傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第二十五章 時獄へ
25-1.掴み


 九月二十八日。スヴェンとフィルシスは森近くの平原で剣戟を繰り返し鍛錬に明け暮れていた。

 身体の表面上に纏わせた魔力の鎧がフィルシスが繰り出した魔力の刃を防ぐ。

 魔力の鎧に傷は愚か魔力の綻びも無い。彼女のスパルタ式鍛錬のお陰で制御精度が上がっている。

 

「うん、強度も精度も上がってるね」

 

 恐らく今の魔力の鎧ではフィルシスが本気で放った一撃は防ぎ切れないだろう。

 

「これである程度の魔法は防げそうだが、やっぱ鎧を触媒にした方が効率も強度も高そうだな」

 

「鎧の重みで動きが阻害される。何よりもキミは防具に身を固めて時獄に突入できない」

 

 この時代、過去に製造された防具ですら時獄に弾かれる。これは少し前に改めてクルシュナの指揮の下検証された実験結果だ。

 人を対象にしているなら鎧だけでも内部に送り込む。その試みは時獄に呆気なく弾かれる形で終わった。

 スヴェンは数日前に情報とささやかな差入れを持って訊ねて来たミアから聴いたことを頭に反復させ……一つ重大な事に気が付く。

 現在着ている上着はテルカ・アトラスで購入した衣服だ。以前まで着ていたデウス・ウェポンのノースリーブシャツは破損が酷く破棄してしまったがーーつまり、上半身裸で突入しろってことか!?

 冷や汗を流すスヴェンにフィルシスが小首を傾げながら下から覗き込む。

 上目遣いで覗き込む彼女と視線が合う。

 

「はぁ〜この上着はテルカ・アトラスで買った物なんだが……」

 

 ため息混じりに重大な事実を口にするとフィルシスは苦笑を浮かべた。

 

「あちゃー、それだと上着は現地調達になるかな」

 

 つまり上半身裸でエンケリア村に突入を強いられる。

 三年も時獄に閉じ込められた村人達は果たして救出に来た上半身裸の人間をどう思うだろうか。

 落胆か、変質者として眼も合わせて貰えず情報収集もままならなくなる可能性が極めて高い。

 

「ミアの名誉のために依頼人は伏せるとして……改めて思うが時獄ってのは厄介だな」

 

「通さない出さない。確実に何かを封じ込めたいなら最高クラスの結界魔法だ、それがエンケリア村を覆ってるのは解せないけど」

 

「目的は未だ不明……ってか契約してる奴も不明なんだろ?」

 

「ルーピン所長が調査を進めてるらしいけど、どうにも当時の入出を記した帳簿が無いらしい」

 

 時の悪魔と契約した人物が帳簿を隠し持ち村人に擬態している可能性が挙げられる。

 

「契約した奴は擬態してんのかねぇ、それはそれとして時獄の維持に必要な対価はどう払ってんのか」

 

 ジギルド司祭は人物を対象に逃げることを複眼の悪魔に願い対価に対して寿命を払い、老化を引き起こしーーそしてゴスペルの復讐の刃によって殺された。

 悪魔に支払う対価は願う内容によって異なる。

 だからこそ謎だ。三年も時獄を維持し内部の状態を一定時間経過で巻き戻す。

 これだけでも要求される対価は高いだろうに。

 スヴェンが推測を浮かべるとフィルシスが、

 

「寿命や生命力、命なら対価として充分じゃないかい?」

 

 極論と言えばそうなのだが、対価としては破格の代物を口にした。

 しかしそれは対価として、目的があってこそ成り立つ行動には無意味にも思えた。

 仮に死を前提にした行動、単なる愉快犯なら話は変わるが。

 

「命ってのは価値が付けられねぇほど重い。ソイツを対価にしたとして……死を前提に達成したい目的ってのはなんだよ」

 

「何がなんでも封じ込めたい存在が出現したか、悪魔の道楽か。それとも事故だったか。うん、考えても契約者の目的は単なる憶測にしかならないね」

 

 情報不足ゆえに何を考えても単なる憶測にしかならない。

 敵を知ることは戦闘を有利に運ぶ事になるが、ここまで情報が手に入らないというのもそれはそれで不気味だ。

 逆に時の悪魔に関する情報はある程度は集まっているのだが。

 

「魔道具完成まで鍛錬を続けるしかねえってことか」

 

「備えあれば憂いなしって言うからねぇ。それにキミは確実に成長してるよ」

 

 確かにこの辺一帯のモンスター相手なら魔力を使わずとも討伐が容易に熟るようにはなっている。

 それでもまだ足りない。目の前に居るフィルシスを見ていれば技術も技量もまだまだ足りないのだ。

 

「アンタに比べるとまだまだなんだがなぁ」

 

「ふふっ、簡単に抜かれないよ弟子」

 

 爽やかな笑み。恐らく常人でまともな感性をしている者ならフィルシスの笑みに感情が揺さぶられるのだろう。

 表面上では理解できるが、やはり自身の心は何も感じられない。

 

「アンタを追い抜くには時間が足りねえか」

 

「……きっとそれはキミの感情、欠落した心の問題だよ。人はなぜ強くなれるのか、護りたい者のために強くなれるのさ」

 

 自分にはそれが無い。ただ戦場で眼に付く敵を片っ端から殺す。護衛依頼も護衛対象を護ると宣っているが、実際には敵を片っ端から殺すことで安全を確保してるに過ぎない。

 それもどれも仕事の延長線に過ぎない。スヴェンは鍛錬の続きと言わんばかりにガンバスターの柄に手を伸ばした、その瞬間。

 

 二人の腹部から空腹を告げる腹の虫が鳴った。

 

「もうお昼だったね、今日も私が作るけどキミは何が良いかな?」

 

 ここ最近、正確にはシェルノーグ村で貰って食べたパンに付いて『やっぱ誰かが作ったパンは美味いな』っと溢してからフィルシスが料理を振る舞うようになったのだ。

 エルリア魔法騎士団仕込みの野営食を期待してみれば出て来たのは、驚くほど上等で温かく味わい深い料理だった。

 材料は現地調達した肉類、野菜類は事前にフィルシスが持ち込んでいた物を使っての料理はどれも外れが無い。

 むしろここ最近はフィルシスが作る料理が楽しみになりつつ有ると言っても過言ではない。

 

「そうだなぁ、前に食った羽獣の野菜煮込みがまた食いてぇ」

 

「羽獣の野菜煮込みだね、じゃあ狩って来るから野営地で待ってて」

 

 そう言ってフィルシスは音を置き去りに目前から消え、野営地に戻れば騎士甲冑を外したフィルシスが肥えた羽獣を捌いていた。

 

「……いつも思うんだが早過ぎねえか?」

 

「こういうのは鮮度が大事なんだ」

 

 確かにそうかもしれないが、何かが間違ってるような気もする。

 考えても仕方ないっとスヴェンはため息を吐き岩に腰を下ろす。

 そして改めてフィルシスに視線を向ければ、巧みな包丁捌きで瞬く間に羽獣を解体していく。

 しかし騎士団長という要職に就きながら料理まで上手いとは。

 スヴェンは呆然と彼女の作業を眺めながら料理の完成を空腹感と共に待つことに。

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