、飛び起きてガンバスターを構える。
それが例え
「やぁ、おはよう」
「……あぁ、退けてくんねぇかな」
「キミは警戒心が強いとは常日頃思っていたけど、まさか近付いたら組み伏せられるなんてね。アレには少し驚いたよ」
如何やら組み伏せる事はしたらしい。それがなぜ馬乗りにされているのか、簡単な事だ組み伏せ返されたのだ。
「それでアンタは組み伏せ返してこの状況って訳か……」
「理解が速くて助かるよ……あぁでもこの状態は流石の私でも気恥ずかしい」
それは無理もない。
肌蹴たシャツから下着やらが見えてしまっている状態だ、特に露出控えめのエルリアでは状況も相まって恥ずかしいことこの上ないだろう。
いや、前回は平然と目の前で着替え、挙句昨日はタオルを巻かずに混浴していたがーー彼女の羞恥心を感じる基準が判らない。
「アンタの基準が判らねえ」
「簡単なことさ、キミにならシャツ一枚姿や肌を見られても平気だけど……こうして身体を密着させるのはのね」
肌の触れ合いに羞恥心を感じるタイプだったか。スヴェンは冷静に理解しながら無表情で告げる。
「ソイツは分かったが、いい加減退いてくれ」
「普通なら興奮するはずだけど、キミは興奮しないのかい?」
「生憎と何も感じねえが……いや、何でもねぇ」
純粋なまでにフィルシスの強さは心の底から惹かれている。それはもう隠しようのない、否定も許されない純粋な尊敬から来る感情だ。
だがそれを口にする事は無い。こんな状況で言う言葉でも無いからだ。
それよりもいい加減腹部に伝わるフィルシスの温もりと重さから解放されたい。
スヴェンはキョトンとするフィルシスを強引に退けてから起き上がった。
「ディルック部隊長に昨日の件を報告してから出発すんだろ?」
「そうだね、その前にキミもシャワーを浴びると良い」
眠気は吹き飛んでるが、身体に染み付いた血の臭いと亡者の腐臭はまだ残っている。
そう言えば昨晩会ったミアはその件を何も指摘しなかったがーー如何やら彼女に気を遣わせたようだ。
それだけで無くミアはこちらに対して何か心配してる様子さえ見受けられる。
「そうさてもらう」
スヴェンはフィルシスに返答してからシャワー室に足を運ぶ。
シャワーから出る熱い湯を浴びながらスヴェンは思考を再開させた。
ミアの心配事は自身に何か有れば依頼達成が不可能になる。それは彼女の故郷エンケリア村が救われない事を意味する。
ーー依頼の為には無理は禁物か。だが、無茶してでも技量を高めなきゃなんねぇ。
要するに傷を負うような無駄な隙を減らし、防御技術も高めれば問題ない。
時の悪魔には現存する魔法は効かないと言われているが、時の悪魔の魔法は魔力操作による防御で防げるのだろうか?
時を停められては回避もクソも無いが対策を考案する必要が有る。
今回の鍛錬は身体能力、剣技の技量に加えて防御技術となれば不思議とやり甲斐が湧き出るというもの。
スヴェンはそんな事を考えながら手早くシャワーを済ませ、身なりを調えてから外で報告に向かったフィルシスを待つことに。
▽ ▽ ▽
朝日が差し込むシェルノーグ村の入り口で小鳥の囀りを耳に空を呆然と眺めていれば、
「あ、あの……昨日助けてくださった騎士団長様のお連れの方ですよね?」
確かに昨日救出した村娘の一人が芳ばしい香りを漂わせる編みかごを片手に恐る恐る訊ねて来た。
何処か怯えを見せる表情と眼差し、これこそが本来自身に向けられるべき正統な反応だ。
傭兵として外道に対する反応では無いが、三白眼の紅い眼が村娘を怯えさせているのは確かなこと。
「あぁ、そういや昨日は魔法の援護に助けられたな」
「いえ、死にたくありませんでしたし……それに騎士団長様ならおひとりでも余裕でしたよね」
野盗やグレン、ヘルギム司祭に対してならフィルシスは単独で容易に討伐可能だ。
しかし亡者と昆虫系モンスターに加えて霊体、フィルシスの苦手をこれでもかとぶつければ如何なるか。
決してフィルシスも独りでは戦い抜けない、それを村娘に告げるべきかスヴェンは言葉を詰まらせる。
村娘のフィルシスに対する強い憧れと尊敬の眼差し、若干熱を帯びた頬を前にすれば夢を打ち砕こうなどとは思えない。
「あー、正直昨日の戦闘は俺の鍛錬も目的でな。本来なら彼女一人でも余裕だったろ」
「そうですよね! それで、その差し出がましいのですがコレを騎士団長様と食べてくだい」
編みかごに被せていた布を退け、中の焼き立てのパンを見せる。
見るからに美味そうなパンだ。スヴェンはそんな感想を浮かべ、
「後で渡しておく」
それだけ告げると村娘は笑みを浮かべて軽やかな足取りで去って行った。
村娘が立ち去ったほど無くしてフィルシスが戻り、
「待たせたね……? キミの腕に有るそれは何だい?」
編みかごに付いて訊ねた。
「昨日救出した村娘の一人から差し入れのパンだ」
「へぇ? キミは案外モテるのかな」
「いや、コイツはアンタに差し入れだ」
「私にかい? まぁそう言うことなら有り難く頂くけど、けど参ったなぁ」
困り顔を浮かべるフィルシスにスヴェンは疑問を浮かべる。
何か有ったのか、それとも単に差し入れは騎士として受け取り難いのか。
「差し入れは迷惑だったか?」
そう聞けばフィルシスは酸味に笑った。
「そうじゃないよ。ただ騎士団の詰所を出てから昨日助けた4人の村娘から花とか色々と貰ったんだ」
しかしフィルシスは剣を腰に携帯しているだけで手ぶらだ。恐らく騎士団の詰所の誰かにエルリア城の自室に運ぶように頼んだのだろう。
「慕われて良かったじゃないか」
「んー、恋愛感情が無ければ素直に喜べるんだけどね」
なるほど、彼女が酸味に笑ったのはそういう理由だったか。
「なるほどな、だがまあ朝食には困る事は無さそうだ」
「キミも効率重視だねぇ」
「まだまだ修得する技術は多いからなぁ。特に時の悪魔を想定した技術はな」
「あぁ、そうだったね。魔法と魔力による攻撃が通用しない相手なら普通の物理手段で攻めるしかない。だけど防御は如何かな?」
それはシャワー中に考えていたことだ。魔力を使用した防御手段は果たして有効なのかどうかを。
「停止した時間空間から攻められりゃあ避けようがねぇ、魔力による防御手段も通用しねえなら詰みだな」
「先手必勝、一撃必殺なんて通用するほど甘い敵じゃないだろうしね……うん、これは歩きながら考案した方が良さそうだ」
フィルシスは編みかごからパンを一つ取り出し、歩きながら一口サイズに千切ったパンを口に放り込む。
スヴェンも編みかごから取り出したパンに齧り付き、柔らかさに頬が緩む。
「冷めちまったが美味いな」
「うん、良い味だ」
こうして二人は野営地に向かいながら防御手段に付いて話し合う。
そして野営地に到着してからモンスターを相手に片っ端から防御手段を試すことに。